妹の恋を見守っていたら、なぜか私も結婚を申し込まれた

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先行配信日:2023/03/24
配信日:2023/04/14
定価:¥770(税込)
美人と評判の伯爵令嬢アンジェラは、自分を磨くこと好き。
そんな姉の陰で萎縮しがちの妹・ルーチェが侯爵令息に恋をした。
妹の恋を見守るアンジェラに、侯爵令息と懇意の王弟ラウルが声をかける。
彼とはあくまで夜会の間、妹達の恋路を見守るだけの関係のはずが
妹が結婚を申し込まれると同時に、何故かアンジェラもラウルに求婚され――!?
話題のWEB小説を新規書き下ろしで大幅増量!二人のその後はファン必読!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 綺麗でいることって、すごく楽しい。
 綺麗っていうのは単なる見た目のことだけじゃなくて。知識とか、素養とか、自分に合う化粧やドレスを選ぶ審美眼とか。そういう諸々を兼ね備えて美しくあることって、とても楽しいことだし、その姿勢そのものがとても素敵なものだと思う。例えばそれは自分のためかもしれないし、好きなひとのためかもしれない。何かのために美を磨く女の子はそれだけですごく綺麗なんだと、私はずっと思っている。

「アンジェラお姉さまはとっても綺麗ね」

 それは、私が妹であるルーチェからよく言われる言葉だった。私はそのたびに嘘偽りない本心から「女の子はみんな綺麗よ」と答えていたのだけど、ルーチェはいつも私の言葉に苦笑いするだけだった。
 確かに私は、世間一般から見て“美しい”と称される部類に入る女なのだと思う。艶やかな黒髪も、白い肌も、真っ赤な唇も、スタイルがいいと評される身体に、それがはっきりとわかるドレスを纏うことも。そういう私を構成する要素のすべてが、よくも悪くも他人の視線を集めていた。そんな私に対して、妹のルーチェは引け目を感じているようだった。
 私からしたら、ルーチェだってとってもかわいい。ふわりとした茶色の髪も、少しそばかすの浮いた愛嬌たっぷりの頬も、くりくりとした瞳も、ほっそりとした身体も、全部がかわいらしく、彼女の美点だ。でも、ルーチェも周囲も、私の身体のパーツを美しいと思うくせに、ルーチェのことは「姉と比較して美しくない」という評価しかしていないようだった。
 私はそれが許せなくて、ルーチェに「そんなことひとつも気にする必要はないわ」と言い聞かせた。けれども私の想いはルーチェにはうまく伝わらなくて、彼女にいつも悲しい顔をさせてしまう。
 多感な時期の少女が、周囲からの言葉に自尊心を傷つけられてしまうのは仕方がないことだ。母親がいたら、彼女の自己肯定感を上げてくれるような愛情を注いでくれたかもしれないけれど、私たちの母はルーチェを生んでほどなくして亡くなっている。私はルーチェの姉となり母となり彼女のことを見守っていきたいと思っていたのだけれど、比較対象になっているそもそもの原因である私がいくら「そんなことはない」と言ったって、今のルーチェには響かないだろう。だから私は妹付きのメイドにルーチェに似合うようなドレスのデザインを提案してみたり、髪形を伝えてみたりしたのだけれど、ルーチェは私が提案したものを選んではくれなかった。
 そんな彼女が変わったのは、とある夜会で侯爵家の令息と知り合ったときだった。伯爵家である我が家より爵位が上の、次男。同時に参加した社交界シーズンの夜会で、私の顔や胸元ばかりを見る令息たちとは違って、彼は最初から妹のルーチェを見つめていた。私が男たちをあしらっている間に、ルーチェは彼とたくさん話をしたようだった。帰りの馬車の中で彼女の頬は赤らんでいて、けれど私の姿を見ると少し悲しそうに眉を下げた。
 きっと彼女は恋をした。そんな彼女に何を言ってあげるのが正解なのか私にはわからなかったけれど、それでも今だったら私の話を聞いてくれるかもしれないと、そのときの私は思った。
「ルーチェ、侯爵家の令息とのお話しは楽しかった?」
「えっ……あ、ええ、楽しかったわ、お姉さま」
 別に令息を取って食ったりはしないというのに、ルーチェはどこか緊張した面持ちで頷く。そこまで警戒されてしまっていることを少し悲しく思いつつも、私は彼女に笑いかけた。
「きっとあの方なら、ルーチェをちゃんと見てくれるわ」
「……そう、でしょうか」
「そうじゃなかったとしても、恋する女の子は可愛いのよ、ルーチェ。ねえ、貴方は今でもこんなに可愛いけど、私にもっと可愛くさせてくれない? 自分に自信を持てたら、楽しくなるのよ」
 果たして令息が本当にそういった意味でルーチェのことを見てくれるのか、正直なところ私にはわからなかった。けれども他の男たちと違って私の身体ではなくルーチェの表情を見つめる令息の瞳は、悪くないものに思えた。だから、彼を利用させてもらおうと思った。
 甘く囁けば、ルーチェは少し迷ったようだったけれど、そのままこくりと頷いた。私は馬車の向かいに座った彼女に抱きついて「嬉しいわ」とくすくすと笑った。大好きな妹が私の言葉を受け止めてくれたことが、本当に、本当に嬉しかった。
 そこからは、私にとってはとても楽しい日々だった。ルーチェは小柄で華奢だし、髪はふわふわしていて、私とはまったくタイプが違う。けれど私と同じように身体のラインが出るドレスを着ていたから、そうではなくて裾が膨らんだタイプの淡い色のドレスを選んだ。メイクも目鼻立ちをはっきりと際立たせたものではなく、柔和な雰囲気が出るように施した。髪も整えつつもぴっちりとは纏めずに下ろし、装飾品を身につけた彼女は、まるで妖精のような美しさだった。
「こういう色のドレス、着てみたかったの」
 鏡の前で頬を上気させてルーチェは笑った。私と比較をされ続けたまだ幼い彼女に、私が着ているものと正反対のドレスを選ぶ勇気はなかったのだろう。
「似合ってるわ、ルーチェ」
「ありがとう、お姉さま」
 恋をする女の子は可愛い。可愛くなりたくて努力する女の子も、可愛い。ルーチェの笑顔が見られることが嬉しかった。令息がどんなひとなのかは私にはわからないけれど、ルーチェの笑顔のために絶対に逃したくない。
「昔、お姉さまにこうして服を選んでもらっていたのを思い出したわ」
「……ええ、懐かしいわね」
 ルーチェの言葉ににっこりと笑う。姉妹らしく一緒に服を選んで、可愛くして、ふたりで遊んでいたのはもう昔のことだ。私はずっと覚えていたけど、当時幼かったルーチェは忘れてしまっていたのだろう。それを今こうして思い出してくれた。その事実に、胸のうちがほわりと温かくなる。
「行きましょうか」
「はい!」
 今までになくルーチェが元気よく笑う。夜会前はいつも暗かった彼女が、こんなふうに笑顔を浮かべてくれていることが、どうしようもなく嬉しかった。


