女装男子は肉食系

著者:

表紙:

先行配信日:2024/02/23
配信日:2024/03/08
定価:¥880(税込)
服が好きな舞田恭子は、ある日街中で服を褒めてくれた杏子と名乗る美女に出会う。趣味の合う女友達が出来た!と思った矢先に「中野杏介、ちなみに男」と言われ、驚きつつも性別関係なしに仲良くなりたいと思い友達になった。その後、ご飯やショッピングを楽しむ日々を過ごしていくが“友達”と思っていたのは恭子だけのようで・・・・・・!?
「ちゃんと見て、恭子さん。これから俺に抱かれるんだよ。分かってる?」
強引なアプローチでなし崩し的に恋人となった二人だが、彼とのお付き合いは順風満帆で――気の合う二人の甘々ラブ!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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【プロローグ】



「あのー、すみません。その服、どこで買ったんですか?」
 彼との出会いは、そんな一言から始まった。



 何も予定のない、休日の土曜日。
 今日は朝から気持ちの良い天気で、ベッドから起き上がってカーテンを開けた瞬間に「買い物に行こう」と決めた。
 クローゼットを開けて、この前買ったばかりのネイビーのトレンチスカートを取り出す。ぱんぱんと数回手で叩いて皺を伸ばしてから、先ほどまで寝ていたベッドに広げて置いた。このスカートに合わせるトップスはどれにしよう。
 眩しいくらい明るいイエローのシフォンブラウスもいいけれど、ちょっとお嬢様っぽくなりすぎるかな。春に買ったペールブルーのシャツも合いそうだけど、それは今洗濯かごの中だ。
 顎に手を添えながら考えに考えて、結局最初に手に取ったイエローのブラウスに袖を通す。裾をゆるめにインして、細身のベルトを巻いた。これで靴をスニーカーにすれば、お嬢様感は少し抜けるだろう。
 こうして、その日の服を選ぶ時間が好きだった。
 自分にファッションセンスがあるかどうかなんて分からないけれど、コーディネートを考えるのは大好きだ。時間さえあれば、いつまでも服のことを考えていたいくらい。
 でも、こんなに時間をかけて服を選んでも「かわいいね」なんて褒めてくれる人はいない。よく行くショップの店員さんが社交辞令で褒めてくれるくらいだ。

 ――お前、服選ぶのにどれだけ時間かかるんだよ。そんなに自分着飾って楽しいか?
 うきうきしながらコーディネートを考える私に向かってそう言ったのは、一年前に別れた元彼だ。
 あなたに見てもらいたくて一生懸命考えてるのに、なんて健気なセリフは出てこなかった。私の口から咄嗟に出てきたのは、「楽しいよ。あんたと一緒にいるよりずっとね」という可愛げもへったくれもない言葉だった。
 このやりとりをする前から元彼との関係はぎくしゃくしていたけれど、これが決定打となって別れることになった。でも、後悔は微塵もしていない。私の生きがいを理解してくれない男と一緒にいたって、楽しくもなんともない。



「いらっしゃいませー。あっ、舞田(まいた)さん! お待ちしてましたよ、新作入荷してます!」
「わあ、ほんとですか! 見せてください!」
 繁華街を抜け、さらに狭い路地を抜けた先にある『valite(ヴェリテ)』というこの小さなお店が、ここ最近の私のお気に入りだ。挨拶もそこそこに、すっかり顔なじみになった店員さんに早速この夏の新作商品を見せてもらう。
「新しく入ってきたトップスは、これとこれ。あとこのワンピースと、ワイドパンツと、あっ、この花柄スカートもおすすめです!」
 NEW ARRIVALの札が掲げられた陳列棚の前に案内してもらうと、自然と頬が緩んだ。女の子らしい高めの声で商品を勧めてくれる店員さんの説明に相槌を打ちながら、頭の中で自分のクローゼットの中身を思い出す。
「わ、このシャツ可愛い! デニムとも合うかなぁ、先月買った淡い色の……」
「ああ、あれですね! 絶対合いますよー、涼しげでいい感じ!」
「色違いもありますか? 白のトップスはいっぱい持ってるから、雰囲気違うのがいいんですけど」
「ありますあります! こちらは三色展開で、白の他にはベージュとブラックがあって……」
 あまり混み合わない時間帯のためか、まるで専属スタイリストのようにあれこれ説明してもらった。前に私が買った服も覚えてくれているから、相談しやすくて頼りになる。
 それに、私がピンとくるものが無ければ無理に買わない客だということも分かってくれているから、「また今度にします」と言えばすんなりと引き下がってくれるところもありがたい。
「うーん、それじゃベージュにしようかな! あ、でも私が着るとちょっとおばさんくさい?」
「あははっ、まさかぁ! 舞田さんお綺麗なんだから! それに、このシャツは今年トレンドのフォルムですからね!」
 本気かそうでないのかは分からないが、褒めてもらったことは確かなのでえへへと曖昧に笑っておいた。今年で二十八歳、立派なアラサー独身女だが、自分を着飾ることはこんなにも楽しい。
 あんたと興味もないアクション映画を観に行くよりずっとね、と、もう連絡先も知らない元彼に心の中で毒づいた。
 こうして思い出してしまうあたり、本当の意味で吹っ切れてはいないのかもしれない。でも、恋しいのはあの男ではなくて、人肌のぬくもりだ。それだけははっきりしている。

