ハイスペ公爵は(自主的)すみっこ令嬢を逃がさない ~愛しのキューラは×××をご所望!?~

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先行配信日:2023/02/10
配信日:2023/02/24
定価:¥770(税込)
エマ・ウィルソン! お前との婚約を破棄する!――? エマ、どこにいる?
まっったく存在感のない伯爵令嬢エマを見つけることは誰にもできない……はずだった。
彼女が愛してやまないのは──すみっこと謎のふわふわ生物だけ。
そして彼女を見つけられるのは──婚活市場人気No.1公爵カイルだけ。
ふわふわ生物が連れてくる、ハイスペ公爵からの甘い独占溺愛。
ムーンライトノベルズ若手人気No.1作家セブン、特別書き下ろし。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

立ち読み
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1 婚約破棄を宣言しましたが、相手の令嬢が見つかりません。


「エマ・ウィルソン! お前のようなどこにいるかも分からない存在感のない女とは結婚などできない! ここに婚約を破棄させてもらう! ────おいエマ……? どこに行った……?」
 パーティーの真っ最中、ホーアン・マクドネル伯爵令息は、隣にピンク色のフワフワした髪をなびかせた可愛らしい女性を立たせ、婚約破棄を宣言した。
 宣言した相手は、婚約者のエマ・ウィルソン伯爵令嬢に対してなのだが。
 彼の視線の先にいるであろうエマをみんなはキョロキョロと探しているし、あろうことか当事者のホーアンも焦りながら探している。
 つい先ほどエマに挨拶をされたばかりだから、いるはずなのだ。……挨拶したはずだ、確か。
 どんなドレスだったのか、ホーアンは覚えてすらいないが。
「エマ様って……名前は聞いたことがあるけど、どんな方だったかしら?」
「記憶にないんだよな。地味な令嬢なら逆に目立ちそうなものだが」
「わたくし、そういえば学院でクラスが一緒だった気がするわ……まったく記憶にないけれど。通っていなかったのかしら?」
「エマ様って、あのキューラの研究をしてるという……?」
 ヒソヒソと眉をひそめながら呟く声に、見当たらない令嬢・エマ。
 ホーアンは一体誰に向かって宣言したのか。
 本人がいないのに宣言したのならただの道化だし、さらに隣に恋人らしき令嬢を連れているのだからなおさらだ。
 すると、どこからともなく声がした。

「その婚約破棄、謹んでお受けいたします。詳しくは当主同士で話していただきましょう。それではこれにて失礼いたします」
 全員、声がした方向に一斉に顔を向けた。
 そこには令嬢たちがたくさんいたが……誰が言ったのか分からなかったのだ。
 令嬢たちはお互いの顔を見合わせる。
「え? 今誰がおっしゃったの?」
「わ、わたくしじゃないわ!?」
 全員が自分の周りを見回し、口々に自分は違うと言い張る。
「エマ! こんな時くらいちゃんと顔を出したらどうなんだ!? 俺はお前の顔すらちゃんと覚えていないぞ!?」
 パーティーの客たちは婚約者の顔を覚えていないホーアンに、「ホーアン様はよっぽど記憶力が悪いのか?」「顔を覚えてないなんてあり得るか? どんなに地味顔でもさすがに何年も会ってたら覚えるだろう?」と腑に落ちない顔をした。
 ホーアンとエマがすでに婚約して十年は経っていることは周知の事実だからだ。
 その日の婚約破棄という余興が行われたパーティーはお開きとなった。
 エマという存在が誰なのか……そこに実際いたのかは誰も分からないまま。

 ――ちなみにエマだが、ちゃんとその場にいた。
 本来は薄い色合いの金髪を目立たないように茶色に染めあげ、珍しい金色がかった青く大きな瞳は常に目を細めることで、瞳がどんな色なのか分からないように隠している。
 芸術作品のように整った容姿も、細身ながら出るとこは出たスタイルのよさも、なぜかまったく目立たないし誰もエマに注目しない。
 本来なら類い稀な容姿の、美少女と美女の間のような女性なのだが。
 ただひたすらに目立つことを嫌い、注目を浴びることを鬱陶しく思い、幼い頃から周りに同化することに精を出した結果。
 周りからは薄ぼんやりとしか認識できず、まったく存在感がない令嬢──それがエマだった。
 先ほども他の令嬢と一緒になって、キョロキョロと「エマ」を探すふりをしていた。

