100万個の星を降らせてあげる 幼馴染みの王子が媚薬いりのお菓子を持って追いかけてくる件

著者:

カバーイラスト:

先行配信日:2023/07/28
配信日:2023/08/11
定価:¥770(税込)
幼馴染みであり、密かに恋心を抱いてきた王子クロードが結婚するらしい。
落ち込む暇もなく薬師ベルは、彼から媚薬作製の依頼を受けることに。
婚約者との初夜を楽しむためだろう。胸を痛めながらも完成した薬を渡すと……?
「昨日はありがとう。お礼にこれ、一緒にどうかと思って」
媚薬入りのお菓子を持って家の前に現れるクロード。――何故?
訳が分からず追い返すも、あの手この手で媚薬を飲ませようとしてきて!?
笑えるけどキュンと切ない! ドタバタ系ラブロマンス!
第30回フランス書院官能大賞 e-ノワール賞受賞作品!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

立ち読み
see more

 第一話 幼馴染みの王子の婚約


「こんにちは、ベル。昨日はありがとう。お礼にこれ、一緒にどうかと思って」

 そう言って、幼馴染みでもありこの国の王子でもあるクロード――もとい、クロード・ディーテ・アデルト殿下(そう呼んだことは一度もない)が、街で流行【はや】りだという焼き菓子をわたしに差し出した。なんの他意もなさそうな、トレードマークの垂れ目を更に細めたいつもと同じ表情【かお】で。
「この粉砂糖の散らし方と色、プレアデス星団みたいで綺麗だと思わない?」と嬉々とした補足説明があったけれど、プレアデス星団知らないし。きっと流行のお菓子にもお店にもそんな意図はないと思う。
 焼き立てなのか、差し出された籠の中から立ち込めるバターと砂糖の甘い匂いだけで胸やけしそうなほど。それに紛れて香る、ここ数日で嗅ぎ慣れたトクベツなクスリの存在。
目の前のお菓子にはクスリが入っている。寝ぼけた頭でもそれくらいはわかる。薬師は嗅覚に優れた者が多いのだ。
「……えぇっと、クロード……?」
「部屋、いれてくれる? ベル」
 開いた扉の向こうに立つ客人は、主【わたし】の許可がなければ家には入れない。玄関の扉にかけた術の仕様だ。ひとりで暮らすわたしを心配して施された防護の為の魔法。ちなみにこの術を施してくれたのはクロードだ。
 王都の端、連なる商店の一角の更に一番奥。自宅兼薬屋の裏口でクロードはわたしの返事を待っている。
 正真正銘この国の〝王子さま〟の彼には本来似つかわしくないところ。今日もまた、お供も付けずに当然のようにひとりで。
 いつもなら何も考えずに「どうぞ」と許可して入るよう促すところだけれど。
 だけど部屋にいれては駄目だと寝起きのまだ働かない頭が本能的にそう訴えていた。表面上はいつもとなんら変わりのないクロードの表情【かお】と、その手もとにあるお菓子を見る。
 やはりそこからは術の用いられたクスリの匂いがする。間違えようのないものだ。何故なら自分の作ったものだから。
 彼の差し出した焼き菓子には、昨日渡したばかりの媚薬【クスリ】が入っていた。

     ◆◇◆

「――ご依頼通り、かなり強めの効能にしておきました。絶対、使う相手を、間違えないように。自分で服用する場合ももちろん、周りには十分気をつけてくださいね」

 目の前の相手の手の内【なか】には、透明なガラスの小瓶が大事そうに握られていた。見た目はなんのへんてつもない調味料の瓶。彼の手の平にすっぽりと収まるほどの小ささでラベルもそのままの使い回し。依頼主持参のものに成果物をいれて納品するのが今回の指定だった。
 中身は薄く赤みのかかった半透明な液体で、小瓶を僅かに傾ければ中身もとろりとその身を揺らす。
 納品時にしていた簡易包装は渡した直後に解かれて床の上。そんなにせっかちな性格ではないはずだけれど。
 瑠璃色の瞳が指先で掲げた瓶の中の液体を見つめ、そしてそのクスリ越しにわたしを見つめた。一瞬どきりと身を竦めるもすぐに背筋をただす。今は大事な納品の最中なのだ。依頼物の引き渡しと注意点の説明中。
「あまり他の人に見られないようにね。ちゃんとしまって、帰ってくださいね」
「うん、わかった」
 薬師として独立して二年。師匠【せんせい】から引き継いだ顧客以外にも新規の顧客を得るようになってから、わたしにとって初めての高度な内容の仕事だった。
 依頼主は幼馴染みでありこの国の第三王子でもあるクロード・ディーテ・アデルト殿下。
 彼のご所望は――〝媚薬〟。ものすごく技量と材料とお金と時間が必要な、かなり特殊なクスリの製造だ。ベテランの薬師ですらなかなかこない依頼。それだけ厄介な代物なのだ、媚薬というのは。わたしも相手がクロードでなければ断っていただろう。
 依頼の守秘義務はもちろんだけれど、今回は相手が相手なだけに誰にも相談のできない調薬で、通常よりも長めの納期をもらって調合した。
 昔、師匠【せんせい】のもとに一度だけその依頼がきたことがあったのを思い出し、師匠の残してくれた資料や雑記帳を必死にかき集めるところから始まった。
 とても大変だったので金額は上乗せしておいた。初めから金額は言い値でと言われていたので、普段はなかなか手が出せない高価な薬草や道具を使えたことだけは良い経験だったと思うことにする。
 なんにしても本当に大変な作業だったのだ。この二週間に思いを馳せながら説明を続ける。
「それから用量もお気をつけて。ティースプーン一杯分で充分効果を発揮します。二杯で理性の欠如、それ以上は毒と思っておいてください。流石にそこまでしないとは思いますけど」
「うん」
「なるべく相手とふたりきりの時、場所もきちんと選んでくださいね。即効性もありますので最低限人目を避けての使用が無難かと」
「うん」
「……ちゃんと聞いてます……?」
「やだなぁ、もちろん」
 信用できない。特にこんな真昼間から人には言えないようなクスリを持ってにこにこと笑う男は。
 きっかり期限通りにクスリが完成した納品日。クロードに会うのは依頼を受けた時以来だ。完成の連絡を受けて、まさにクロードは飛んでやってきた。
 幼馴染み【わたし】にだからこそできた、彼個人の極めて内密な頼みごと。そして今彼が大事そうに手にしているのが今回の依頼の品〝媚薬【びやく】〟だ。
 納品が済んだら本日はもう店じまいの予定。今回の仕事で稼ぎの一月分くらいの報酬は受け取ったし、この自由気侭さがお店の気楽で良いところ。この後思い切り眠るのだ。今にも零れそうな欠伸を必死にかみころす。
「ベル、しても良いよ、あくび」
「……お客様の前で、そんなはしたないことしません」
「お客って。僕ときみの仲なのに」
「代金を頂く以上、お客様なの!」
 まだ説明の最中なのに、つい地が出て慌てて表情【かお】の筋肉を引き締める。
 製作期間の二週間、ほとんど寝ていない。その間定期の依頼以外すべて断った。多少、いやかなり無理をした。
 だけどそれくらいの意地と意義があったのだ。この依頼には。
 改めて仕事用の顔を貼り付けて、気の抜けた顔でへらりと笑う依頼主に向き直る。本当に何も考えていないような表情【かお】。彼が考えているのはいつも大好きな星のことだけ。そう思って疑わなかった。この依頼を引き受けるまでは。
「使用の形跡は可能な限り残らないよう作ってあります。使用後は瓶もすぐに処分してくださいね」
「うん」
「それから、最後に……これは、幼馴染みからの助言として、頭の隅にでも留めておいてほしいんだけど」
「……うん」
 多少の無理をしてでも可能な限り最速で、彼の手に渡したかった。彼がそう望むのなら、彼に必要だっていうのなら、無茶なんていくらでも。
 そして直接どうしても言いたかった。
「後悔だけは、しないようにね」
 自分が作ったものの用途なんてわかりきっている。彼がどんな思いでそれをわたしに頼んできたのか、そのすべては解らないけれど。そうしなければならない事情があるのだろう。
 依頼を引き受けた以上、分別を弁【わきま】えそれを追及することはしなかった。断るという選択肢もなかった。
 幼い頃を共に過ごしたわたし達だけれど、もうお互い子どもではないのだ。
「……うん。約束する。きみに誓って」
 見慣れた笑顔のはずなのに、その微笑みはわたしの知らない人のものにも思えた。
 勝手にそう受け取ってしまうだけかもしれない。薬を受け取ったクロードは、もうわたしの知るただの幼馴染みではない気がしたのだ。
 なんとなくこの仕事が終わったら、この薬を渡したら。わたし達の関係は終わる気がしていた。
 根拠はない。だけどあながち外れていないのかもしれない。こんなクロードは初めて見るから。何かを吹っ切ったような、強い瞳。
 だからちゃんと、言わなくちゃ。

「……婚約おめでとう、クロード」

 一週間後、正式に彼の婚約が発表される。
 わたしの長い長い初恋も、そこでようやく終わるのだ。


 第二話 王子が媚薬いりのお菓子を持ってやってくる


 わたし達の出会いはもう十年以上前だ。捨て子だったわたしを拾ってくれた師匠【せんせい】が王室専属の薬師で、つまりクロードの母君の専属薬師だった。
 王宮の端に専用の部屋を与えられ、わたしは師匠の弟子としてそこで一緒に暮らしていた。
 年はわたしの方がクロードよりひとつ上。たぶん初めは手のかかる弟みたいな存在だったと思う。クロードは幼い頃は体が弱くてしょっちゅう熱を出す子供だった。
 身分なんて言葉も知らない幼い頃はそれこそ兄弟のように育った。師匠もクロードの母君であるアスティ様も、わたし達ふたりを温かく見守ってくれていた。立場だとか柵【しがらみ】だとか特に何にも囚われず過ごしてきた。
 クロードはある日を境に星の研究に没頭するようになり、気がつけば公務そっちのけで変人扱いされるようになっていた。
 第一王子が王太子に指名されたのが三年前。国内の情勢は比較的安定しており、第二王子も聡明で献身的に現国王陛下を支えている。王家に対する国民からの信頼も厚い。
 クロードは年の離れた末王子だったせいもあり、彼の自由も奔放さも黙認されていた。わりと寛容な王室だったと思う。今もだけれど。
 あまりに色事への興味関心が表に出な過ぎて、男色とまで噂されてなお呑気に笑っていた彼。そこまではわたしも一緒に笑えていた。
 だけどクロードが年頃になり、婚約の話があがり始めてようやく気づいた。当然ながらその候補に自分が挙がることはきっとない。兄弟でも家族でもない自分は、ずっと一緒にはいられないのだと。
 ちょうどその頃、師匠が王宮を離れることになりわたしも一緒に城下街へと移った。今まであまりにも近過ぎた距離感が離れたことに、正直少しだけほっとする自分がいた。それと同時に自分の中にある気持ちに気づくも、彼に好きだと言う気はなかった。

see more
先行配信先 (2023/07/28〜)
配信先 (2023/08/11〜)