 夜会に現れたルーチェは、皆の注目の的だった。私の影響かはわからないけれど身体のラインに沿う形のドレスが今期の社交界の流行だったから、ふわりとしたシルエットの彼女のドレスは社交界の男女にとってとても新鮮だったようだ。皆から呼び止められ戸惑いを浮かべるルーチェを庇いつつ、彼女に声をかけてきたくだんの侯爵令息に預けた。ルーチェは嬉しそうに顔を綻ばせていたし、令息は頬を染めつつも、変な下心は見えない優しい表情でルーチェに語りかけていた。
「よかったわ」
 夜会のホールからバルコニーへとそっと出て、私はひとりでため息を吐いた。ルーチェの愛らしさにつられているのか、いつもと比較して私の周りにたむろしてくる令息たちの数は少なかった。ルーチェの方へ向かった令息たちも、彼女と一緒にいる侯爵令息がさり気なくガードしてくれていた。そういうそつのない態度を見るに、きっと彼は優秀な男なのだろう。
「――君の妹、ずいぶん雰囲気が変わったね」
 欄干に手を置いて中庭をぼうっと見つめていると、ふいに後ろから話しかけられ、私ははっと振り返った。バルコニーに先客がいたら立ち入らないというのは貴族界において暗黙のルールだ。それを破った不埒者を咎めようとして――彼が銀髪に碧の瞳であるのを見て思いとどまる。
 銀色の髪と碧の瞳は、王家の男系に特有の遺伝だ。だからつまり今私の目の前にいる男は、王族ということになる。王族ならば、たとえテラスに先にいたのが私だったとしても、退かなければいけないのも私の方だ。
「……偉大なる王弟殿下にご挨拶いたします」
「ああ、堅苦しいのはいいよ。無礼なのは僕の方だからね」
 私の目の前にいるのはやはり、現王の歳の離れた弟である王弟殿下で合っていたようだ。王族の特徴を持っていて私と年齢の近い男性なら現状は彼しかいないと踏んでいたけれど、どうやら間違ってはいなかったらしい。彼のことは知っていたけれど、確か彼は何年か隣国に留学をしていたはずで、この社交界シーズンより前に彼を見たことはなかったはずだ。今まで一度も会話をしたことのない彼がどうして突然現れたのかがわからず、私は彼にバレない程度にほんの少し眉を寄せる。
「お邪魔をしてしまって申し訳ありません。私は失礼いたしますわ」
「そんなつれないことを言わないで。折角だから一緒に夜風に当たろう」
 そう言って殿下はシャンパンの入ったグラスをふたつ掲げる。私は逡巡した末に彼が差し出すそれを受け取った。どうやら彼は最初から、私とここで酒を飲むつもりだったらしい。
「殿下は、どうしてこちらに」
「ラウルと呼んでくれていいよ」
「そんな……恐れ多いです」
 ラウル殿下の言葉に私はゆるゆると首を振った。いち伯爵家の長女でしかない私には、彼を呼び捨てることなどできない。「そう?」と首を傾げた殿下はそれ以上追及することなく、バルコニーの欄干に身体を預けて光の漏れるホール内に視線を向ける。

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