「ホーアン様ったらこんな場で……目立ってしまうかと思いましたわ。まったく面倒なことを……」

 そんな彼女が、婚活市場ダントツ人気ナンバーワンの若き公爵からどれだけ隠れようとも見つけられるまで……あと半月。



 ここに、すみっこを愛してやまない令嬢がいる。
 彼女の名はエマ・ウィルソン。
 ウィルソン伯爵家、四人兄妹の末っ子である。
 生まれた時から飛び抜けた容姿を持ち、淡いふわふわした金髪も、光の加減で金色が入っているように見える青く大きな瞳も、目立ちたくないエマにとっては無用の長物だった。
 小さい頃から部屋のすみっこにいるのが基本。
 家族に虐げられているわけではない。
 両親も三人の兄も優しく、エマをこれでもかと可愛がっている。兄たちの愛はシスコンとまで言えるレベルに達しているが、エマはまったく我関せず。
 エマのすみっこ好きは、完全に生まれ持った性質だった。
 一人遊びが大好きで注目されることをわずらわしく思い独自で訓練した結果……。
 極端なまでに存在感を消すことができるという荒技を習得した伯爵令嬢――それがエマ。
 エマは勝手にこれを【石の術】と呼んでいる。
 石になったつもりでいると、気配を消せるらしい……が、家族は誰もできないし、隠密や諜報を担う家系では一切ない。
 二年前に卒業した学院では、三年間ちゃんと通っていたにもかかわらず、きっと誰にも顔を覚えられていない。
 本人も覚えてもらう気は微塵もない。
 本来なら目立つ容姿ですら、気配や存在感がないとそれは美しいと認識できないようである。
 美しさとは、それ相応の存在感があり初めて成立するのだなと、エマの家族は痛感していた。
「エマがあんなに可愛いのに誰にも気づいてもらえないのが、兄としては悔しい」
「いや、エマが他人と会話するのが面倒なだけだろう」
「自分と認識されてなかったら会話も問題ないのになぁ……いつも存在感消してうまいこと会話に入って情報持ってくるもんね。この前の絹織物の話だって、エマの情報がなかったら危うく騙されるところだったよ」
「それでも母様は……エマちゃんのあんなに可愛い姿を誰にも自慢できないからとても悲しいわ……!」
「母上が小さい頃にいろんなところにエマを連れ出して自慢しまくったせいで、完全に面倒になったんじゃない?」
「…………え?」
 コクコクと頷く男三人(エマの兄たち)と、絶望した顔のエマの母だった。

 ――数日後。
 十歳の頃に決まったエマとホーアンの婚約は、エマの父・ウィルソン伯爵により滞りなく解消が進められた。
 エマ自身ホーアンに対して【石の術】を解除したいとは微塵も思わないほど興味がなく、誰に対しても興味はないため、結婚相手がホーアンであろうと他の誰かであろうとも些細なこと。
 エマの【石の術】にかかれば、誰であろうともエマを放っておくことしかできないのだから。
 公衆の面前であのようなことを言ってしまったことで、親同士が仲のよかったホーアンの父マクドネル伯爵は平謝りであったが、それなりに円満に解消へ。
 ホーアンがエマとの婚約を解消したい旨を自分の父・マクドネル伯爵に素直に伝えていれば、普通に解消されていたことだったのだが……彼はそこをすっ飛ばしいきなり夜会で宣言したものだから、大ごとになってしまっただけ。



「エマ、今日は何をしていたんだい?」
 ウィルソン伯爵家長男のアルフレドは、ディナーのメインである牛肉のソテーを美しく切り分け、今日の肉はいつもよりはるかにやわらかく美味しいことに目を細めながら追加をもらい、正面に座る妹に声をかける。
 ウィルソン伯爵家は、長男のアルフレド、次男と三男はカイラードとサイラスという双子。双子は現在騎士団所属で家にはいないが、エマに会いによく帰ってくる。
 そして末っ子のエマの四人兄妹である。
 三兄弟ともエマをひたすらに可愛がっていたが、その愛が通じているのかいないのか、彼女は一人を好んだ。
 幼い頃から兄たちがなにかエマにいたずらをしても、基本的に彼女は微動だにしない。

