ナルシストで潔癖症な騎士様の嫌われ婚約者になるはずでしたが〈上〉 なぜか過保護に世話を焼かれています

著者:

カバーイラスト:

先行配信日:2023/02/24
配信日:2023/03/10
定価:¥990(税込)
王命によって、性格最悪で犬猿の仲の騎士キリシェと婚約した女騎士ミティナ。
彼女に与えられた役目は最終的に彼と結婚することではなく、
彼が本命のご令嬢と結ばれるよう、嫌われものの婚約者になることだった。
同時に結婚生活の障害となる潔癖症を治してやろうと奮闘するが、
嫌々だったはずの同棲生活は、恋愛経験ゼロの二人の気持ちを変えていき……。
初々しい不器用カップルで大人気のWEB小説、書き下ろし番外編付き。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

立ち読み
see more

▼01 嫌われ婚約者、始動

「――騎士ミティナよ。其方〈そなた〉に密命を下す」
「はい」
 荘厳な玉座の間で、仰々しい口調の割には若い王の前に彼女は跪き、頭を垂れた。その場にいた一人の王の側近と、彼女の上司にあたる騎士も、静かに彼女の姿を見つめていた。
 彼女たち黒鉄〈くろがね〉の騎士にとって、王の密命を受けられることは誉〈ほまれ〉である。それと同時に、相応の覚悟を必要とする重大なものでもあった。なにせ、ときには暗殺などの危険な任務を命じられることもある。それを知っていた騎士ミティナは、緊張と期待と、わずかな不安を抱きながら気を引き締めた。
 そして、賢王レグラは再び口を開いた。
「キリシェ・べウゼンと婚約してくれ」
「…………」
 全身にかかっていたような圧が、ふっと消えた心地だった。ついでに玉座の間に流れる沈黙も、どこか冗談が滑ったときのような得も言えぬ冷ややかな笑いを誘う。
 だが笑えない。それが自分へ下された命令だと思えば、ひたすらに気分は消沈していく。
「嫌です」
 思わず彼女、ミティナはそう返答してしまった。頭の中ではまだ報酬の勘定をしている最中だというのに、まるで拒絶反応を起こすかのように口は勝手に動いたのだ。
 それに上司は笑いを堪えるように顔を逸らし、逆に王の側近は眉を吊り上げた。
「無礼者! 王の命令を断るとは、恥を知りなさい……!」
「あ、すんません。いやぁ、私も悪いとは思ってますけど、なんというか」
 もっと重大な任務だと身構えていたミティナは完全に脱力してしまう。
 当然だ、我が君に深刻な悩みがあってとんでもない重責を与えられると覚悟していたら、別の意味でとんでもない命令が来てしまったのだから。
「その、理由をお聞きしても? 私の耳が正常なら、あのナルシスト嫌みマシマシ騎士キリシェ・ベウゼンと婚約してくれとか言われた気がするんですが」
「本当に口が減りませんね貴方は……」
 呆れた様子で王の側近であるレンネットはため息をつく。だがレグラ王とは言えば、ミティナの口ぶりに豪快に笑い出した。
「いいいい、やはり騎士ミティナを選んだ私の目に狂いはなかった。楽にしていいぞ。レンネット、事情を二人に説明してやってくれ」
「畏まりました」
 ようやく立ち上がったミティナは、上司たる騎士ゼーフェンの隣に並んだ。それを見たレンネットは、おほんと咳をひとつすると雄弁に語り始める。
「ご存じの通り、白銀〈しろがね〉騎士の隊長を務めるキリシェ殿は優秀な騎士です。剣の腕も、魔法の才を取っても、比肩できるものはほとんどいないとも評される傑物」
「そうですね」
「そして何より、キリシェ殿の持つ生命活性の秘術は、我が国でも過去に類を見ないレベルの治癒魔法です。ついでに眉目秀麗、文武両道。まさに、彼は理想を体現した騎士と呼んでいいでしょう」
 レンネットの説明に、ミティナは死んだ目をしながら壊れたオモチャのようにうんうんと頷いた。
 騎士キリシェ。絵に描いたような美青年で、とにかくなんでもできる天才だ。そんな「僕の考えた最強の騎士」の具現と形容してもいい男なのだが、彼は致命的な問題を抱えていた。
「我が王は、ぜひとも彼の才能を後世に受け継いでほしいとお考えです。……ですが、その、それが現状、非常に難しそうという展望でして」
「まぁ、キリシェ殿は性格が最悪すぎてお話になりませんからね」
「……否定はしません」
 そう、騎士キリシェの問題点。それが彼の性格にあった。
 ナルシスト。傲慢。横柄。傍若無人。エトセトラ。とにかくキリシェという男は、騎士でありながら常に他人を見下し、美しい自分を賛美するために、とてつもなくコミュニケーションが難しいのである。
「あのキリシェ殿と婚約するなんて絶対嫌ですよ、毎日あの悪態を聞かせられるんですよ? 隊長、代わってくださいよ」
「代わってあげたい気持ちはあるけど、性別の問題がねぇ……」
「いや真面目に答えなくていいですから」
