大好きな護衛騎士を決心して手放したはずなのに、なぜか彼が何度も会いに来ます

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表紙:

先行配信日:2024/06/28
配信日:2024/07/12
定価:¥880(税込)
「ずっと前からです、殿下。俺は貴方に仕えていたときから、貴方以外と結婚するつもりは微塵もなかったのですから」

王女フェローネは幼い頃、騎士のヴァレイフに一目惚れをした。その様子を見た国王の打診によってヴァレイフが護衛騎士となり数年経ち、周囲からは結婚も取り沙汰されているが、実際の二人の距離は平行線のまま。それでも大好きなヴァレイフがいつもそばで守ってくれる状況に幸せを感じていたフェローネだったが、ほかの騎士たちの会話によって自分の行動が彼の騎士としての未来をふいにしてしまったと自覚する。

国の英雄とまで呼ばれ、他方から必要とされる彼をこれ以上自分のわがままに付き合わせるわけにはいかない。そう思ったフェローネは成人をきっかけにヴァレイフを護衛騎士から解放したのだが、なぜか翌日から彼はフェローネに何度も会いにくるようになり……

思いを断ち切ろうとする王女ヒロイン×弁えすぎた結果飽きられたのかと焦る騎士ヒーローのじれじれ両片思いストーリー

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 ①姫の決意



 目の前に立つ彼を見つめる。初めて見たときから変わらないその美しい琥珀色の瞳に、どこかもどかしげな色が含まれている――と、そう思ってしまうのは、私の自意識過剰だろうか。
 大きく深呼吸して、息を吐き出して。それからゆっくりと口を開く。私の動揺が彼に悟られないことを祈りながら、ゆっくりと。
 もう終わりにしよう。ずっと前から、今日が最後だと、そう決めていたのだから。
「今日で貴方の護衛騎士の任を解きます」
 声が震えないように意識しながら、真っ直ぐに彼を見つめてそう言った。彼の琥珀色の瞳が驚愕に見開かれ、その唇が微かに開くのが見えた。


 
 小さい頃からずっと好きだった。黒い騎士服、胸に輝く金の徽章、静かにゆらめく琥珀色の瞳に、黒曜石のような髪。がっしりと鍛え上げられた身体つきと、秀麗なかんばせ。低い声、少ない言葉数、それでも相手を思い遣っていることが分かる不器用な優しさ。一眼見たときから好きになって、彼を知るほどにその想いが深くなって、それは今でも変わらない。
 彼を――ヴァレイフ・グロリウスを初めて目にしたのは、隣国との国境地での戦いを制した騎士団が戦勝報告のために謁見に王城へと来たときのことだった。当時十一歳の私にとって騎士なんてものはそうたいして興味の惹かれるものではなかったはずなのに、二十一歳ながらに大きな武勲を上げ、父である我がカスティア国国王から勲章を授与された彼を見た瞬間、私は一目で心惹かれた。熱心に彼を見つめる私の視線を、生真面目な彼はきっと気に留めなかっただろう。父と騎士団との謁見が終わり退室する彼の後ろ姿を見ていた私は、彼と一度も視線が合わなかったことに気付きもしないくらい彼に夢中だった。
 夢中だったから、そのあとから彼に何度も会いに行き、溢れる想いを内に秘めることなく口にした。素敵、好き、ずっと一緒にいたい。多分それは、口にしたのが私でなければ、騎士に憧れを抱いた可愛らしい子供の戯言という、それだけで片付けられていたことだろう。
 でもそれが私――カスティア国の王女、フェローネ・カスティアの言葉であったから、ことはそう収まらなかったのだ。
 私を可愛がってくれていたお父様である現国王は、私の彼への好意を知って、戦において多くの武勲を上げ国の英雄と呼ばれた彼に、私付きの護衛騎士になることを打診した。騎士として王家に忠誠を誓った彼が、それを断れるはずがない。彼は二十一の若さで前線を退き、私の護衛騎士となった。当時十一歳だった私は、深い事情など何も知らずにただ彼がそばにいてくれるようになったことを喜んでいた。
 それから、お父様は彼に「家族になってくれたら嬉しい」と告げた。かつて国の英雄と呼ばれた彼は伯爵家の次男で、類まれなる剣の才能を幼い頃から前線で発揮していた。長く続いた戦争を勝利へと導いた彼は、貴族でありながら平民からの人気も高く、またその秀麗な見目や剣の腕もあって貴族からの印象も良い。そんな彼を王家の系譜へと引き込めれば、カスティア王家はより盤石な基盤を手に入れることができる。
 だから父は、幼い私の好意を口実として……いや、実際に私が彼への好意を憚ることなく伝えていたから、娘の恋を叶えてあげたいという気持ちの方が大きかったのかもしれないけれど、いつからかそんなことを口にするようになった。そんなお父様に対し、「恐れ多いことです」とだけ答える彼を見た私が彼と結婚できるのだと無邪気に胸を弾ませていたのは、数年前までの話だ。
 今ではそういった話題が出るたび、私は内心で苦々しい思いになる。誰よりも剣の実力のあるはずの彼が前線に出ることも後進を育てることもなくただ私のそばに控えていることも、私との結婚について周囲からあれこれと噂されていることも、幼く無知な私の傲慢さがもたらしたものだったのだと、私は数年前のとある出来事をきっかけに、ようやく理解をしたのだ。


 いつのことだったか具体的に覚えているわけではない。中庭を散歩していたときかもしれないし、近衛騎士団の訓練を見学しに行ったときかもしれない。耳にした話がもたらした衝撃を受け入れるのに精いっぱいだったせいか、前後の記憶も朧気だ。なんであれ、会話を聞き取れるような距離で騎士たちが話している声がたまたま耳に入った。彼らは私の存在に気付いていなくて、少し離れたところで控えていたのだろうヴァレイフにも彼らの会話は聞こえなかった。私だけが、その会話を聞いてしまったのだ。
「――ヴァレイフ様は騎士団には戻られないんだろうか」
 大好きな護衛騎士であるヴァレイフの名前を耳にした私は、一瞬で息を潜めた。私が話を聞いていることに気が付けば、彼らは萎縮をして会話をやめてしまうだろう。私にとって自慢の護衛騎士であったヴァレイフが、他の一般の騎士たちからどんなふうに思われているのかが気になった私は、そのままこっそりと聞き耳を立てることにした。そのときはそのくらいの、軽い気持ちだったのだ。
「まあ戻られないだろうな。フェローネ殿下に随分と気に入られたんだろ?」
 そう答えた声が思いのほか好意的ではない――どこか失笑を含んだような声色で、当時の私は思わず固まってしまった。それは別に、悪意なんて呼べないくらいにほんの僅かな棘が含まれただけの言葉だったのだけど、それまで私の周囲には私を溺愛する父や兄を始めとして私に対して優しいひとばかりしかいなかったから、そんな声色で自分の話をされているのを、私は今まで耳にしたことがなかったのだ。
「気に入られた、ねえ。ヴァレイフ様はまだまだ前線で活躍する実力があるのに、勿体ないな」
「せめて俺たちの訓練に参加してくれたらなあ。いつも早朝に自主訓練に来るだけで、すぐに殿下のところに向かわれるもんな」
「結婚するって話、本気なのかね。年も離れてるし……護衛対象だろ?」
「ヴァレイフ様は貴族からも平民からも評判がいいから、やっぱり王家も引き入れたいんじゃねえの?」
「はー、よく考えられてるこった」
 私の動揺など当然として知らない騎士たちの会話はどんどん続いて、けれど私には、その全てをすんなりと理解することができなかった。
 そのとき、私は初めて、自分の何気ない言葉がヴァレイフの未来をふいにしてしまっていたということに気付かされた。大好きな彼がずっとそばにいて、守ってくれて、そのことだけが嬉しくて、英雄と呼ばれた彼を護衛騎士に任命するということが彼の未来にどう影響するのか、周囲からどんなふうに思われることなのかを理解していなかった。
 私がヴァレイフを望んだせいで、彼はそれまでのように戦地で武勲を上げることができなくなった。騎士団はその戦力を失った。私は多方から必要とされる彼を、わがままを言って独り占めしている。私はそんなことも理解せずに、ただ彼がそばにいることを当然として享受していた。
 思ってもみなかった形で自分の傲慢さを知ったことと、初めて他者から向けられる柔らかな棘を感じたことで、その日私はいっぱいいっぱいになっていた。
「――姫様、どうかされましたか」
「ヴァレイフ……」
 きっとそのときの私の動揺を感じ取ったのだろう。少し離れた位置にいたヴァレイフが心配そうな表情を浮かべて近づいてきて、そう尋ねてくれたのを覚えている。見慣れた琥珀色の瞳の奥に潜む感情が何であるのか、彼が何を思って私のそばにいてくれるのか、私は今までずっと知りたいと思ってきたはずだった。
 今までヴァレイフには何だって言ってきた。彼と少しでも話をしたかったし、彼がくだらないことであってもいつも相槌を打ってくれるだけで嬉しかったのだ。もっと話を聞いてほしいからとお茶に誘ったり部屋に呼ぼうとしたりすると、困ったように眉を下げて、あるいは微かに笑みを浮かべて、「俺はあくまで護衛騎士なので」と私と一線を引いていた彼の態度を、私はただ生真面目な性格ゆえのものだと何の疑いもなくとらえていた。それが彼なりの拒絶だったのかもしれないということに、その日やっと気が付いたのだ。
「……なんでもないわ」
 ヴァレイフに向かってなんとかそう返事をして微笑んだ。微かに細められた琥珀色の瞳は私の嘘を見抜いていただろうけれど、彼はそれ以上何も言おうとはしなかった。
 そうして、自身の無知さと傲慢さにようやく気付いた私は、なんだって言ってきたはずのヴァレイフに、今までのように接することができなくなった。私のことをどう思っているのかとか、本当は護衛騎士にはなりたくなかったのではないかとか、目の前で心配そうに私を見つめる彼を前にして過る疑問はたくさんあったけど、彼から返ってくる言葉を考えるだけで恐ろしくなって、結局その疑問が言葉として出てくることはなかった。
 その日から私は、どんなふうに彼と向かい合えばよいのか分からなくなった。今もずっと、彼に本当の気持ちを尋ねることはできないままでいる。
 けれど、私が自己の傲慢さに今更になって気が付いたとして、今まで私が大きな声で彼のことを好きだと言ってきた事実はどうしたって覆らない。お父様を含めた周囲の人々が、いずれは私とヴァレイフが結婚するだろうと思っていることは明白だった。
 私が十七になれば、社交界へと正式にデビューすることになる。そうすれば、結婚の話も進められていってしまうだろう。私の希望とお父様の言葉を断れない彼は、このままなし崩しに私と結婚することになる。外堀は、馬鹿な過去の私がとっくに埋めきってしまっていた。けれどそれは、きっと彼の本意ではない。
 彼の、騎士として、男性として大切な時間を奪っておいて今更何を言うのかと言われたらそれまでだ。ただ幼い子供のわがままとして片付けるには、私は権力を持ちすぎていた。もちろん父を含めた周囲の様々な思惑もあったけれど、彼をこうして縛り付けてしまっていたのは、ひとえに私が愚かだったせいだ。
 だから……こんなこと、もう本当に今更なのだけれど……私は、自身が成人する十七歳の誕生日パーティーを最後に、ヴァレイフを私から解放しようと、そう決めていた。
 



 ②護衛騎士にお別れ



「ヴァレイフ」
「はい、姫」
 隣に控える彼に声をかけると、彼は短く返事をして私へと視線を向けた。無表情の中にほんの少し優しさが含まれていることに私が気付けるのは、彼をずっと私のそばに置き、彼の一挙手一投足を目にし続けたからだろう。
 王城のホールに集まった煌びやかな衣装を身にまとった貴族たちを、壇上から見下ろす。皆私の誕生日を祝うために集まってくれた面々だ。私と、隣に佇むヴァレイフを見つめる視線には、興味や関心、憧れや嫉妬――様々な感情が含まれているのがわかる。それら全てを受け流しつつ、私は隣のヴァレイフに向かって手を伸ばした。
「私とダンスを踊ってくれるかしら」
「……もちろんです、俺でよければ喜んで」
 ヴァレイフはそう言って私の手を取った。父と兄の隣で玉座に腰掛ける私の前に跪き、手の甲に恭しくキスをする。琥珀色の瞳がすっと私を見上げ、私の視線と絡まり合った。
「姫様、初めてのダンスを、ぜひ俺と」

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配信先 (2024/07/12〜)