「ありがとうございましたー! またお待ちしてます! その服、たくさん着てくださいね」
「こちらこそありがとうございました。たくさん着ますよ、擦り切れるまで」
 冗談交じりに返すと、愛想のいい店員さんは明るい声音で笑った。ではまた、と会釈して、買ったばかりの服が入ったショップの紙袋を左手に提げる。足取りは軽く、休日でごった返す繁華街の喧騒もどこか心地いい。
 これから静かなカフェでのんびりランチを食べて、もう何軒かお店を見て回って、カフェでひと休みして、最後にデパートのコスメ売り場を一周したら帰ろう。ああ、ついでにデパ地下で今日の夕飯を買って帰るのもいい。お給料も出たし、一カット千円のフルーツタルトも買ってしまおうか。
 独身のいいところは、こうして惜しげも無く自分のためにお金を使えるところだ。まあ、服にお金を注ぎ込みすぎた時は夕飯が卵かけご飯オンリーになることもあるし、それをかっ込む時の虚しさったら言葉にできないほどだけど。

 そんなことを考えながら歩いていた時のことだった。
 突然、ショップ袋を提げた方の手首をがしっと掴まれて、思わず足が止まって前につんのめる。
 何事かと慌てて振り向けば、そこにいたのは背が高くすらりとした綺麗な女性だった。
「あのー、すみません。その服、どこで買ったんですか?」
「へっ……?」
「その、今あなたが着てる黄色のブラウス。めっちゃ可愛い。どこで買ったんですか?」
 その女性は切れ長の目で真っ直ぐに私を見ながら、もう一度尋ねた。はあ、と怪訝な声を上げても、彼女は表情一つ変えない。
 何かと思えば、この服をどこで買ったのか、なんて。
 私だって通りすがりの人が着ている服を見て「あ、あれ可愛い」と思うことはあるけれど、直接本人に話しかける勇気なんてない。そもそも、話しかけようと思ったことすらない。
 しかし、今私に話しかけてきた彼女は、迷いなんて一つもない目をして私を見据えている。それどころか、催促するように私の手首を握る力を強くした。
 ――この人、細身なくせに案外力が強い。
「え、と……これは、そこの路地曲がった先の、ヴェリテってお店で……」
「そっか。そのスカートは?」
「あ、これも同じところで」
「ふーん。今持ってる紙袋のお店ですか?」
「あ、そうです」
 顔色一つ変えずに尋ねてくる女性に、私は戸惑いながらも答えた。
 少しウェーブのかかったさらさらのロングヘアに、カジュアルなワークキャップ。トップスはこれまたカジュアルなTシャツ一枚だが、それが下に穿いている大花柄のスカートを引き立てている。パッと見た感じだけでも、おしゃれな人だな、と思った。
「教えてくれてありがとう。ねえ、今ヒマですか?」
「えっ……ま、まあ、一人なので、ヒマと言えばヒマ、なのかな……?」
「それじゃ、一緒にランチしません? 教えてもらったお礼に奢りますから」
 ね、と小首を傾げる仕草が可愛らしい。
 こんな風にいきなり話しかけられて驚いたし、訝しむ気持ちは消えたわけではないけれど、悪い人ではなさそうだ。
 どうせ一人でランチをする予定だったし、たまにはこんなイレギュラーな日があっても悪くない。私も、彼女が着ているスカートをどこで買ったのか教えてもらいたいし。
 いいですよ、と頷くと、彼女はようやく表情を変えた。にっこりと笑うその綺麗な顔を見たら、なぜだか妙にどきどきして、「こっちです」と私の手を引く彼女の背中を無言で追いかけた。

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先行配信先 (2024/02/23〜)
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