前世の恋人が拗らせてた

著者:

表紙:

先行配信日:2025/09/26
配信日:2025/10/10
定価:¥880(税込)
前世の記憶を持って生まれたリリアは、転校してきたジークハルトがかつての恋人だと気付く。
彼は生まれ変わった恋人、つまり私を探しているらしい。
しかし、病弱で華奢な美人だった前世とは違い、今の自分は平凡な容姿に健康体、剣も振るう。
ただでさえ言い出しづらいのに、ジークハルトは『姫様』への愛を拗らせすぎていた!
前世の恋人への愛や思い出を日々滔々と語る姿に周囲はドン引き。
一方リリアは自分が死んでから数十年もの間、彼に孤独な人生を過ごさせてしまったことに罪悪感を覚える。
私はもう、彼の『姫様』じゃない。せめて他の誰かと幸せになってくれますように。

……そう祈っていたはずが、いつの間にか親友になっていた二人。
だがある日を境に、ジークハルトからやたら具体的な姫様とのデートプランを聞かされるようになり、
さらには姫様一筋と言いながら、私とキスしたいと言われ!?

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 1



「わたし……貴方のことが……好きで……した……」
 少女は薄い胸を大きく上下させながら酷い咳の合間に必死に青年に語った。
「今は……黙って。息を整えてください」
 青年は慣れた手つきでベッドで苦し気に身を捩る少女を呼吸が楽になるよう、上半身を少し高くするよう支えてやったが、途端少女は激しく咳き込み、喀血した。
「姫様……っ」
 青年は慌てて少女を抱き込むようにし、顔を下向きにし軽く背中を叩く。
 とんとんと、規則正しく動く青年の手に少女の呼吸は少し落ち着く。
「今まで、ありがとう。貴方の妻になれる……夢をみせてくれて。私は幸せでした」
「なにを言うのです! 姫様は私の妻になっていただけるのでしょう? この咳が落ち着きましたら……祝言をあげましょう」
 少女は青年の胸に白い手をおき、そっと離れた。
「いいのです。私は……もう無理です……」
 諦めたように微笑む少女は領地に咲く桜のように儚く、美しかった。
「諦めないでください! 私は……諦めません! 貴女を妻にすると、貴女と共にこれまでも、今も、これからも、ずっとずっと歩んでいくと誓ったのです!」
 少女はまたも激しく咳込んだ。
 青年は彼女を支えてやりながらも、桜が散るように、はらりはらりと少女の命が青年の手から零れ落ちていくのを感じていた。
「嬉しい……好き……す……き……でも……あ……なたは……幸せになっ……て。愛したひとと……いっしょに……」
 青年は泣きながら、咳込む少女を抱きしめた。
「姫様ッ姫様ッ、貴女がいなければ私は幸せになんてなれませんっ。愛しているのですっ」
「願うなら……来世……で……も……いちど……逢い……たい……」
「もちろんですっ姫様っ! ……姫様? ……っ姫様ーーー!」

 ***

 酔ってたよね。そりゃーもーどっぷり酔ってたね。悲劇のヒロインよろしく自分に酔ってたよね。
「ずっと俺のこと気にしてくれてて。姫様なんだからもっと我儘言ったっていいのに。寂しがり屋で、本当はずっと傍にいて欲しいくせに、看病だってしなくていいとか、死の間際だって俺の幸せばかり願って……」
 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! って今すぐ床にゴロゴロのたうち回って、頭をガンガンぶつけてしまいたいほどの黒歴史をポツリポツリと情感たっぷりに語る男の頭をかち割ってやりたい。

