1 アルミホイル
私が通う女子短大は偏差値があまり高くない。むしろ低いほうだ。
けれど通う子たちは、お洒落で今風の可愛い子たちが多くて、恋愛偏差値だけはたぶん高め。そういう感じの学校。
その日も短大の友人数人と、他大学の男子たちと集まっていた。入学しておよそ一年が過ぎ、二年生が始まろうとしていたが、今までもこういう機会はたくさんあった。
けれど私は、こうやって会う同じ歳くらいの男子たちを見ても特に何の感情もわかないし、そもそも恋愛に対する覇気がなかった。それでも三回に一回くらいは人数合わせと引き立て役で参加している。行きたくなくても、毎回断ると友達の輪から外れていってしまうからだ。
ピザの食べ放題があるイタリアンレストランで、飲み食いして宴も中盤となった頃のこと。
「狭山来るって」
メンバーの一人の男がスマホを見てそう言った途端、その場が急にざわついた。
男性陣の「げっ、マジかよ」と女性陣の「うそ、ほんとに?」の声が混じり合う。
隣にいる美久に小声で「なに、誰?」と聞く。
「いずみ、知らないの? らしいっちゃらしいけど……狭山ってのは……まぁ、とにかくモテる奴だよ」
「へぇ……」
美久の話だと、狭山猛は私たちと同学年の男で、とにかく見てくれがいい。顔面が激強で背も高くてモデル体型。容姿だけで近隣に名が轟く程度に目立っている。その上、親がどこかの大企業の社長でお金持ち。成績的な意味では頭も良い。コミュ力も高く、誰とでもすぐに仲良くなる。落ちない女はそういない、と言われているらしい。
「この間別メンバーで集まった時もあいつが来て……その場にいた女は後日全員食われた」
主催が何かホラーな話をするかのように、つぶやいている。全員とはまた……。
まぁ、繰り返しになるがうちの短大はお勉強に弱く、恋愛に強い、そういう短大。七割は常にハンターのような視線で男性を選別して、たゆまぬ努力でトライアンドエラーを繰り返している。そんな姿を目の当たりにしていると、参加メンバーによってはまぁ、そんなこともありえると思えてくる。
その人が入ってきた時に、店の空気も変わった。
「よう」
なるほど。くっきりとした端整な容姿だけではなく、王者の風格とでもいうような、人目を惹く妙な存在感もある。店内の人間がいっせいに彼を見ている。けれど、彼が品定めするような目でその場にいた女子たちを眺めまわしたので、私は軽い不快感を覚えた。
美久の彼氏が慌てた様子で狭山に耳打ちして、彼は美久を見た。それから不満そうな顔で何事かしゃべっている。美久の彼氏はさらにそれに必死に何か返して、狭山が鷹揚な表情で頷いた。
ふと女の子たちを見ると薄く笑っていた。
何この異様な雰囲気……。
物言いたげな顔で美久を見ると「あたしが狭山のターゲットから外されたからだよ」とピザを口に運びながら小声で教えてくれた。
「え、だからなんなの?」
「倍率減って喜んでんの」
「倍率って、あの男を落とす倍率? 倍率も何も……平等に全員食べちゃうんでしょ?」
半笑いで言うと美久が呆れたようにため息を吐いた。
「言っとくけど、外されたのはあたしだけだから。いずみ、あんたはちゃんとターゲットの一人だよ……」
「えぇ……あの人、ほんとに誰でもいいの? 選び放題なのに全員に手をつけるとか、逆にすごくない?」
「誰でもいいかは知らないけど……いずみはもう少しやる気と愛想があれば、ちゃんとモテる顔だし、余裕で範囲内」
「でも、まさか強姦するわけじゃないんでしょ?」
だったらターゲットになったところでお断りすればいいだけじゃないだろうか。
そう言うと美久は、「まぁ、確かにあんたなら……」と雑な納得をして頷き、トマトソースのついた指をぺろりと舐めた。本当のところさほど興味がないのだろう。彼女はよくも悪くもドライだ。そんなところが楽だし、周りでは唯一うまが合う。
ふと気がついた時、女の子たちはすでにこぞって狭山にたかっていた。
なんだかんだレベルの高い男を落として勲章にしたいのだ。この短大に入ってそこらへんのマウント合戦やバトり合いは何度となく見てきた。付き合う男子の顔、スタイル、学歴、家柄、すべての要素は集団内での格付けの材料になる。
私はこの短大に入って、『こんな典型的な悪女は漫画やドラマの世界にしかいないだろう』と思っていたようなタイプをたくさん目にした。もうちょっと学力か学費のどちらかが高い大学には半分もいないんじゃないかと思う。どこまでも恋愛脳な肉食女子が集う群雄割拠なこの短大は、もはやこの時代には逆に結構レアかもしれない。
狭山を中央に据え、悪魔の儀式のように囲む女性陣を他所に、私と美久は端っこの席でピザを頬張りながらほかの男性メンバーと、お通夜のような雰囲気でぽつぽつと会話していた。
しかし彼氏持ちの美久と無愛想な私がふたり残ったところで、男性陣のテンションは上がらない。食事も油が異様にキツくてそんなにおいしいお店ではなかった。
そうこうしているうちに店の予約時間が迫り、お開きとなった。
私以外は駅の方面へと行く。店を出て、挨拶して輪を抜けようとした時、肩を掴まれた。振り向くと狭山がいて、鋭い目でこちらを見ている。
「まだ話してなかったよな」
なんだか無礼に感じて、さりげなく肩にのせられた手を振り払う。ギラついた瞳には自信が滲んでいる。この時点で、私はもうすでに彼のことが少し苦手になっていた。
「俺は狭山猛。あんたは?」
「……柿本いずみ」
彼の印象が悪すぎて名前すら教えたくないので自然小声になる。
「連絡先教えて」
「え、それはいいや」
「え?」
ほぼ会話もしていないのに、連絡先の交換なんてしたくない。
しかし、いかにも心外、という顔をされたので、高そうなプライドを傷つけてしまったかもしれないと理由を付け足す。
「えっと、私、スマホ持ってないんだ」
狭山は目を白黒させた。
これは嘘だ。しかし、狭山はそんな嘘をつかれたこともないだろう。
「じゃあ家まで送るわ」
「…………」
何がじゃあ、なのかわからない。ちょっと面倒になってきた。
「いいよ」と断って足早に歩き出したのに、イントネーションが曖昧だったのか、狭山はあとからついてきた。日本語って難しい。
振り返ると、少し離れた場所に固まっている女子たちがこちらをじっと見ていたが、誰一人として邪魔しようとはしなかった。
なんのことはない。おそらく彼はすでに、私以外の全員と連絡先を交換したんだろう。そして今回のバトルロワイヤル形式では狭山の『公平性』によって決着がつかなかったため、ここからは個別のシングルマッチに移行するんだろう。なら、一番戦闘力の低そうな私は、彼と一緒に帰る相手としてはまだ無害と判断したのかもしれない。