大好きな彼に姉を紹介してと言われたら

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カバーイラスト:

先行配信日:2023/09/22
配信日:2023/10/06
定価:¥770(税込)
沙希(さき)は恋人の悠真(ゆうま)から女優である姉を紹介してほしいと頼まれる。
家族以外で初めてできた、大切だった人からの一言に心が凍り付く。
「また私は、姉と仲良くなるための当て馬に……」
逃げ出すように家へ帰り、独り部屋へ閉じこもると、なぜか聞こえる彼と姉の話し声。
混乱は極まっていくが、これには深い理由が……!? 
"ヤンデレ一途彼氏×臆病すぎる彼女"が織りなす恋模様は予測不能!!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 第一章

 何もかも初めてだった。
 私を好きになってくれたのも、私の好きなものを覚えてくれたのも、私のペースに合わせてくれたのも、誰よりも私を優先してくれたのも、全部、初めてだったのに。
 ああ、結局はこの人も今までと同じだ。
「あのさ、沙希のお姉さんのことなんだけど……」
「──え?」
 ずっと隠していたのに、黙っていたのに、どうしてあなたがお姉ちゃんを知ってるの?
 クリスマスソングが流れるカフェは今日に限ってやけに静かだ。
 奥まった位置にある座席は他に見るものなんて何もないのに、呆然と目を見張る私に気付かないまま彼は頬を赤らめながら照れたように目を逸らしている。
 だから、青ざめた私の顔なんて見ていない。聞きたくない私の意思なんて、知ろうとしない。
「そろそろ俺のこと、紹介してくれないかな」
「……っ、」
 ほら、やっぱり。結局私のことなんて誰も愛していないのだ。
 いつだって私は綺麗で可愛くてみんなに人気者のお姉ちゃんの妹でしかないのだと、一体私はいつになったら学習するのだろう。
「だめかな? まだ早い? けど俺も色々と我慢の限界でさ……」
「……我慢、してたの?」
「そりゃあ、するだろ、もちろん」
 そっか。我慢してでも私と付き合って、お姉ちゃんと知り合いたかったんだ。
 血の気が引いた頭がぼうっとする。好きだと、私だけだと、そう言った時と同じ表情で彼は残酷な言葉を口にする。
 ズキズキと頭も胸も痛くて馬鹿になりそうだ。決死の思いで、笑みを浮かべる。
 怒れるはずない。だって、十分にこの人は私を愛してくれた。できの悪い私なんかと、恋人になってくれたのだから。
「わかった。会ったら、言っておくね」
「本当か!? あ―――よかった……ついにやっとか……!」
「……そんなに、嬉しいの?」
「当たり前だろ! ちょうど明日も休みだから早速……って、沙希、なんか顔色悪いぞ。大丈夫か?」
 幸せそうな笑顔が心配したような表情に変わる。こうした彼の気遣いが演技だったとは思えない。
 きっと彼は心から優しくて、心から、お姉ちゃんを愛してるだけだ。
「……ごめんなさい。頭が痛くて……今日はもう帰るね」
「いや、俺こそごめん! 体調悪いの気付かなくて……! 家まで送るよ!」
「タクシー拾うからいいよ。吐いたりしたとこ、見られたくないし」
「でも……っ」
「ごめんね、悠真くん」
 有無を言わさず拒絶すれば優しい彼は強く出ないことはもうわかっている。だって、一年だ。この人と知り合って、もう一年が経つ。
 ああ、だからか。急ぎ足で席を立ち外に出た街並みがクリスマスカラーに染まっているのを見て懐かしさを覚える。
 よく一年も我慢してくれたものだ。振り返れば眼鏡すらお洒落に見えるほどの容姿が整った青年が慌てて長い足で追いかけてくる。
 その見た目から色々と苦労してきたのか、あまり人目につきたくない彼は大通りでタクシーを呼ぶことも厭われたのだろう。一瞬躊躇したその足を見て大丈夫だと首を横に振った。
 長めの前髪でほとんど隠れた彼の眉がハの字に垂れ下がる。そういう素直な仕草が普段は落ち着いた雰囲気の彼を幼く見せる。
「気分が良くなったらでいいから、連絡して。できればお見舞いにも行きたい」
「でも、今日だって久々のお休みだったんでしょ? 私も年末にかけて忙しいし、お互いに大事を取ろう?」
「っ俺は……!」
「あ、タクシー来たから、それじゃあ」
「……、気を付けてな」
 話を終わらせるようにタクシーに乗り込んだ私を責めることなく気遣うように見送ってくれる彼は私にはもったいなさすぎたんだ。
 今思えば、始まりも違和感があった。街はクリスマス一色。あんなに格好良い人に恋人がいないのもおかしいのに、彼は私に、ましてや本屋の仕事中に、プレゼントを渡してきた。
「……これも、お姉ちゃんへのプレゼントだったらどうしよう」
 音もなく呟いた声は街の喧騒にかき消される。髪を染めたことも、パーマをかけたことも、ピアスを空けたこともない臆病な私が唯一持っているお洒落なものが一つ。
 彼と会う時は必ず服の下につけている小さなダイヤのネックレスを、彼はまだ一度も見たことはない。

     ***

 佐久良千沙といえば時の人だ。
 見た目の可愛さと利発さから子役としてお茶の間の人気を掴んだ彼女は成長するごとに演技の才能を世に知らしめ、今や女優として数々の有名作を演じている。
 スタイルが良く綺麗で美しく近寄りがたい雰囲気でありながら、気さくでおおらかなお姉ちゃん気質の性格なのだからあらゆる世代からの人気も納得だろう。
 そんな有名人が私の姉であることを、生まれて二十年生きても毎日のように疑問に思う。
 顔は姉妹と言われてじっくり見れば「あ~」と言われるほど、雰囲気は彼女の真逆なのだから自問自答も納得がいく。
 私、佐倉沙希は、佐久良千沙──これは芸名で本名佐倉千沙の妹として自慢に思うと同時に、表には出せない劣等感をずっと抱えている。
 姉妹間の仲が良く、姉として慕っているからこその秘めたる感情だった。
「なあに、どうしたの、沙希」
「……え?」
「眉間にシワ、寄ってるぞ~」
 ぐに、と細く白い指が眉間に刺さる。痛みのないそれから顔を背けながら、誤魔化すように開いていた本のページに目を落とす。
 もうすでに内容もうろ覚えだ。昨日までは続きを読むのをあれほど楽しみにしていたのに、そんな自分が嫌でパタンと本を閉じる。
 今は唯一好きな読書すら遠ざけてしまいたかった。
「……おかえり、お姉ちゃん。仕事は大丈夫なの?」
「ん~、沙希のピンチにお姉ちゃん参上ってね。今日明日はオフだからヘイキヘイキ」
「そっか。お疲れ様」
 一緒に住んでいながらお姉ちゃんのスケジュールは把握できてない。ましてや、テレビの出演番組もろくに知らない私を彼女が追及したことすら一度もない。
 テレビより本が好きだからという理由も、きっと免罪符でしかない。いつからかテレビを一切見なくなった私にお姉ちゃんは気付いているはずだ。
 誇らしく思うのに、子供じみた嫉妬をしてしまう。自分は何一つ輝かしいものなんて持っていないから、羨む気持ちが顔を出す。
 いつだって世界はお姉ちゃんのもので、私のスペースは欠片もない。わかっていた。昔から、ずっと。なのに、また夢を見てしまった。
 私も誰かの一番になれるのだと、甘い夢を。
「具合は大丈夫? 顔色悪いわよ。休んでないとダメじゃない」
「……ん、別になんともないよ。ただちょっと疲れただけ」
「ふぅん? 彼氏くんとデートじゃなかったの? 心配してるだろうし、家まで連れてきたら良かったのに」
「そうだね、そっちの方が、喜ばれたかも」
 お姉ちゃんも帰ってくると知っていれば紹介もすぐにできただろう。そうしたら私の役目はもう終わりで、恋人でもなくなる。
 いや、もうとっくに恋人だと思っていたのは私だけで、悠真くんは解放されたと思っているかもしれないなあ。
 画面を伏せたままのスマホにピコンとまた通知が届く。何度か鳴ったその全てを見てもいない私は怖いんだ。たとえ文字だとしても、彼から別れを告げられると今まで以上に心がポッキリ折れそうで怖かった。
 だから、まだ、先延ばしにする弱い私をどうか許してほしい。
「まあ、沙希の好きにしたらいいわ。私は沙希が幸せならそれで充分なんだから。お姉ちゃんはしっかり者の妹が選んだ男なら認めてあげるわ」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
 へら、と笑みを浮かべればお姉ちゃんは困ったように笑いながら頭を撫でてくれる。察しがいい彼女は、これ以上踏み込まないでくれる。私の心を守ってくれる。その優しさに甘え続けている自分に嫌気が差す。
 ねえお姉ちゃん。私が選んだ人はお姉ちゃんと関係を持ちたいみたいだよ。私に仲介を頼んできたんだよ。
 しっかり者だなんて他の誰にも思われてない。騙されて、利用されて、都合のいい女でしかないんだって、そう言ったらどうなるだろう。お姉ちゃんは同情するかな。慰めてくれるかな。それとも、情けないと呆れられるだろうか。
 心から私を愛してくれる人は、もうお姉ちゃんしかいないのに。私の家族はお姉ちゃんしかいないのに、お姉ちゃんにも捨てられたら、私はどこに行けばいいの。どこで、生きればいいの?
 こんな、お姉ちゃんを知らない人はいない国で。
「沙希、もう寝なさい。明日もお姉ちゃんが傍にいるからね」
「うん……」
 とん、とん、とお腹を叩いて寝かし付ける優しい手つきは、お姉ちゃんのものしか私は知らない。
 元々育児に関心がなかった両親は家政婦さんを雇っていたし、少し年の離れたお姉ちゃんがおままごとのように私の面倒を見てくれていた。
 二人で寄り添っていた生活が一変したのは、お姉ちゃんが子役としてスカウトをされてからだ。
 天性の可愛さと器用さに一瞬にして佐久良千沙の存在は世間を賑わし、両親も鼻高々に自らマネージャーとして姉を売り込んでいた。
 人気が上がるにつれて私の存在はないものとされ、小学生の頃には一人で家にいることがほとんどだった。幸い、家政婦さんは雇ったままだったし、衣食住で困ることはない。
 ただ、その頃からテレビを避けるように本の虫になった私を、家政婦さんも相手することはなくなった。
 私にはない喜びが、楽しさが、友情や愛情が、本の中にはある。
 姉も通った学校は姉のことを聞きたがる人ばかりで、私のことを知ろうとする人なんていなかった。
 子役の時期は仲のいい姉妹だとまれに一緒に撮影されることもあったが、佐久良千沙が女優として立派になるにつれて私の話は余分となった。
 そうして姉とは別の高校を選んだ時から、私は姉妹だと思われることも、姉の話を出されることもなく、私として生きたいと思った。
 まあ、それも子役時代からの姉のファンによって台無しになったのだけど。結局どこに行っても私は佐久良千沙の妹として生きるしかない。
 大学へは行かず、本屋で働きたい、家を出たいと言った私を両親は止めることはなかった。けれど、それにお姉ちゃんまでついてくるとは思いもしなかった。マネージャーを自分で雇い、両親から自立するいい機会だと言って、マンションまで既に用意していたのはさすがとしか言いようがない。
 思った以上に私は姉に愛されているのだと自覚したのは、おそらくその頃からだろう。今までのすれ違いを埋めるように過保護になった彼女は、今や私の親代わりだ。
 これじゃあお姉ちゃんの婚期が遅れるんじゃ……と、私の余計な心配はお付き合いのある有名な業界人の名前を出されて完封された。
 もうそこは黙っていよう。世渡りの上手さまで天才だとしか言いようがない。

「……、どう…………」
「…………い。…………なんて……」
 ふと、浅い眠りから目が覚める。
 時刻はまだ今日の夜で、渇いた喉を潤すために部屋を出ればテレビの音だろうか、話し声が二人ぶん聞こえて、けどどちらも聞き覚えがあることに気付いて寝起きの体が冷えていく。
 だって、この声は。お姉ちゃんと──悠真くんだ。

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先行配信先 (2023/09/22〜)
配信先 (2023/10/06〜)