 昔むかし、といっても五百年ほど前。
 この国の辺境伯には病弱な娘がいました。兄と姉がいる、この末の娘は生まれつき病弱で成人にはなれないだろうと言われておりました。実際、十八歳になる前に死んでしまったのですが、この娘に大層甘い辺境伯は娘が少しでも生きる気力になればと、娘の好きな騎士と婚約させることにしました。
 騎士は娘に永遠の忠誠と愛を誓い、献身的に看病をしましたが甲斐なく娘は幾ばくもなく亡くなってしまったのでした。
 それから時はたち、現代。二百年ほど前、産業革命から各国で王政廃止の革命が起き、我が国も後に無血革命と呼ばれた革命によって王も貴族も、もちろん辺境伯も解体し政治は議会制となった世に私、リリアは生まれた。辺境伯の娘の……つまり前世の記憶を持った状態で。
 儚く美しい、そしてほろ苦い恋の記憶は私にとって、とても大事なもので。
 あの後の彼がどう人生を歩んでいったのか、知りたいけれども、やはり知りたくなくて、幸せに過ごしてほしいと思う反面、自分を忘れてしまっていたら悲しいと思ったり。
 来世で逢いたいと言ったけれど、逢いたいけれど、やっぱり無理だよね。
 なんて思っていたら、あの男は現れた。初等科の四年に編入してきた彼は自己紹介でかましてくれやがった。
「ジークハルトです。前世で恋人だった姫様を探しています。よろしくお願いします」
 思わず吹き出してしまうかと思ったよ。まさか……ね……? と思ったけれど、ジークハルトの語る姫様の話は(幾分か美化されているけど)どこから聞いても私のことだった。
 嬉しくなかったかと言ったら嘘になる。次の人生でも忘れずに探してくれていると思ったら、彼の胸に飛び込んでいきたい気持ちになった。
 けれど。けれどもね。
 ジークハルトの語る『姫様』と、今の私は大きく違う。
 病弱で寝たきりだったせいで、儚い印象の美しい貴族の娘。透き通る白い肌に憂いのある紺青の瞳。髪はサラサラで細い絹糸のような白金だった。病弱の負い目から自己主張もできず、寂しがり屋の大人しい娘が『姫様』だ。
 反して、今の私はすこぶる健康体だ。健康、万歳! 今まで大人しくせざるを得なかった反動で私はすっかり野生児になってしまった。前世では窓から眺めることしかできなかった騎士たちの訓練も、興味のまま思い出しながらやっていたら、親に剣術教室に入れられ才能を開花させている。いまや、同学年の男子には負けない自信があるし、男子たちには「おとこおんな」と呼ばれ蔑まれるか、「親分」と呼ばれ慕われるかになっている。
 容姿も平凡な両親に似て平々凡々だし、収まりの悪いフワフワの髪の色も瞳の色も平々凡々な茶色だし、肌はすっかり日焼けしてしまっている。
 こんな私がジークハルトに名乗り出たってジークハルトはおろか誰だって「馬鹿いうな」と言うに決まってる。そんなわけで、貝のように口を閉ざしていたのだが、なんというか不思議なもので、いつの間にか私とジークハルトは親友になっていた。同じ剣術教室に通っていたせいもあるかもしれない。
「姫様を守るんだ」
 意思の強そうなアイスブルーの瞳を照れたように細めながらジークハルトは語った。
 ごめん、その姫様は今君を倒した私だ。
「リリア、もう一回!」
 飛び起きたジークハルトに、再び木剣を構える。激しく打ち合ううちにジークハルトの足が脛に向かってでる。軽くステップを踏み、躱した足で踏み込めば、今度はジークハルトの左手が伸び襟足を掴もうとしてくる。それを既に躱し、ジークハルトの胴に木剣を叩き込む。ジークハルトは軽く吹っ飛んだが、ちゃんと受け身をとったようなので安心した。
「すまない、またやってしまった」
 防具をつけていたとはいえ、木剣で思いっきり叩き込まれたので痛かったのだろう、脇をさすりながらジークハルトが謝った。
 ジークハルトがやっているのは反則技だ。騎士時代では当たり前だった技は現代のスポーツ剣術では反則になっているが、熱くなってくると思わず出てしまうらしい。
「大丈夫だよ。ジークハルトとやるの楽しいし」
 それに前世では実戦さながらの訓練で投げ飛ばされたり、投げ飛ばしたりする彼をよく見ていたので、どんなタイミングで出てくるのか私は知っている。他の子たちはすぐに反則技を出してくるジークハルトと練習するのを嫌がるが、私はジークハルトと練習するのが好きだ。
 ジークハルトは見目のいい男だった。艶のある黒色のヘア、切れ長のアイスブルーの瞳は一見冷たく見えるが、『姫様』について語ると途端に甘く和らぐ。元騎士らしく所作は無駄がなく美しい。しかも彼は努力家で勉学に努めた。これでモテないわけはない。
 思春期になれば女子は皆「ジークハルトの姫様になりたい」と言ったし、「私がジークハルトの姫様です」と言うニセ姫様も続出した。もちろん私だってジークハルトのことが好きになったよ。ただでさえ、元恋人で大好きだったのに、ジークハルトはいいやつだったから。
 ジークハルトに告白する子は、可愛い子も綺麗な子も性格のいい子も沢山いて、私はその度にハラハラした。
 今更私が名乗り出るわけにはいかないけれど、だからってニセ姫様に騙されるのだけは頂けない。
 けれどジークハルトはまったくブレなかった。片っ端から断っていった。曰く「俺は姫様のものだから」と。ニセ姫様たちにはいくつか質問をしたらしい。姫様を騙った女の子には苛烈な言葉を浴びせていると噂できいた。ブルブルこわいこわい。
 ジークハルトは毎日毎日姫様の話をしている。
「この花……、姫様の好きな花だ。姫様の具合がいいときに一緒に中庭を散策して……」
「姫様はとても優しくて、部屋に入ってしまった羽虫も殺してしまうのは忍びないと……」
「姫様は笑うととても可愛らしいんだ。まるで花が綻ぶようで……」
 前世の私は、彼は私との婚約はフリだと思っていた。
 辺境伯の命令で長くは生きられない哀れな娘に死ぬまで夢をみせてあげるために。
 忠誠心からきた献身だとばかり思っていた。
 けど違ったんだ。
 彼は本当に姫様のことを愛してくれていた。
 ジークハルトが教えてくれた。窓から騎士たちの訓練を見つめる姫様を遠くから見つめていたこと。初めて姫様を間近でみて、とても緊張したこと。一言、二言言葉を交わしたときは嬉しくて何度も何度も頭の中で繰り返していたこと。身分違いの恋なので諦めようとしたが、どうしても無理だったこと。辺境伯から結婚の打診がきたときは夢かと思って、思いっきり辺境伯に殴ってもらいお腹に青あざができたこと。毎日、毎日、ジークハルトは姫様の話をしている。
 普段は無表情なくせに、『姫様』の話をしているときは、頬を少し赤らめ、夢見るように、やわらかな声で恋する男の顔をしている。私は毎日彼の愛を感じ、ジークハルトに失恋している。

 私はジークハルトの『姫様』じゃない。

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