「人間拾っちゃったの~」
今日は一年に一度の魔女集会。
ざわざわと魔女たちが騒ぐ中、ソフィーと付き合いの長いエラが言った。
妖艶な容姿をした彼女は、おそらく魔女を想像しろと言われた人々が思い浮かべる典型的な魔女だ。
「は? 人間?」
ソフィーは思わずエラからもらったマンドラゴラを手から落としそうになる。
「あ、ちょっと気をつけなさいよ! 鮮度のいいマンドラゴラを手に入れるのがどれだけ大変か! 最近は近くに人間がいないかとか配慮しないといけないんだから!」
マンドラゴラは普段地中に眠っている人参のような薬草だ。
引き抜くと人間を死なせる声を出すことから、そばに人間がいるときは抜かないのが魔女の掟だ。
「昔は自由に取れたんですけどね」
そう言うのは同じく魔女仲間のジェシー。まるで少女のような容姿だが、この中で一番の年寄りだったりする。
ジェシーの言葉にエラが不満そうに唇を尖らせた。
「最近魔女も肩身が狭いわよね。人間社会に配慮しないといけないなんて」
「仕方ないですよ。時代に合わせないと。今は人間中心の社会です」
魔女の扱いはその時代その時代で変わる。
まるで神のように崇められることもあれば、その逆もあるということだ。
「そうそう人間!」
エラが話したくて仕方ないという気持ちが隠しきれない表情で語り始めた。
「なんかね、森の中で行き倒れてたのよ! どうしようかと思ったけど、そうだ、飼っちゃおうかなって思って拾っちゃった」
「待って待って待ってどういうこと? なんでそこで飼っちゃおうって思うの?」
ソフィーはエラの思考回路についていけず、思わず訊ねる。
「あれ? ソフィー知らないの? 魔女の中で人間飼うことがちょっとしたマイブームなのよ?」
「そうなの!?」
まったく知らなかった情報に、ソフィーは驚いて目を瞬いた。
魔女が生き物を飼うのは珍しいことではない。魔女は大体一人で暮らすため、寂しさを紛らわすために猫や鳥やトカゲなど、様々な生き物を飼ったりする。
しかし、人間を飼うというのは初耳だ。
「なんでそんなこと……」
「魔女なんて常に刺激を求めているものじゃない。人間って結構長生きだし、行動も予測できないから」
人気なのよね、とエラが言う。
「だからって人間を飼うなんて……」
ソフィーが眉を顰めると、エラはハッとして慌てて口を押さえた。
「ソフィーに言うことじゃなかったわね! ごめんなさい!」
ソフィーは首を横に振る。
「気にしないで。あなたたちの感覚が普通なのよ」
ソフィーがふっと下を向く。
「私がまだ慣れないだけで……」
◇ ◇ ◇
「な、何これ……」
ソフィーは魔女集会からの帰り、たどり着いた自宅の数歩手前で絶句した。
ソフィーの視線の先は自宅の扉前。
そこには一人の子供が倒れていた。
「ちょ、ちょっと」
そこにいたら家に入れないではないか。
それは困ると、ソフィーは子供に手を伸ばして抱き起こしてその身体を揺さぶった。
子供は目を閉じたまま、その姿勢からズルリと横に傾く。
「え?」
そのままバタンッと倒れてしまい、ソフィーは焦った。
「ぼ、僕、大丈夫?」
服装から男の子だと思い、そう声をかけるが男の子は起き上がらない。眠ってしまっているのだろうか。
――困ったなぁ。
このままでは家の中に入れない。ソフィーはひとまず男の子を移動させることにした。
ソフィーは男の子を移動させるためにその身体を持ち上げようと、倒れた身体の脇に手を入れたが、ぬるっとした感触がしたため、思わず「ひっ!」と声を上げて慌てて手を離してしまった。
「なっ、これ……」
ソフィーが自分の手についたぬるっとした触感の正体を見て驚き、目を見開いた。
「これ、血……!」
自分の手についた血に顔を青ざめ、ソフィーは慌てて男の子に近寄る。
よく見ると服にも血がついており、顔色は真っ青だ。ソフィーが男の子を観察しているその間にも、どこからか男の子からは血が流れ出ている。
「やだ、出血がひどい!」
ソフィーは慌てて首筋に手を当てる。
「脈はある……。まだ生きてる!」
ソフィーは血がつくことなど厭わずに、慌てて男の子の身体をズリズリと引きずり、家の中に招き入れた。
意識のない人間の身体は重い。
しかしその確かなぬくもりに命を感じ、ソフィーは急いで男の子をベッドに乗せた。魔女集会に行く前に変えたばかりのシーツが血まみれになったが、構ってはいられない。
「人の家で勝手に死ぬんじゃないわよ……!」
ソフィーは男の子の服を脱がせ、傷口を見る。腹部に刺し傷。傷口の様子から、おそらく刃物によるものだろうことが予測できた。
ソフィーは棚から瓶を取り出すと、それを腹部にぶちまけた。薬が入り込んだ腹部の傷口から、ジュワジュワと煙が少し出て、その煙が止まると、ソフィーはタオルで腹部を拭いた。
ソフィーは改めて男の子の腹部を見て、うんうん、と満足げに頷いた。
「さすが私の特製ポーション。完全に治すまではいかないけど、出血は止まったわ。あとは身体に負担にならないように、また少しずつ薬をかけてあげたら傷跡も残らないぐらいになるはず」