 そんなエマは、とある分野の研究者だった。
「アル兄様。本日のメインディッシュ、ずいぶんお気に召したようですね」
「あぁ、今日のはいつになくやわらかく味も深く、旨味が凝縮している。シェフは調理法を変えたのだろうか? 素晴らしい!」
 アルフレドが褒め称えていると、エマは頷きながら「それです」と答えた。
「……なにがだ?」
「シェフとその研究をしばらくしておりました。お兄様いわく、肉をやわらかくし旨味を凝縮するようですね」
「…………つまり?」
「はい、そうです。少し手間がかかりましたが、しばらく同じ狭い空間に置くことで熟成が進むようです」
「つまり……肉のそばにキューラを……?」
 ニッコリと微笑んだまま顔を固めたアルフレドは、ほんの少しだけ青ざめている。

 ──キューラとは。
 灰色(たまに白色もいる)のフワフワした、こぶしサイズの生き物である。
 その生態は謎に包まれ、捕まえようとすると消えてしまい、そもそも目撃例も非常に少ない。
 瞬間的に現れたり消えたりできる、不思議な存在。
 食べ物を腐らせたり、部屋の隅や家具の裏でカビを増やしたりすると言われていて、忌み嫌われている。
 もう一度言う。
 ――キューラは人々から忌み嫌われている。
 エマは、そのキューラの研究をしている。
 その分野(研究している者がそもそもほとんどいないが)で彼女は有名だ。変人という意味で。
 人前には出ないので、論文発表の名前だけ公表されている。

「アル兄様、キューラは不潔でもなんでもありません。噂はすべて迷信です。そもそも」
「エマちゃん、そこまでよ。食事中ですからね……あまりその話はやめましょうね」
 引きつった笑顔のウィルソン伯爵夫人。
 エマの母であるその人は、たった今まで美味しそうに食べていた牛肉のソテーをちょうど食べ終わり、持っていたカトラリーを置いた。
 可愛い娘がキューラの研究をしているとは分かっているし応援はしているけれど、役に立つと言われても、どうしても先入観があり受け入れられないものもある、と伯爵夫人は言う。
「……こんなに美味しいのだから、知らないままでいたかったわ」
 微笑みながらポソリと呟いた伯爵夫人の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
 キューラに対しての拒否感がどうしても拭い去れないらしいし、夫人はキューラを見たことがない。
 エマが見せようとしても、キューラは消えてしまう。
 長男アルフレドは一度だけエマとキューラが遊んでいるのを見たことがあるが、その瞬間叫んでしまい、二度と彼の前にキューラは姿を見せない。
 そして双子の兄は、キューラを嫌うというほどではないが……好奇心旺盛すぎるのか、キューラ自身が彼らに何かをされると怯えているかのようで、この二人の前にも姿を現さない。
 世間一般でキューラを目撃した人自体が非常に少ないのに、嫌われている存在がキューラだ。

「エマちゃん、そういえばお祖父様の誕生日パーティーの準備はもうできたかしら?」
「はい。壁に同化するドレスも、悪目立ちしないように地味すぎることなく、もちろん派手すぎることもございません。アクセサリーも目立たずでしゃばらず、ほどよい具合のものを用意しました。髪型は今流行りのアップスタイルで、いつも通り他の令嬢に紛れ込む作戦です。すべて滞りなく」
「そんなことは誰も期待していないのだけれど」
 目立たない準備に何一つ抜かりはないと、ほんの少しの笑みを浮かべながら完全なるドヤ顔のエマに対し、伯爵夫人はハンカチを取り出し、そっと目元をぬぐっていた。

 この食事時間は、エマの家族がエマと話せる時間。
 この時間は、輝くばかりに美しいエマの姿を見ることができるが。
 ──普段、屋敷内で廊下のすみっこを歩くエマとすれ違っても、エマに気づかないことが多い。
 それはまるで屋敷中の人がエマを無視しているかのように見えるだろうが、本人が基本的に放置してもらうことを望んでいる。
【石の術】で気配を消すのがすでに常態化しているエマは、意識しない限り、薄ぼんやりしたまま。
 それを「食事時間くらいはエマを意識して一緒に会話しながら食べたいんだ」と昔、家族に泣かれたため、家族とお茶や食事をするときは意図的に存在感を出すようにしているし、しっかり会話もする。

 会話が嫌いなわけではない。
 コミュ障でもない。
 ただただ目立つのが煩わしい。
 目立つことで繰り返されるおべっかや妬みや皮肉、その他諸々に辟易している。
 すみっこをこよなく愛し、同じすみっこ仲間のキューラを愛する令嬢……それがエマだ。

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