公爵騎士様は年下令嬢を溺愛する【上巻】

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先行配信日:2023/11/24
配信日:2023/12/08
定価:¥880(税込)
誰とも婚約にたどりつけないと有名だった冷徹で無愛想な騎士団長カイル。
結婚に関心が薄い彼のもとに、幾人目かの婚約者候補がくることになった。
憂鬱な思いをよそに現れたのは、婚姻年齢ですらない伯爵令嬢ルーナ。
銀髪碧眼の無垢な彼女は、詳細も聞かされず追い出されるようにここへ来たと言う。
「心配せずに邸にいればいい。追い出したりはしない」
帰る場所のないルーナに、最初は身を案じるだけの懇情だったはずだった。
しかし純真なルーナの笑顔を見る度、それは熱を孕んだ愛情に変化していって――。
歳の差10歳! 寡黙な騎士団長×薄幸令嬢のゆっくり育む愛の物語上巻!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 第一章 公爵騎士と年下令嬢

「ルーナ、結婚相手が決まったわよ。今日からファリアス公爵様の所に行きなさい」
 いつものように書斎に呼ばれていくと、突然ルーナに告げたのは彼女の継母であるエイダだった。クリーム色にウェーブのかかった髪。すらりとした継母は、小柄なルーナの銀髪碧眼とは似ても似つかない容姿。明らかに実子でないとわかる。
 書斎机に座る継母の隣には、彼女の連れ子であり、継母と同じクリーム色に癖のある柔らかく短い髪型の義兄ディルスがニヤニヤして立っていた。
「結婚……?」
 結婚相手がどなたかわからずに、呆然としてしまう。
 それに、ルーナはいまだ十五歳。この国で結婚ができるのは、十六歳からだったはず。
 誕生日まで、あと二ヶ月もある。婚約も十六歳にならないとできなかったはずだ。
 今年も祝われることなどない自分の誕生日に期待するものなどなく、ルーナはただ漠然とあと少しで十六歳になるのだと思うだけだったが。
 相手もわからず返答に困っていると、ディルスが見下したように話す。
「ファリアス公爵様は騎士団長の一人だ。戦で武功を上げ、今は結婚相手を探しているから、婚約者候補としてファリアス公爵様の邸に今日から行くんだよ」
「結婚のために婚約者候補として行くのですか?」
 突然の出来事に聞き返すと、きちんと説明する気はないらしく、継母が話を終わらせようと面倒くさそうに言う。
「わかったら、今すぐ行きなさい。馬車ぐらいは出してあげるわ」
 考える暇もなく、すぐに部屋に戻り支度をするが持っていく物がない。 
 古びたトランクに詰めるのは、今着ている服にあと二着。しかも二年前にお父様が適当に買ったもの。貧相な身体だから二年前の服でも合うが胸は大きくなって、少し胸回りのみがきつい服だけ。思い出の品もなく、身一つで行くのだ。
 トランクを抱えて玄関に行くと、たった一つの荷物を使用人が持ってくれる訳でもなく、一人で抱えて馬車に乗り込んだ。
 自分が住んでいた邸なのに、何の未練もなく振り向くこともなく馬車は出発した。
 ファリアス公爵の婚約者にもなれなかったら、どこに行けばいいのだろう。
 仕事はすぐに見つかるだろうか? 何の仕事が出来るかもわからない。
 家には帰れないし、帰る意味もない。
 これからの生活を考えると不安でいっぱいだが、誰にもルーナの気持ちはわからず、ファリアス公爵の邸へと真っ直ぐに向かっていた。

     ***

 馬車が、ファリアス公爵邸へと進んでいる。
 ドワイス伯爵であった父は一年前に他界したが、父親に可愛がられた記憶もなく、ルーナには何の思いも感慨もない。ただ呆然と葬式を見ていただけなのを覚えている。
 今のドワイス伯爵邸は、父の後妻エイダが女主人として仕切っていた。
 ゆくゆくはエイダの連れ子である義兄ディルスが継ぐのだろう。
 二人は普段からルーナを疎ましく思い、さっさと出ていって欲しかったのがよくわかっていた。二人は、使用人に頼まずわざわざルーナに部屋の掃除やお茶淹れをさせており、いつもルーナを邪魔者扱いしていた。髪の手入れや身だしなみも満足に出来ず、銀髪は艶のないボサボサの白髪のようになり、二人はよくルーナを嘲けり笑い、品がないと言っていた。
 でも自分でもそう思う。こんな白髪のような娘をきっと誰も欲しがる人はいない。
 そんな自分が結婚などできるわけがない。どうせすぐに追い出される。
 不安な気持ちで到着したファリアス公爵邸は、ドワイス伯爵邸よりも遥かに大きな邸だった。ルーナを乗せてきた馬車は、玄関前に迎えに出ていた執事に挨拶をすると早々に帰ってしまった。
 玄関前で迎え入れてくれた執事と目が合うと、彼はいかにも執事という落ち着いた感じで、黒の執事服が似合う初老の男性だった。
 すらりと背筋の伸びた執事に、ルーナは一人トランクを両手で抱えて緊張しながらもペコリと頭を下げた。
「初めまして、ルーナ・ドワイスです。よろしくお願いいたします」
「執事のオーレンと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
 挨拶をして頭を上げると、オーレンは目を見開いて驚いていた。
「お荷物は、のちほど届くのでしょうか?」
「……届きません。これだけです」
 きっと呆れているだろうと思うと、ルーナは恥ずかしくて執事の顔が見られずに下を向いてしまった。
「では、そちらの荷物をお運びします」
「……自分で持てます。お気になさらず」
 申し出を断ったのにオーレンはヒョイと軽々と荷物を持ち「部屋に案内します」と言い歩き出した。それにルーナは慌ててついて行った。
 大きな邸の廊下は広くて、深い赤色の絨毯が敷かれており、壁には絵画や高価な調度品が並ぶ。
 でも、決して派手な印象ではなくて、品がいい感じだった。その廊下をオーレンのあとに続き歩くと、案内されたのは小さな部屋だった。
「こちらのお部屋をお使い下さい。カイル様は、夕方にはお帰りになりますので」
「カイル様?」
「カイル様の婚約者候補では?」
「……名前を知りませんでした。すみません」
 名前も知らず来たと告げるルーナに、ほんの数秒無言の空気が流れると、何事もなかったようにオーレンは「書斎や庭は好きに歩いてください」と言い、簡単に邸の説明をして部屋を出ていった。
 名前も知らず来て、呆れたのだろうとルーナは不安になる。
(カイル様も、いくら私が婚約者候補だとしても、邸にいないなんてきっと乗り気ではないんだわ……)
 ルーナは、ここでも一人なんだと思いながら、荷ほどきもしないでベッドに大の字で転がった。

     ***

 フォルレイア王国の都から、馬で半日かけた距離にあるウェルヴィスの街。
 この街は第三騎士団の管轄であり、その騎士団長は公爵であるカイル・ファリアスだった。
 少し青みがかかった深い黒髪。二十六歳でありながら、冷たい顔には威厳があった。
 誰もが目を引く容姿のカイルは今日も眉間にシワを寄せて第三騎士団の執務室で書類仕事をしていた。その執務室に副団長のヒューバートが飄々とやってきた。
「団長、今日は早く帰る日じゃなかったのですか?」
「そうだったか?」
 子供の時から一緒に過ごしてきたヒューバートは、気の置けない友人でもある。
「また、婚約者候補の方が来る日だとぼやいていたじゃないですか」
「あぁ、だがどうせすぐに嫌になり実家に帰るだろう」
「……団長、顔はいいのにもったいないですよ」
「だが、好きにもなれない女とは結婚なんてできないな」
「もっと愛想よくしてくださいよ」
 ヒューバートの言うとおり、カイルは愛想がないのだろう。
 だが、今まできた婚約者候補の女は、高慢でうるさいと思う者が多く穏やかな気持ちになれなかった。一生をこの女たちと共に生きることがカイルには想像できなかったのだ。
 今度の娘も、伯爵令嬢だといっていた。今までと同じだろう。
 そう思うと、今日は帰るのが憂鬱になる。
 そんなことを考えながら仕事をしていると、いつの間にか日は暮れていた。
 今日終わらせないといけない仕事もないが、邸に帰るのが憂鬱でありながらもカイルは重い腰を上げた。

