第一章 身代わり聖女様
城下には、勇者、神官、聖女、魔術師、騎士を一目でも見ようと多くの人々が集まっており、街全体が熱気に包まれていた。
そんな人々を見下ろせる城のテラスから、勇者であるこの国の第二王子が魔王討伐の履行宣言を行えば、街は巨大なスピーカーであるが如くあちこちから歓声が沸き起こり、喝采を博した。
魔王討伐に貢献した勇者一行は、それを眼下に眺めながら微笑み、手を振り続ける。
「見て、勇者様の何て凛々しいこと! 第二王子殿下がいらっしゃるなら、この国もしばらくは安泰よね!」
「神官様は、何てクールで美しい方なのかしら……! 女性と間違えられても可笑しくない容姿をしていらっしゃるわ」
「ええ、本当に。ほら見て、その神官様が聖女様に寄り添っていらっしゃるわよ。聖女様は何て愛らしいのかしら……! 確かお二人は婚約者同士なのですって? 美男美女で、とてもお似合いだと思わない?」
「あぁ、魔術師様も素敵……!」
「騎士様だって雄々しくて……!」
貴族も市民も、この国の英雄である勇者一行を前に大盛り上がりだ。これから城下の大通りでパレードが行われる予定で、城では更に一週間、夜通し祝賀会が開かれるらしい。
その為、テラスから袖……つまり城内に下がった勇者一行は、これから衣装直しをしてパレードにのぞむ。
そんな、目出度い席の中。
《あー、早く終わらねーかな、この式典。アホらしいなぁ、さっさと帰りてぇ……ユーチェが具合悪いって連絡あったのに、何でこんなところにいなきゃなんねーんだよ……くそ!》
聖女は心の中で愚痴った。
聖女に寄り添いその細い腰に手を回していた神官は、彼女の心の声を聞いたかのように、くすりと笑う。
笑顔を振り撒くその聖女様は、かなり口が悪かった。
***
事の発端は、一週間前のこと。
「は? とーさん、かーさん、今何つった!?」
「あぁ、セレステ。どうか、お願いだ。姉さんの代わりに聖女として式典に出席してくれないか?」
「何で? シンシアねーさん、どうかしたのか?」
「……あまり口外出来ない話なのだが……どうやらシンシアが、魔王討伐直後に姿を眩ましたらしくて……」
「誘拐されたのか!?」
「いや、違う。どうやら、立ち寄った街で出会った……流れの吟遊詩人と恋に落ちたとかで……所謂、駆け落ち的な……?」
セレステの心配顔は、一気に呆れ顔へと変化した。
「駆け落ち的な、じゃねーだろが!」
どうも、この両親はのんびり屋で困る、とセレステは改めて思う。
「勇者一行にはバレてんのか?」
「あぁ。勇者様の従者がこの手紙を持ってきて、式典に聖女がいないと締まらないからなんとかしろと言ってきた」
両親が差し出した手紙を奪い取る。
そこには、要約すると《魔王討伐したんだからもう自由よね? 婚約者の神官が男色家だったなんて聞いてない! 第二王子は婚約者に首ったけで相手にしてくれないし、魔術師は好みじゃないし、騎士は堅物でつまんないし、やってられない。街で知りあった吟遊詩人は身体の相性も良くて最高だったから、私この人に付いてくわ~》という内容が書かれていた。
シンシアのあまりに勝手な行動に、セレステは怒りで目が眩みそうになる。
「身体の相性が最高って……ねーさん、聖女なのに!?」
聖女は、処女でないとその能力が使えなくなる筈だった。
「非常に言いにくいことなのだが……その……どうやら、シンシアは聖女として一行に付いてはいったものの……力を使うことはなかったらしい」
「それはつまり……最初から処女……いや、聖女じゃなかった可能性も……」
セレステの呟きに、父は泣きそうだ。
力を行使出来ないのでは、常に美しく着飾っていたいタイプの女性である姉は道中役に立つどころかかなりのお荷物だっただろう。
「ステラねーさんは、何て……?」
長女のシンシアと、三女のセレステの間には、二女のステラがいる。
「話してない……」
両親は、縮こまりながら白状した。
二女のステラは酷く人見知りで、本当の意味で深窓のお嬢様。箱入り娘で、緊張しやすく、非常に繊細だ。
「まぁ……ステラねーさんには荷が重すぎるか……」
セレステは、遠い目をして自らを納得させた。
無理矢理人前に出させようものなら、自殺未遂とか起こしそうだ。
「だから、セレステ。申し訳ないが、シンシアの代わりに、ディシュモンテ家と勇者一行の顔にこれ以上泥を塗らない為にも、どーか、どーか、どーか! 式典に参加して貰えないだろーか!?」
「……けどさぁ」
嫌な役目を押し付けられそうになったセレステは、懸命に逃げようとした……が。
「背格好だけは似てるし!」
母が被せる。
「……けどさぁ」
「今まで、自由にさせてきただろう?」
父が泣き付く。
「……けど」
「お願いセレステ! 一週間だけだから!」
母がすがり付く。
「……」
たっぷり思考して。
今回だけは譲らない! と決めているらしい両親を前に、セレステは溜息をついた。
「……わかったよ……」
「ありがとう!」
「流石セレステ! 頼りになるわ!」
両親はそれぞれに喜んだが、最後の言葉だけはハモって言った。
「――ただし、式典では一切しゃべらないように」
***
両親に呼び出されたセレステは、早速家がわりにしている孤児院に戻り、荷造りを始めた。
式典は、一週間後。
田舎にある両親の領土からは、公共の転移門や馬車を使っても三日はかかる道程だ。
「悪いんだけど、ちょっと用事が出来たから二週間くらい家空けるわ」
孤児院の施設長に挨拶をすると、「畏まりました、セレステ様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」と丁寧に見送られた。
孤児院の子供達は、セレステを行かせまいとして取り囲んだり、一緒に付いて行こうとしたりする。
そんな子供達を愛しく思いながら、セレステは「二週間したら帰ってくるから」と粘り強く説得し、子供達全員のおでこにキスをしてから出発した。
この世界では、五十年に一度魔王が誕生する。
昔から、魔王に対しては勇者、神官、聖女、魔術師、騎士で編成される一行がその討伐にあたっていた。
討伐はその時期一番権力のある国が取り仕切るのが通例であり、ここ三百年程はセレステの国であるロッドクラフツがその役割を他国に譲っていなかった。
勇者は王家に、神官はアウツブルグ家に、そして聖女はディシュモンテ家にそれぞれその能力を持つ者が生まれ、魔術師と騎士のみ血筋に関係なく、その時々に能力の抜きん出た者が任務として討伐にあたる。
そしてたまたま魔王討伐の時期にかぶった今の時代、ディシュモンテ家には三人の娘がおり、全員が聖女の能力を有していた。
セレステはディシュモンテ家の三女で能力もあったが、三人目ということで両親から愛情はうけたものの、自由に……というより放置気味に育てられた。
それを都合の良いことに好きなだけ市井に潜り込んで成長したセレステは、様々な人にしっかり感化され、最終的には淑女どころか、その言葉遣いたるや酷いものであった。
しかし、最終的に己の能力を孤児達に使うことで自らの存在価値を見出だし、また貧しい者に味方し能力を行使するセレステは領民から愛された。
こうして両親がのんびりした性格なのも手伝って、「だいぶ口が悪いけど、人助けが生き甲斐な聖女様」は出来上がった。
ディシュモンテ家に誕生した聖女達は血筋を絶やさない為にいずれ結婚し子を産むが、セレステは全くその気がなかった。
血筋は姉二人に任せ、自分はずっと処女のままでいようと考えていた。
つまり、聖女の能力を失いたくなかったのである。
***
「勇者様、神官様。こちらがシンシア様の妹君であられるセレステ様でございます」
二週間限定のセレステの従者が、勇者一行にセレステを紹介した。
両親が、シンシアのお付きをセレステに付けて、セレステには一切の会話をさせないようにと言い含めていたのである。
その紹介を受けて作り笑いを浮かべたセレステは、その場でペコリと頭を下げた。
「ふーん……シンシアの妹ねぇ……今度はまともだと良いのだが」
勇者は馬鹿にしたような目付きで値踏みをしながらセレステに言う。
ふと周りを見渡せば、勇者のみならず勇者一行がセレステを見る視線は鋭くまた冷たく感じる。
そんな中、シンシアの婚約者だったと聞いている神官のみが、唯一セレステに握手を求めてきた。
《シンシアねーさん……あんた、この人達に何したんだ……》
顔には笑顔を貼り付けたままげんなりしながら握手に応じると、神官は少し驚いた顔をした。
《あー、この人がねーさんの婚約者だった神官だっけ? 何て名前だったっけかな~》
「イヴァンと申します。お呼び立てして申し訳ございません」
《いや、百パーセントねーさん悪いし。駆け落ちした婚約者の妹に握手してくれるなんて良い人だなぁ……あ、話せないことになってるんだっけ? 謝れねーじゃん! どーしよ? ……一先ず神妙な顔でも作っとく!?》
セレステ本人はごく真面目に神妙な顔を作ったつもりだったが、神官は何故か顔をふいと逸らす。やはり気分を悪くしているのかと思ったが、むしろ神官は笑いを堪えるような素振りを見せた。
「何だよ、挨拶もなしか?」
何も言わないセレステに魔術師が言うと、お付きが弁解する前に神官がフォローした。
「セレステさんは確か話せないのでしたよね?」
「そうなのか?」
神官の言葉に、他のメンバーは少しバツが悪そうにセレステに視線を投げた。
《神官さんグッジョブ!》
神官には両親が先に根回ししていたのかと少し驚きながら、セレステはこくりと頷く。
「セレステさんはシンシアのことを心からお詫びしていますよ、皆さん」
更に、何故か神官に代弁までして貰えた。
「そうなのか? ……まぁ、イヴァンが言うならそうなんだろうな」
神官はどうやら勇者の信頼も厚いらしく、勇者のセレステを見る目が少し優しくなった。
《あー、本当に神官さん良い人でありがてーや。シンシアねーさんによると確か男が好きな……》
「セレステさん、長旅でお疲れでしょう? ご挨拶はこれくらいにして、お部屋にご案内しますね」
イヴァンはセレステの思考を遮って聞いてくる。
セレステは再びこくりと頷いた。
次いで、途中退席を詫びる意味で勇者一行にペコリと頭を下げる。
イヴァンがエスコートで差し出した手に、優雅に見えるようにそれらしく自分の手を添えたセレステはそのまま部屋から抜け出した。
《……ところで、この手はいつ離してくれんだ?》
イヴァンは部屋を出た先でもずっとセレステの手を優しく握ったまま、部屋へ先導してくれていた。
「この城は、小さな凹凸が多いですからね。転んでは危ないですから、私が手を引かせて頂きますね」
前を向いたまま、タイミング良くイヴァンは説明する。
《そうなのか。やっぱり良い人だな。男色家らしいし、それなら全く心配いらねーな!》
セレステは警戒心をゼロにして、イヴァンとは仲良く出来そうだと笑顔で歩き続けた。
イヴァンがその時、口角をあげたことには気付かずに。