「本気で推せる……」
理沙は、ベッドに寝転がりながらスマホの画面を見てため息をついた。
仕事のストレスが半端ない中、寝不足も気にせずにプレイしているのはスマホ版RPG『聖剣は無双する! 最強勇者パーティーを作れ』だった。内容は至って普通、勇者(自分)をレベルアップしつつ、仲間を増やしながら最終的に魔王を討伐するという話。途中、聖女との恋バナとかそれに対してのミニゲームとかもあり、戦いながら恋愛シミュレーションの要素もあったりする。
このゲームの何がいいって、とにかく画像……登場人物の顔が半端なく良い。また、声優陣もかなり豪華キャストで、目で見て楽しいだけじゃなく、聞いているだけで失神モノのクオリティだった。
通常RPGには興味のない理沙がハマるくらい、全国民的にヒットしたこのRPGだが、最初は勇者ミルコ・ハンメルが村の裏にある洞窟で聖剣を手に入れるところから始まる。その後、同じ村にいた聖女リリス・ホワイトを仲間にし、王城へ行って魔王討伐の依頼を受けることでゲームがスタートする。
規定のメンバーは勇者、聖女、黒魔術師。あとは、七人のパーティーを作って旅を続けながらレベルアップし、魔王討伐を目指すのだが、規定の三人以外の四人をどう組むかで、ストーリーがかなり変わってくる為、何度でも楽しめる仕様になっていた。
王道は勇者、聖女、黒魔術師、聖剣士、拳闘家、弓使い、盗賊の七人なのだが、遊び人(後の大賢者)や踊り子、学者などをメンバーにしても良い。村娘をメンバーにすると、勇者と聖女、村娘の三角関係が見られたり、勇者の浮気現場のがっつりエロムービー(R18指定)が流れたりする。全年齢版ではしっかりとモザイクが入るのだが、モザイク入りっぱなしで、なんの画像かわからないし、声も音楽でごまかされる仕様になっていた。村娘をメンバーにするのは、その映像の為だけ……むしろ戦闘では邪魔でしかなかったりする。
踊り子を選択しても、やはり勇者とのからみがあるが、こちらは微エロで、彼女はまだ役に立つから彼女をパーティーに入れるプレイヤーは多かった。
つまるところ、勇者は女子がパーティーに参加すると手を出すクズ……だったりする。
理沙は、とりあえず王道でプレイし、そして驚愕のラスボスとの対決になった。
実はラスボスは一緒に旅をしてきた黒魔術師ランバートで、しかもその魔王に戻った時の美しさと言ったら!!
「カッコいい!!」
ベッドを転げ回るくらいの破壊力のある顔面だった。黒魔術師の時はかなり目深にフードをかぶり、それでも綺麗な口元は隠せていなかったが、魔王の姿に戻ったランバートは、頭には悪魔のような角が二本生え、黒いストレートの長い髪はサラサラと風になびき、黒曜石のように美しい切れ長の瞳は涼やかで、色気の漂う口元は黒子がセクシーだった。また、肉体美も素晴らしかった。均整の取れたスタイルは言うまでもなく、そのシックスパックを見せる為の衣装なのか、黒い布の腰巻き姿は目の保養には最高だったが、防御力は大丈夫!? と心配になるくらいだった。多分、黒魔術師の時の黒のローブが変形したんだろうから、それなりに防御力はあるんだろうが。
クズな勇者より、断然魔王推しだ!
これって、戦わなくてもいいかな? パーティー全滅、それもまた良し! バッドエンディングが理沙にとっての超グッドエンディングになった。
理沙はわざと勇者を負け、魔王の勝利に導いたのだが、その哀愁漂うラストムービーにキュンキュンしてしまう。
よし! 次は黒魔術師をレベルマックスにしよう!
理沙はゲームをリセットし、黒魔術師ランバートの推し活に勤しんだ。黒魔術師のみ、レベルをマックスにし、装備に課金しまくり、そして気がついたら朝を迎える。
こんな日が数日続き、理沙はとうとう寝不足から足を踏み外して駅のホーム下に転落……二十五歳の人生のエンディングを迎えた。
★★★
「ウワッ!」
ある朝、理沙は凄い長い夢を見て飛び起きた。心臓がバクバクし過ぎて心臓が痛いくらいで、今も夢の最後の場面が頭にこびりついて離れない。
夢の中の理沙は、クラッと目眩を感じた後で上下がわからなくなり、気がついたら自由落下していた。体を打ち付けた痛みで、自分がホーム下に転落したことに気がついた。
大きな警笛の音と悲鳴が聞こえ、眼の前には電車の正面が近づいてきて、意識が暗転した。
(どう考えても死んだな)
会社はブラックだった。残業できないから、仕事は家に持ち帰るのが当たり前。会社でやれば残業代も出るのに、就業時間になると電気もエアコンも消されるから、帰らずにはいられないのだ。夜中も土日も仕事して、なのに給料には反映されなくて、苛々してゲームにはまった。睡眠時間を削ってゲームして……、多分目眩の原因はそれだ。
(それで死んじゃうとか、間抜け過ぎじゃん。大学まで女子校で、男っ気なんか全くなくて、社会人になれば出会いもあるかなって思っていたのに、ブラックな会社に出会いもなければ出会う時間もなくて、結局二十五歳で死ぬまで彼氏一人もできなかったな……って、私死んだの? 死んでないよね? どっち?)
理沙は自分の顔をペタペタ触り、その手を凝視した。
(少し小さい? しかも白くない?)
ベッドから下りて、自分の体を見てみる。
(胸……ないな。なんか子供っぽいような)
横を見ると、鏡に女の子が映っていた。理沙の髪の毛よりももう少し明るい茶色の髪はフワフワしていて、丸くて大きな緑色の瞳はくっきり二重、鼻はツンと小さめで、唇はリップも塗っていないだろうにふっくらプルンとして可愛らしい。うっすら散らばるソバカスすら愛らしい少女を見て、理沙はその少女の全てを思い出した。
(私だ!)
リリス・ホワイト、パン職人でタレントなしの村人である父親と、薬師のタレント持ちの母親との間に生まれた一人娘で、この少女はまぎれもなく自分だ。両親は村でパン屋を営んでおり、父親と母親の合作の薬膳パンが売りなのだが、実はパンの売り上げよりも、傍らで売っている母親手製の薬の方が収入は大きいらしい。リリスはそんな両親の一人娘として生まれた。
しかも今日はリリス十歳の誕生日。タレントが現れる大事な日だ。
タレントとは、十歳の誕生日に現れる能力のことで、有名どころと言えば勇者、魔術師、聖女、他にも沢山あるが、体のどこかに印として現れるのだ。しかし、印が現れない子供も半数以上おり、その場合男子は村人、女子は村娘と呼ばれる。
(って、私のタレントは?)
寝巻きをスポンと脱いで椅子にかけると、鏡台の前で体を確認する。顔はもちろん、首や手足にはない。シュミーズも脱ごうとして、まくったところで手が止まる。
お腹の少し上、左胸の少し下に今までなかった痣があった。
(これは……聖女のマーク!?)
天使の羽のようなマークは、ゲームで見た聖女のマークだった。
(ゲーム……ゲームって!?)
そこで初めて、理沙の思考とリリスの思考がシンクロした。というか、自分が理沙でありリリスであることを理解してしまった。
ここは、『聖剣は無双する! 最強勇者パーティーを作れ』というRPGの世界だ。しかも、リリス・ホワイトならば勇者と結婚する聖女の名前ではないか。そういえばこの顔、まだ幼いが聖女リリスそのもの。多分、理沙はあの転落事故で死亡し、聖女リリスとして生まれ変わったのだろう。いわゆる流行りの転生。いや、流行りも何も、漫画や小説の流行りであって、自分に起こるとか訳が分からない。
十歳の誕生日、タレントが現れたことが引き金になって、前世の記憶を取り戻してしまった……ということだろうか?
(思い出せて……良かったァッ!)
リリスは脱力して座り込んでしまう。
だって、勇者はミルコ・ハンメル、リリスの住んでいる村の少年なのだが、とにかく悪たれで、どうししようもない大ボラ吹きなのだ。
(アレが勇者とか有り得ない。しかも、将来の旦那とか無理!)
RPGの世界だからか、ミルコは主人公だけあって顔だけは良い。しかし、この世界、みんな顔だけは良いのが常識のようで、あっち向いてもこっち向いても美男美女だらけ。つまりは、少し顔が良いくらいは普通なのだ。魔王ランバートくらいじゃなきゃ、顔が良いとは言えない。
(ランバート様!)
前世の二次元の推しが、この世界では三次元で存在していることに気がついた。あんなに課金して、ゲームのやり過ぎから寝不足になり、事故死しちゃうくらい推しまくった彼が、今もどこかで息をしている。
(素晴らし過ぎる!! 神様、転生させてくれてありがとう!)
リリスは思わず、両手を胸の前で組んで神に祈ってしまった。
しかし、聖女として勇者パーティーに参加するのは避けたい。「できれば避けたいな」みたいな軽めの希望じゃなく、絶対に避けなくてはならない。マークを隠せばいいだけだから、聖女であることを内緒にするのは可能だ。聖女の魔法は、治癒や解毒などの状態異常変化の解除、高位の聖女になれば蘇生なんかもできてしまう。リリスは高位の聖女だった筈だが、聖女の魔法を使わなければバレることはない……と思う。
しかし、勇者パーティーに入らなければ、魔王討伐の旅に出るランバートと一緒にいられない。そばで、是非推し活に勤しみたい!
女ったらしに成長するだろうミルコならば、村娘でも仲間にしそうではあるが、現実問題、タレントのない村娘が魔王討伐のなんの役に立つんだという話だ。荷物持ち? 料理担当? いや、ミルコの夜伽相手くらいの利用価値しかないだろう。
(嫁も嫌だが、夜伽相手も絶対に嫌!)
リリスは十歳プラス二十五歳の頭で考えた。
(そうだ! 違うタレントを持っていることにすれば良くない?)
リリスは鏡台の前に座り、最近流行っているタトゥーシールを引き出しから取り出した。
その中でも、ある模様を見つけて右腕にペタリと貼り付けた。
「リリス、お早う。あら、やっぱり十歳のお姉さんは違うのね。自分で起きるなんて、大人の証拠だわ」
母親のマリアがリリスを起こしに部屋にやってきて、すでに起きているリリスを見て嬉しそうに頭を撫でた。
「母さん、お早う」
リリスは鏡台の前に立って、マリアからタトゥーシールが見えないようにする。
「お誕生日おめでとう。どう? タレントは現れた?」
「うん、母さん。見て」
リリスはさっき貼ったタトゥーシールをマリアに見せた。
「弓矢? あなたが弓使い?」
タトゥーだとバレたらまずいので、すぐに脱いでいた寝巻きをスポンと着た。
「あなた、なんでまた寝巻きを着るのよ。起きたのなら、お洋服に着替えて朝ご飯を食べにいらっしