魔族の少年を拾いました 幸せのその先

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表紙:

先行配信日:2024/05/24
配信日:2024/05/31
定価:¥880(税込)
魔族であるリカルドの花嫁となったエリー。淫魔な夫に毎日のように現実や、時には夢の中でもくたくたになるほど愛されながら幸せに過ごしていた。

雪解けと共に村へ足を運び、結婚の報告をして周りから祝福される二人だったが、リカルドへ横恋慕する少女や、リカルドと同族の魔族が現れて!?
さらに魔族の出没によって、イスラが所属する教会からの対応も変わっていき……

二人の甘々エピソードはもちろん、リカルドに芽生えた新たな感情、そして過去の回想など盛りだくさんの番外編登場!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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◆とある雪解け日



 空が青く彩られた朝、一人の女性が玄関の扉を開こうとしていた。腰にまで届く黒い髪を後ろで一つに束ねており、濃褐色の目は眠そうに半分閉じられている。彼女があくびをかみ殺しながら内開きの扉を開いた途端、肌を突き刺すような冷たい風が中に吹き込んだ。
「さむいよ、エリー!」
 その冷たさに叫んだのは彼女、ではなくその後ろに立つ一人の男性だ。血のように真っ赤な丸い目をした美しい顔立ち、胸の下ほどまでまっすぐ伸びた蜂蜜色の髪。見た目はとても美しい男だが、頭の左右にある羊のアモン角のような角がただの人ではないと主張している。
「本当、まださむいわね……」
「僕が温めてあげる!」
 女性、エリーはさむさに身震いしながら自分の体を抱いた。彼はその後ろからエリーを抱きしめ、ぬくもりを分け合うように身を寄せる。
「リカルド、これじゃあ動けないわ」
「動かなくていいんじゃない? もう全部ほっておいて、僕と体を温めあおうよ!」
「たいへん、凶悪な魔族が堕落させようとしてくる……!」
 立派な角は魔族という種である証。魔族は人族とは比べものにならないほどの力をもち、糧とするものや生殖などさまざまなことが人族とは違っている種だ。そこにあるのは八年前にエリーがとある雪の日に拾った、まだ角の小さかった魔族の少年リカルドが立派に成長した姿だった。
「ええ、僕が凶悪? もう、僕はかわいいでしょう?」
 リカルドがエリーの顔をのぞきこみながら小さく首を傾げると、さらさらの髪が揺れる。その見た目はとても美しく、その言動はとてもかわいらしくてエリーは否定できなかった。
「かわいいけどさ……」
「じゃあ、部屋に戻っちゃおうよ」
「だめ。今日こそは村に行かないと」
「たまにはひきこもってもいいじゃない!」
「ぜんぜん、たまにじゃないから。昨日もそう言っていたでしょう。絶対、だめ!」
「えー」
 不満そうに声を上げたリカルドは柔らかそうな頬をふくらませる。エリーは拗ねた表情がかわいらしくてうっかり絆されそうになったが、慌てて首を横に振った。
「……だめ。昨日もだまされたんだから、今日は絶対にだめ!」
 断固拒否するエリーにリカルドは頬をふくらませつつも、それ以上わがままを言うことはなかった。かわりにエリーの隣に立つと、彼女の手を指を絡めてしっかりと握る。
「しかたがないなあ。それじゃあ、早く行こう!」
「はいはい」
 エリーはうって変わって急かすリカルドに少しあきれながらもゆっくりと足を進め始めた。ひんやりと冷える中、雪の積もる地面に二人分の足跡が並ぶ。小さく息を吐いたエリーは目元を緩めてぽつりとつぶやいた。
「村に行くのも、久しぶりね」
 エリーがリカルドと共に住んでいる家は人里からずいぶんと離れた場所にある。冬になると雪が深くなるため移動が難しくなり、春になるまで家にこもりきりだ。この冬も二人は家にこもりきりだったが、雪解けが始まったことで一番近くのカディス村へ向かっていた。
「そうだね!」
「リカルドは楽しそうね」
「今回だけは、ね!」
 リカルドは明るく軽やかな声で答える。エリーはリカルドが楽しそうな理由に察しがつき、苦笑いをした。金や食料を得たりと生活のために村とのつながりが必要なエリーとは違い、リカルドは村に興味がなかった。
 というのも、魔族であるリカルドは糧とするものが違う。魔族が糧とするものは、生物であれば必ずもつ魔力という力だ。その中でも特に人族がもつ魔力を好むという、いわば魔族と人族は捕食者と被食者の関係であった。
 リカルドは日々エリーの魔力を得ており、金も食料も必要がないためほかの人族に興味がない。むしろ、エリーが仕事として自分の魔力を村人に譲渡していることが気に食わないくらいだ。
「あ、そろそろかなっ」
 二人がたわいもない話をしながら歩き続けているうちに遠くに村が見えてくる。そこでリカルドがうれしそうな声を上げると、彼の頭に堂々と鎮座していた角がふっと消えた。
(……本当に、不思議な力ね)
 この世界では魔力を用いて魔法という不思議な現象を引き起こす技術がある。魔族は魔法を得意としており、リカルドは魔法を使って角を見えないように隠したようだ。
 魔族は人族にとって捕食者という関係上、人族の社会では忌むべき存在だった。しかし角を隠したリカルドは堂々と村へと足を進める。魔族も角さえ隠してしまえば、見た目はほとんど人族と変わらなかった。
「……ん、リカルド……とエリーさん」
 いよいよ村にたどり着くというところで、二人の前に一人の男が現れた。その男はちょうど村から出ようとしていたところだったのだろう。
「イスラ!」
 リカルドが大きな声で名を叫ぶと、呼ばれたイスラは眉間に皺を寄せ、短く切られた栗色の髪を片手で乱暴にかきながら切れ長の青い目を彼に向けた。身にまとう黒のローブと水色のストラのような布は、女神教という宗教に属する神官の証だ。女神教では人を害する魔族は排除し人を守るべきという教えがあり、神官はそれを全うすべく魔族を排除する任務が課せられている、のだが。
「おう。冬の間、何も悪さはしなかったか?」
「さむいんだから、そんなことするわけないじゃない! それに僕、エリー以外に興味ないし!」
「……変わりないようだな。ならいい」
 イスラはリカルドが魔族だと知っているのだが、まるで近所の子どもに話しかけるようなやりとりはおよそ魔族と神官のものとは思えない。
(本当、イスラさんには助けてもらっているなぁ)
 イスラはリカルドがエリーのもとに住み始めて三か月ほどしたころにカディス村に赴任してきた神官だ。はじめはリカルドを魔族だとは気づかなかったが、三年後にその正体を知って敵対したこともある。ひと悶着あったものの、本来ならば即排除となるリカルドの処遇がいま、監視対象で済んでいるのはイスラが女神教の上層部に掛け合ったことが大きい。エリーが二人のやりとりをそばで見守りながら微笑んでいると、イスラは彼女へと目を向ける。
「……エリーさんも、変わりないようでなにより」
「ありがとうございます。イスラさんも」
 エリーが小さく頭を下げるとイスラは表情を緩める。そんなイスラの前でリカルドはエリーを後ろから抱きしめた。
「エリーは僕のだからね!」
「はいはい、わかったわかった」
 イスラは威嚇するようににらみつけるリカルドを適当にあしらう。このようなやりとりには慣れているエリーはリカルドを咎めるでもなくただ困ったように笑うだけで、イスラも気分を悪くするでもなく話を変えた。
「ちょうどお前らの様子を確認しにいくところだったから、手間が省けた」
「ふふん、僕に感謝してよね!」
「エリーさん、ありがとう」
「えっ? あ、はい」
「あっ、イスラ!」
 そんなやりとりを終え、イスラが村に戻ろうと踵を返したところでリカルドが呼び止める。しぶしぶながら振り返ったイスラに、リカルドは胸を張って宣言した。
「今日は僕、お前とかに報告があるんだ!」
「報告?」
「うん。ふふっ、うらやましくなっても、だめだからね!」
「あー……」
 イスラは軽く頬をかくと、意味ありげな視線をエリーに向ける。その視線を受けたエリーは頬を赤く染めながら小さくうなずいた。
「そうか、よかったな」
「まだ報告していないでしょう! ほかのやつらとまとめて報告するから、イスラもついてきて!」
「はぁ、わかったわかった……」
 少し疲れたような表情でうなずくイスラにリカルドは満足げに笑う。リカルドはすぐにエリーの手を指を絡めてぎゅっと握ると、彼女の手を引いて歩きだした。
(そうそう、今日は大事な報告があるのよね)
 エリーはこれからのことを考え、緊張に体をこわばらせた。普段なら村に向かうことをよろこばないリカルドが今日を楽しみにしていたのは、その報告のためだ。エリーとリカルドにとっては大切な、これからのことについての報告。そのことを考えれば考えるほど、エリーの緊張は増していくのだった。
 村に入るとすぐに初老の男女の姿があった。二人は村長であるアダンとその妹であるホセファだ。村を出たばかりのイスラがすぐに戻ってきたことにホセファが驚いた声を上げる。
「あら、イスラさん。どうしたの?」
「いえ、エリーさんたちがちょうどこちらにいらしたので」
 イスラは温和そうな笑みを浮かべて丁寧な口調で答える。それは神官としての仕事の顔であり、リカルドは常々その笑顔と口調をうさんくさそうだと評していた。
「あら、まあ! エリーちゃん、リカルドくん」
「こんにちは!」
 しかしリカルドも負けず劣らず、すぐにかわいらしく笑って明るい声で挨拶する。エリーはどっちもどっちな演技力だと思いながら、会釈して一歩前に出た。
「こんにちは。ホセファさん、アダンさん、お久しぶりです」
「二人とも、元気そうでよかったわ! 冬の間、大丈夫だった?」
「はい、何事もなかったです」
 ホセファは目じりの皺を深めてうなずき、隣に立つアダンは僅かに表情を緩める。二人は村から離れて暮らすエリーらのことをよく気にかけてくれた。二人の訪れをホセファがおおいに歓迎し、その声に近くにいた村人たちも集まりはじめる。
「おっ、エリーちゃん。魔晶石のおかげで、今回の冬も無事に乗り越えられたよ!」
「あっ! リカルドさん、お元気でした!?」
「また魔力を込めてほしいんだが……」
「あ、はは……はい。それはまたあとで」
「今日はしばらく村にいるんですか!?」
 二人の周りに集まった人々が矢継ぎ早に話しかけはじめ、エリーは少し困ったように笑いながら対応し、リカルドは笑顔で返事をしていた。エリーはリカルドが不満で爆発しないかとはらはらしていたが、彼はイスラと交わしている人族に危害を加えないという約束をしっかりと守り、我慢しているようだ。
「まあまあ、みなさん」
 その様子を見かねたようにイスラが皆に声をかけた。人々の生活の基盤にまで浸透している女神教の神官の言葉に人々は口を止め、視線を向ける。
「本日は、エリーさんとリカルドくんから大切な報告があるそうですよ」
 にっこりと微笑んだイスラの言葉によって、皆の視線は一斉にエリーとリカルドへと移った。その視線にエリーは驚き後ずさったが、その背をリカルドが受け止める。エリーは隣に立つリカルドに目を向けると、彼はようやく自分が思うとおりに振るまえると目を輝かせていた。
「聞いて聞いてっ!」
「わっ、ちょ、リカルド……っ」
 リカルドは皆の前でエリーを抱きしめた。人前で抱きしめられてエリーは恥ずかしさで顔を真っ赤にしたが、リカルドはお構いなしに大きな声を張り上げる。
「僕、エリーと結婚したよ~っ!」
 村中に響き渡るのではないかと思うくらいによく通る大きな声に、あたりはしんと静まり返る。しかしすぐにその場は沸き立ち、驚きと祝福の声が上がった。
「おっ、ついにか!」
「あらぁ~っ、おめでたいわねえ!」
「そ、そんなあ……」
 中には悲鳴のような声もあったが、かき消されてほとんど聞こえなかった。エリーを抱きしめるリカルドの指と、彼の首に腕を回した彼女の指に光るのは揃いの指輪。この冬の間にリカルドがエリーに贈った、夫婦の証だ。
 二人が出会ったのはエリーが十八歳の冬、リカルドがまだ十歳ほどの少年の姿をしていたころだ。それからさまざまなことがあったが、懸命に愛情を注いだエリーと無事に青年の姿に成長したリカルドは種族の壁を越えて夫婦となった。
 リカルドが村に訪れるようになったのは五年前からだが、いつもエリーにひっついて離れようとしなかった彼をよく知っている村人たちは、ようやく本懐を遂げたと彼を祝福している。かけられる祝福の声の中でリカルドがエリーを抱き上げると、さらに歓声があがった。
「みんな! エリーは僕のっ、奥様だからねっ!」
「ちょっと、リカルドっ、はずかしいからやめてっ!」
「ははっ、相変わらず仲がいいねぇ!」
「おめでとう!」
 リカルドはエリーを抱きかかえたまま村の中を歩きだす。小さな村だからか、またたく間にお祭りのような騒ぎとなっていく。エリーは見世物のような状態で恥ずかしくてたまらなかったが、多くの人々から祝福の言葉をかけられて自然と笑っていた。

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