あの猫を幸せにできる人になりたい(上)

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表紙:

先行配信日:2026/02/27
配信日:2026/03/13
定価:¥880(税込)
実家が動物病院兼保護シェルターを営む高校一年生の斎藤花。
彼女が見つけたのは、体育館裏でガタガタと震える美少年・倉内楓だった。
学内でも有名な彼の素顔は、目立ちすぎる外見のせいで人間に怯えきったまるで保護犬のような少年で……?

そっとしておこうとその場を離れた花だったが、一匹の捨て猫をきっかけに彼との不器用な交流がはじまる。
「あの猫を幸せにしたい」 そう願う臆病な彼と、それを見守る花。
猫との出会いが二人の世界を優しく変えていく、温かな青春ストーリー開幕。
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一学期編



  一



「タロ」みたいな人と会った。
 それが斎藤花の、彼に対する第一印象。

 放課後。
 花が通っている高校の体育館の裏──嫌いな人を呼び出すか、愛の告白をするには絶好のポイントだ。
 そこには壁を背にゼイゼイと荒い息を繰り返す男子と、地面に尻餅をついて呆気に取られている女子がいた。
 どちらも同じ高校のブレザーの制服姿で、どちらもタイの色は二年生を表す紺色。緑のタイをつけた一年生の花は、あちゃあと思った。マズい場面に出くわした、と。
 ちなみに花がここに来たのは、前にあげたふたつの選択肢のどちらでもない。“ある噂”を聞きつけて、気になってやって来たところだった。
「あの、大丈夫ですか?」
 とりあえず花は、へたり込んでいる女子に声をかける。下は土で、制服でのんびり座っていい場所ではない。
「え? あっ、だ、大丈夫よっ!」
 他人の視線があることに気づいたようで、二年の女子生徒は立ち上がり、ぱぱっとスカートを払うと、顔を真っ赤にして駆け出してしまった。
 体育館裏から、表の世界へと戻っていく後ろ姿。
 走って帰れるくらいだから大丈夫だね、と花は心配のいらないその様子に、うんうんと頷いた。
 しかし、現場にはもう一人いる。
 何があったか知らないが、息を激しく乱し、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい男子生徒だ。立っているのが辛くなったのか、ずるずると背中を壁につけたまま、彼はへたり込んでいく。
 病気の可能性を考えて、今度は彼に向かって、花は「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。
 ビクゥッ!!
 彼女の声に、男子生徒の身体は一度強く上下に跳ね、そのせいで背中が壁から離れてしまい、ズドンと一気に落ちて尻餅をついた。
 ありゃ、と花は動きを止めた。さっきの女生徒と違って、こっちは走って帰る元気はないようだ。
 抜き差しならない状況に、無視をしていくわけにもいかず、花は一歩彼の方に踏み出そうとした。
 ビクビクッ!
 そんな彼女の動きは、男子生徒の身体を激しく震わせる。まるで、猛獣でも近づいてきたかのごとき反応だ。
 どこかで見覚えのある反応に、ぴたりと花は足を止めた。
 タロみたいだな、と彼女は思った。
 クリーム色と黒の毛並みの、雑種の犬。
 花は一歩後方に下がって、スカートを手で押さえながら、壁沿いのコンクリートの部分に腰を下ろす。
 元気にしてるかなぁ、タロ──花はそんなことを考えながら、彼と同じように壁に背を預け、春の明るい空を見上げた。

 斎藤花は、ごく普通の高校生だ、と自分のことを思っている。
 学校の規則を破らない程度のスカートの長さと、眉が隠れる程度の黒い前髪。後ろは手入れが面倒なので、肩くらいで揃えている。
 先生に睨まれることもなく、かといって優等生というわけでもない。
 窓際の席であることをいいことに、授業中に差し込んでくるポカポカ陽気を満喫して、時々グラウンドの方を見たりする。
 得意な科目は文系で、苦手な科目は理数系。運動に関しては、歩くのは好きだが、走るのは速くない。球技は好きだけれども、うまいわけでもない。
 部活は、帰宅部。学校でやりたいことがないというより、帰ってやることがあった。
 この春に無事、公立高校に入学でき、ピカピカの高校一年生になったばかり。
 そんな斎藤花は、今日初めて出会った二年生男子と、適切な距離を測ろうとしていた。
 少し離れたところで心拍数の上昇に苦しんでいる男子生徒を、ちらりと横目で見る。
 茶色い髪は、日当たりの悪い体育館裏でも分かるほど、薄くてキラキラしている。横顔から分かる綺麗な高い鼻と、はっきりした顔立ち。二重でぱちっとした茶色い目は、花からすれば羨ましい限りだ。
 おそらくあれは──美少年と呼ばれるものなのだろう。顔立ちが日本人離れしているので、外国の血が入っているのかもしれない。
 それが、ますます「タロ」を彷彿とさせた。
 柴犬と洋犬の血を感じさせる雑種犬。全体的にはクリーム色で、鼻の周りだけ黒い。耳はピンと立っているが、尻尾はゆるく立てた生クリームみたいな巻き方だ。
 和犬というには鼻面が長く顔が濃い目で、洋犬というには地味な印象のある犬。
 そんな雑種のタロが、花の家に連れてこられたのは、去年の春のことだった。
 元の飼い主のところで三年くらい飼われていたタロは、引越しのタイミングで捨てられ、しばらくして保護された。
 近所の人から通報があり、花の父親が保護した時には、タロはすっかり人間不信になっていて、人の姿が見えるだけでブルブル震える哀れな状態だった。
 花の父親は獣医である。そして、ボランティアで捨てられた犬猫を一時的に保護するシェルターも運営している。タロの身体にはアザがいくつかあり、追い払うのに石でも投げつけられたのだろうという診断だった。
 普段、父は診察で忙しいので、保護された動物は母がメインで世話をしている。花も朝夕の散歩や、餌やりなどの手伝いをしていた。病院の受付兼助手は、獣医見習いの人が来ているので、家族がそちらを手伝うことはない。
 シェルターにはいろいろ事情のある犬猫が連れてこられるが、タロはその中でも群を抜く人間不信だった。
 声をかけることも近づくことも、タロを怯えさせるだけ。
 だから花は去年の春休み中、タロと一緒にいた。
 ただ側にいただけ。声もかけず、近づくこともせず、少し広めにとった柵の中に、ただ座り続けた。指先ひとつ動かさず、花はタロが自分から近づいてくるのを、辛抱強く待ち続けたのだ。
 長い長い時間の果てに──タロは、そろそろと近づいてきた。

 いまの花も、それと同じだった。
 呼吸音ひとつ立てることなく、ただ静かに座っている。そこにいる、彼の時間を邪魔してはならない。
 彼が落ち着き、周囲を見ることができるようになって、そして彼にとって花が興味をひくようであれば、向こうから勝手に近づいてくる。
 ダムダムと、体育館の中で部活の始まった音が聞こえる中、花はずっとそうしていた。
「……」
 隣の呼吸音が次第におさまり、彼が頼りなげでありながらも立ち上がるのが分かった。
 彼の方を見ることなく、花はそこにいた。
「……」
 一歩、向こうに足が踏み出される。帰り道としては不適切な、体育館を遠回りに出て行くコース。
 花は、そのまま放置した。
 彼は──いなくなった。

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先行配信先 (2026/02/27〜)
配信先 (2026/03/13〜)