ソフィーは服の袖で汗を拭い、ホッと息を吐いた。
普段運動しないのだ。この男の子をベッドに運ぶだけでとても疲れてしまった。
しかし、疲れたからといって、ここで同じように眠るわけにはいかない。
というより、男の子の血まみれになったベッドで眠りたくなどない。
「うーん……この子を血まみれのベッドで眠らせるのも衛生的によくないかな……」
先ほどまで大量に出血していたのだ。出血が止まったとしても、なくなった血液は増えていないし、身体が弱っているはずだ。
「よしっ、一肌脱ぎますか」
ソフィーは腕まくりをすると、少年に手をかざす。
――集中するのよソフィー。大丈夫、私はやればできる。
ソフィーの手のひらから光が零れ落ちるように、男の子の上に降り注ぐ。
少しすると光は消え、ソフィーは額の汗を拭った。
「あっ」
ソフィーが嬉しそうな声を出す。
「できた!」
血に濡れて汚れていたベッドは真っ白になっていた。
「私だってやれば……」
そのまま視線を男の子に移し、ソフィーは固まった。
男の子の服がなくなっていた。
「…………」
ソフィーはそっと立ち上がると、部屋の椅子に掛けていた膝掛けを男の子に掛けてあげた。
「服も血がいっぱいついていたから汚れとして認識しちゃったのかしら……でもベッドのシーツは消えてないのにな……」
ソフィーがブツブツ呟く。
――そう、彼女は魔女でありながら、魔法が大の苦手だった。
◇ ◇ ◇
「いい匂いがする……」
男の子の目覚めの第一声がそれだった。
ソフィーはシチューを作る手を止め、男の子に向き直った。
「気分はどう? もうすぐご飯ができるけど、起き上がれそう?」
男の子は目をパチクリと瞬いて、ソフィーを見た。
「あの、あなたは……?」
ソフィーが自分を指差した。
「私はソフィー。ここの住民」
ソフィーが地面を指差した。
「で、ここは私の家」
男の子はまだ状況が把握できない様子でソフィーの家をキョロキョロ見る。
「どうして俺はここに……?」
「それは私が聞きたいわね」
ソフィーは再びシチューを作るために手を動かす。
「あなた怪我をして倒れていたのよ。覚えてない?」
「怪我……」
男の子は思い出したのか、腹部を押さえた。
「怪我がない……というか裸!?」
男の子が驚いて飛び起きる。
そして怯えた様子でソフィーを見つめた。
「へ、変態……?」
「違う違う違う誤解!」
その勘違いだけは正さねばならない。でなければソフィーは彼の中で変態になってしまう。
ソフィーはほぼ調理の終わったシチューの入った鍋から離れ、男の子のそばに行った。
「手当てをしただけ! 服も血まみれだったから脱がしたの! 寝ていたから着替えさせるのも気が引けて、そのままだっただけ!」
ソフィーはあえて魔法だとは伝えず、それっぽいことを言う。
まったくの嘘ではない。男の子が熟睡してしまったからそのまま寝かせていたことは本当だ。
服がソフィーの魔法のミスで消えたこと以外は本当だ。
「はい。サイズが合わなくて申し訳ないけど、とりあえずこれを着て」
ソフィーが自分のシャツを男の子に差し出す。男の子の身長的に、ワンピースのような丈で着られるはずだ。
男の子はソフィーをじっと見つめ、それを受け取った。
「わかった、信じる……身体に何かされた感じはしないし」
「するわけないでしょう!? 悪いけど私は細マッチョのお兄さんがタイプなの。もっと成長してから出直してきなさい」
イケメンならなおさらいい。
ソフィーは完成したシチューを盛りつけるためにキッチンに戻る。
男の子が着替える衣擦れの音がする。
ソフィーが食卓にシチューとサラダを並べていると、男の子が立ち上がってこちらに来た。その足取りはおぼつかない。
「フラフラする……」
「それはそうよ。結構出血していたもの。血を増やすためにもご飯を食べなさい。ほうれん草やお肉も入っているから」
男の子は食卓に座る。
が、どこか所在なさげだ。
「どうしたの?」
「いや……」
男の子が少し言い淀む。
「股がスースーする」
「明日服を買ってくるわね……」
残念ながらこの家にはソフィーのサイズの服しか置いていない。ズボンを貸してもずり下がって穿けたものではないだろう。
「じゃあ食べましょうか」
「いただきます」
男の子が手を合わせて食べ始める。お腹が空いていたのだろう。
先ほどは怪我もあってゆっくり見ている余裕はなかったが、とても綺麗な子供だった。
サラサラの金髪に、青い澄んだ瞳。まだ幼さの残る頬は滑らかで、肌荒れとは縁が遠そうだ。
ソフィーの癖のある茶髪に、黄緑色の瞳と比べてしまうと、より男の子の高級な宝石感が増す。いや、ソフィーだってダメなわけではないが。
――もしかして誘拐されそうだったとかかしら?
綺麗な子だから狙われそうだ。
昨日の怪我は、抵抗されてつい攻撃してしまったというところか。
ソフィーが男の子を見て、美しさって罪……と思っていると、男の子と目が合った。
「な、何?」
「そっちこそ、ずっと俺をじっと見ていたじゃないか。やっぱり変態?」
「違います!」
ソフィーはおかわりをよそってあげながら否定した。