 にこりと、穏やかな物腰のゼーフェンはミティナに微笑みかける。恐らく代わってもいいという言葉は嘘ではないのだろうが、残念ながらこの世界では男同士の婚約はできない。
 こういうところを真面目に返してくれるあたり、上司たるゼーフェンは少々変わった人物だった。
「それに隊長、私よりキリシェ殿に嫌われてるんですから無理ですよ」
「まぁ、そうだよね」
「そうです。そして私も、あの人と婚約できるほど仲はよくない、むしろすごく悪いと思うんですが? 家柄だって、貴族のキリシェ殿と貧民地区出身の私とじゃ天と地ほどの差がありますよ」
 そんな状態だというのに婚約なんてできるはずがない。そうミティナは言いたいのだ。
 けれど彼女の文句に、レンネットは早まるなと言いたげに手を挙げた。
「無論、それも承知しております。なにもミティナ殿に、キリシェ殿と結婚して子どもを作れと言っているわけではないのです」
「そうですよねぇ。子作り命令までされるとか、普通にセクハラですよ」
「一言多いですよ本当に貴女は……!」
 どうどうとゼーフェンに宥められながら、ミティナは口をつぐんだ。
「ミティナ殿には……嫌われ役になっていただきたいのです」
「嫌われ役?」
 思わぬ提案にミティナが首を傾げれば、黙っていたレグラ王が口を開く。
「キリシェとギリギリ上手くやっていけそうな相手は別におる。イスタリア嬢という娘がおってな、家柄も才能も文句なし、彼女と結ばれるのが一番いい落とし所だろう」
「はぁ」
「だがそれにしてもキリシェの結婚相手に対するハードルは果てしなく高い。それを騎士ミティナに下げてほしいのだ、奴と同棲してな」
「はぁ〜?」
 驚嘆のため息はそのまま苛立ちに変わる。婚約だけなら百歩譲っていいものの、まさか同棲しないといけないとまでは思っていなかった。
「ちなみにキリシェの理想の結婚相手というのは?」
「ええっと……自分と並んでも遜色ないくらいの傾国の美女で、自分に次ぐほど利発で教養もあり類まれなる魔法の才にも恵まれ、お淑やかで高貴な身分であり健気に恋慕ってくる女、だそうです」
 ゼーフェンの問いかけに、レンネットがメモを見ながら答えてくれる。
「そんな方はこの世には存在しませんね」
 どう考えても夢想の塊でしかない要望に、ミティナは唖然とした。ここまで理想が高いと、ハードルを下げるのも一苦労だろう。
「つまり、キリシェ殿と私生活を共にし、キリシェ殿に嫌われるようなことを繰り返して、“こんな女と比べたら、イスタリア嬢はなんて優良物件なんだ〜”って錯覚させるってことですか。詐欺でしょう、それは」
「キリシェの高すぎる理想を打ち砕くような行動をしつつ一緒に住む、か。面白そうだね」
 ゼーフェンの簡潔なまとめに、ミティナは面白くないですよと呟き、重々しいため息をついた。
 そんなもの、疲れるに決まっている。つまり、キリシェにぐちぐち文句を言われながら、それでも嫌われ役に徹しなければいけないというわけだ。一緒に暮らすというだけでも間違いなくストレスフルだというのに、同棲を終えた頃には胃にいくつも穴が空いているかもしれない。
「そんな死ぬより惨い拷問、いくら王命といえどお断りです。なんだか我が君に結婚相手の心配をされ、お節介をかけられるキリシェ殿も哀れに思えてきましたよ」
「ミティナ殿、貴女は本当に文句をつけることに関しては一級品ですね……どんな仕事内容でも請け負えば完璧にこなしてくれるのですが、よく白銀騎士の隊員とも口喧嘩をしてますし……」
「誰に対しても正直なところが私の美徳なので」
 呆れたようなレンネットの嫌みにも、ミティナはにこやかな笑顔で返す。彼女のこういう強かさこそが、今回の密命を担う者に選ばれた最大の理由なのだろう。
「キリシェのご両親は、かなり前に事故でお亡くなりになっているからね。我が君は単純にキリシェを心配しているんだと思うよ」
「そうそう」
 ゼーフェンの謎のフォローに、レグラ王は得意げに頷いている。明らかにそんな善意だけではなさそうな雰囲気に、ミティナは頭痛がしてくる。
「俺はいいと思うな。ミティナなら確実にやり遂げられると思う。それに我が君、無論タダ働きというわけではないのでしょう?」
「さすがは鋼鉄の騎士ゼーフェン、よく分かっているな。騎士ミティナよ、任務達成の暁には充分な褒美を与えると約束しよう」
「その内容は?」
 すかさずそう尋ねてくるミティナに、王は満足げにレンネットを見やった。
「五年分の特別俸給と、ミティナ殿の出身地域への財政支援を行います」
「引き受けましょう! ええ、この私めにお任せください!」
 あっさりと手のひらを返し、ミティナは意気揚々と頷いた。彼女にとっては自分がどう思うかなどよりも、得られる報酬のほうが何倍も重要なのだ。
 その反応に、こうなることを予想していたらしいレグラ王も豪快に笑った。

see more
先行配信先 (2023/02/24〜)
配信先 (2023/03/10〜)