     ***

 どれくらい時間が経っただろうか。すでに窓の外は日が暮れている。することもなく、ルーナが部屋で窓の外をボーッと見ていると、執事のオーレンがやってきた。
「カイル様がご帰宅されます。お出迎えされますか?」
「はい、ぜひ行きます」
 来た時の服のままで行こうとすると、オーレンがルーナをじろりと見て聞いてくる。
「お嬢様。失礼ですが、お召しかえになられては? その服は来たときのままです。食事にもなりますので、ドレスにお召しかえされた方がよろしいのでは?」
 オーレンさんの指摘にルーナは恥ずかしくなった。でも、ドレスを持っていないなど隠しようもなくそんな気持ちをおさえるようにスカートを握りしめて正直に言った。
「……すみません、ドレスはないのです」
「……ドレスがない? ご自宅に忘れたのですか? 使いの者に取りに行かせましょうか?」
「すみません。自宅にもないですし、自宅には帰れません」
 オーレンはきっと困っている。そのうえ、自分を見下した目で見ていると思うと、ルーナは顔が上げられず、スカートをギュッと握りしめたまま下を向くしかなかった。
 自分はなんて惨めなんだろう。
 こんな邸の方と釣り合う訳もないし、きっとすぐに追い出される。
 そう思うと、泣くのを我慢するだけで精一杯だった。
「……失礼しました。では、私と一緒にカイル様をお迎えしましょう」
「すみません……」
 憂鬱な気分でオーレンについて行き、玄関の大階段の下で待っていると、玄関のドアが開き一人の男性が入ってきた。
 背は高く、騎士服がよく似合う。整った顔と、夜のような綺麗な黒髪に目を奪われた。
(私よりもずっと髪がさらさらしている……)
 公爵様で騎士団長様と言うから、もっと年上の方とルーナは思っていたが予想とは違った。
「お帰りなさいませ、カイル様」
 見とれていたルーナは、オーレンが頭を下げたのを見て慌てて頭を下げた。
「今帰った。そちらの娘は? 候補の方は部屋にいるのか?」
 ため息交じりで言うカイルは、ルーナが候補の者と気付かずに、オーレンが落ち着いた様子でルーナを紹介した。
「カイル様、こちらのお嬢様が婚約者候補の方です」
「……君が?」
「は、初めまして、ルーナ・ドワイスです」
 上ずった声で緊張しながらも挨拶をすると、カイルは驚いた顔でルーナを見下ろしていた。
「……とりあえず、食事にしよう。疲れているから、服はこのままで食べる」
「それがよろしいかと」
 邸の廊下を歩き始めた彼にルーナがおそるおそるついて行くと、食堂では綺麗な銀食器に入れられた料理が並べられている。緊張したままで向かい合わせに座り食事が始まると、ルーナたち二人は無言のまま食べ始めた。あまりの無言の空気にカイルが話し掛けてきたが、うまく話せずルーナとは会話が弾まない。
「……随分つまらなそうだな。君はいくつなんだ?」
「……もうすぐで、十六歳になります」
「俺は二十六歳だ。嫁ぐのに抵抗はないのか? 伯爵家はなんと言っているんだ?」
「……わかりません……」
 実家が何と言っているかなど、ルーナにはわからない。突然、結婚相手が決まったと言われてそのまま邸を追い出された。そして、今はファリアス公爵邸にいる。
 カイルが困った顔になり、ルーナは怯えたように下を向いてしまう。
 いたたまれない気持ちで泣きそうになる。晩餐スタイルの食事ももう何年振りというルーナには、美味しい食事もこんなにたくさんは食べられなかった。
「……わかった。もう帰りなさい」
 一日も立たず、この邸から追い出される。帰る家もない。
(でも、カイル様が出ていけと言うなら、ここにはいられない)

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先行配信先 (2023/11/24〜)
配信先 (2023/12/08〜)