第1話 第二シーズンに突入?
「ラス達、卒業してしまいましたわね。それに、学園も寂しくなりましたわ」
アナスタシアは、生徒会室でエリザベスの作ったケーキを食べながら、ため息をついた。ため息をつきながらも、綺麗な所作でケーキ(ホール)を完食する姿は、すでに生徒会室にいる面子にはお馴染みである。
「そうですね。先生達や職員の方々もかなり変わったし、退学した方もいるから、学園の雰囲気もかなり変わりましたね」
エリザベスは、あの婚約破棄から起こった出来事をしみじみと思い返した。
ジルベルトは、イザベラ・カーンとガーベラ・ブロンドとのダブル結婚式(ガーベラはイザベラ公認の愛人)の当日に逃走。侯爵家からは勘当されて今は行方知れず。
またジルベルトの浮気が大々的に公になったことにより、ジルベルトと関係があった女性教師や職員は全員退職となった。平民の女子生徒などはそのまま通っているが、婚約者持ちの貴族子女達は、婚約破棄になったり学園を退学したりと、遊びの代償は大きかったようだ。
ティタニア・オスマンタスは、ジルベルトかいなくなった後、かなり奔放に振る舞っていたようだが、いつの間にか学園から姿を消していた。噂では、借金のカタに金持ちの老人に売られたとか、娼館で見かけたとかもあるが、真実はわかっていない。ただ、ティタニアは自分のお嫁さんになったんだと言っている文官学部の平民出身の男子生徒がいるとかいないとか。
エリザベス的には、もう精算した過去のことではあるが、あまり思い出したくない人達の記憶だ。しかし、キャンベル王国学園に入学して、嫌な出会いばかりではなかった。
アナスタシアやキャサリンと友達になれたこと、何よりもサイラスという最愛の婚約者との出会いもあった。
あのまま自分から行動を起こさず、ジルベルトの婚約者のままでいたらどうなっていたのか。ジルベルトを信じたまま、ジルベルトはアナスタシアを攻略し、最後に捨てられる運命だったとしたら、今頃の自分は不幸のどん底にいたことだろう。
「生徒会長、入学記念パーティーのケータリングの費用についてなんですが」
三年生になって会計になったダニエルが、ケータリング業者のパンフレットを持ってアナスタシアの前に立った。入学した当時は、キャサリンと身長があまり変わらず、中性的な美少年だったのが、この一年で身長は十センチ以上伸び、もう少年とは呼べないくらい男らしく成長していた。
「あ、こことここは美味しいから外せませんわ。こちらも捨て難いですわね」
「会長、値段も見て決めてください」
「お値段のことはさっぱりですわ。それはキャサリンと相談してちょうだい。味のことならば、わたくしに聞いてくださってかまわなくてよ」
王族であるサイラスが卒業したことで、生徒会長にはアナスタシアが、副会長にはキャサリン、書紀にエリザベス、会計にダニエルが就任した。
サイラスとラスティが空いた穴は大きく、学園生活が味気なく感じるのはエリザベスだけではない筈だ。
サイラスとエリザベスの婚約も成立し、学園が休みの時は王宮にて王子妃教育がある為、一週間に一度のペースでエリザベスはサイラスと会っているものの、以前サイラスがラスティのふりをしていた時と比べると、やはり密度が足りないというか、周りの目を気にしないといけないので、正直寂しさは否めない。
「ベス、今日の夜会にはラスと参加ですわよね」
「それが、今日はお父様にお願いしてるんです」
「どうしてですの?!」
今日は王妃様主催の夜会が開かれる。正式に婚約してからは、夜会などではラスティがエリザベスのエスコートをするのが通常だったのだが、今日だけはラスティには主賓をエスコートして欲しいと、サイラスの母、カテリーナ王妃直々に頼まれてしまったのだ。
今回の夜会の主賓は、友好国の一つエラスト国の王弟に嫁いだカテリーナの従妹らしい。エリザベスと同じ年の娘を連れての来訪で、その娘のたっての希望で、キャンベル王国学園に短期入学するとか……。
サイラスは、カテリーナ王妃の従妹母娘のエスコートを頼まれたという訳だ。
「はあ? 婚約者がいますのに、他の女性をエスコートとか、頭おかしいんじゃありません?!」
「シア様、ラス様は母娘のエスコートですから。他意はないんですよ」
「ラスはベスに甘え過ぎですわ。ベス、何かあれば、必ずわたくしに言ってくださいませ。ガツンとしめて差し上げますから」
エリザベスは苦笑しつつ、アナスタシアの友情には大感謝だった。最近は、サイラスと恋人同士の接触がなさ過ぎて、不安はないとは言い難かったから。
★★★
夜会会場、エリザベスは青銀色のドレスをまとい、壁の華になっていた。
公爵令嬢であるアナスタシアの入場はまだ先だし、一緒に入場した父親は、数人の中年貴族達とシガールームに消えてしまった。
アナスタシアのように華があれば人を惹きつける吸引力もあるんだろうが、エリザベスのように一見地味で周りに溶け込んでしまうようなタイプは、こういう派手な集まりでは見事に壁の華になってしまい、それこそ壁と同化しているのでは? というくらい気付かれない。
「一曲くらい踊れるかしら」
猛烈な王子妃教育の賜物で、苦手なダンスも多少マシになったエリザベスは、最近はサイラスとダンスをする楽しさに目覚めていた。
といってもサイラス限定で、他の男性とのダンスは丁重にお断りしていたが。
「ベス、探しましたわ。こんなところにいましたのね」
ラスティのエスコートで登場したアナスタシアが、壁の華をしていたエリザベスの前に立った。
艷やかな赤髪は緩く編み込まれて片側から前に垂れ、豊かに盛り上がる胸元を彩っていた。紺色のエンパイアドレスは、総スパンコールならぬサファイアが散りばめられたゴージャスなドレスであったが、アナスタシアの華やかさはドレスに負けておらず、会場に入った途端、全男性の視線を釘付けにしていた。
「シア様、とてもお綺麗ですわ。ラスティ様も素敵です」
ラスティは黒い燕尾服を着ていたが、タイと胸元のハンカチーフがアナスタシアのドレスに合わせた仕様になっており、いつもはモジャモジャな髪の毛もすっきり整えられていた。
「ベスもとても可愛らしいわ。そのドレスはラスが用意したのよね。宝石も」
「そうですね」
青銀色はサイラスの髪色だ。婚約者の色を纏うのは普通のこととはいえ、ここまで徹底していると自己主張が激しい娘みたいでかなり恥ずかしい。しかも、今日のエスコートはサイラスでもないのに、「私が婚約者ですから!」とアピールしているようで……。
「色味もそうだけど、露出を極限まで抑えたそのドレス……、ラスの執着を感じて怖いわ」
「シア様も、ラスティ様の色ですよね」
エリザベスがこっそりアナスタシアに言うと、アナスタシアはわずかに胸元を赤らめる。顔色に出さないのは、さすが公爵令嬢だ。
アナスタシアは昔から紺色のドレスを着ることが多く、一般には婚約者候補としてサイラスの瞳の色を纏っていると思われていたのだが、実際はラスティの瞳の色をイメージしていた。アナスタシアの自己満足だったのだが、エリザベスはそんなアナスタシアの可愛らしい乙女な部分を言い当てたのだった。
「ほら、ラスの登場よ」
アナスタシアは照れ隠しにパタパタと扇子を扇ぎ、王族が入場する扉に目をやった。
「サイラス第三王子殿下並びに、カトレア・エラスト王弟姫殿下ご入場」
「は?」
サイラスの入場を知らせる声に、アナスタシアは扇子をメリッと握りしめ、エリザベスも戸惑いの表情を浮かべた。
サイラスがエスコートするのは、エラスト国の王弟妃と、その娘であるカトレア王弟姫の二人の筈ではなかったのか?
それが、扉から現れたのは紺色の燕尾服を着たサイラスと、銀色のプリンセスドレスを着たカトレアの二人。カトレアはショッキングピンクの派手な髪色と同色の瞳を持ち、この世界の常識なのか、グラマラスな胸が目立つ小悪魔っぽい雰囲気の美少女だった。
エリザベスと同じ年の筈だが、エリザベス同様若干幼く見え、彼女はそれを最大限活かす術を知っているようだった。無邪気に見える笑顔は計算され、首を傾げる角度、視線運びまで可愛らしさを追求しているように見える。
「あざといですわね、あの娘」
イラッとしたようなアナスタシアの横で、エリザベスはただただショックを受けていた。
サイラスとカトレア、誰が見てもお似合いの二人だった。しかも、カトレアの母親をエスコートするならばまだしも、婚約者をさしおいて未婚の女性をエスコートすることは、婚約者を軽視していると、周りに知らしめる行為だ。
以前、ジルベルトがエリザベスにしていたように……。
「ベス、顔色が悪いですわ。後であのバカはわたくしが懲らしめて差し上げます。ラスティ、止めないでくざさいませね」
「今回はラスの考えが甘い。僕は止めませんが、その扇子は凶器になるから、せめて素手でお願いします」
「ウフフ、指輪のついた手で引っ叩いてやりましょう」
サイラス達の周りには貴族達が集まり、サイラスはエリザベスのことを気にしていたが、身動きが取れないようだった。
「ベス。あの様子では、今日はラスと話すことも難しいでしょう。今日はわたくし達と一緒におりましょう。向こうでケーキでも食べます? それとも、カードゲームでも楽しみましょうか?」
エリザベスは、せっかくのアナスタシアとラスティの時間を邪魔したくはなく、どう断ろうか頭を悩ませる。
「あ、父が戻ってきました。シア様はラスティ様とファーストダンスを踊ってきてください。私は今日はお父様孝行をしないとですから」
「そうなんですの?」
「はい。最近王子妃教育で家にいないことが多いので、お父様が寂しがってしまって」
「そう? それなら仕方ないですわね。今日はベスをミラー伯爵にお譲りするわ。ベス、また後でね」
アナスタシアはラスティの腕を取って、ダンスフロアーに進んでいった。
エリザベスは、フロアーの中央で踊り始めたアナスタシア達を見ながら、また壁の華に戻る。
「エリー、いや、エリザベス嬢」
「ザック兄様……いえ、ストーン侯爵令息様」
エリザベスの前に立った大きな影は、ジルベルトの兄であるザックノートだった。ジルベルトと婚約破棄をしてから疎遠にはなってしまったが、エリザベスにとっては兄のような存在だ。
「そんな寂しい呼び方はよしてくれよ。前のようにザック兄様と呼んでくれると嬉しいのだが」
「では、私のこともエリーで」
「将来の王子妃を愛称で呼ぶのは恐れ多いな」
「お兄様ったら」
「ところで、今回のアレは何だ?」
ザックノートは、多分中心にサイラス達がいるだろう大きな人混みに視線を向けた。
「本当は、エラスト王弟妃と三人で入場する予定だったのですか?」
「ああ、なるほど。王弟妃は、長旅で体調を崩されたと聞いている。しかし、あれではまるで王子の婚約者はカトレア王弟姫みたいじゃないか」
エリザベスは渇いた笑いを浮かべながら、内心はズーンと落ち込んでいた。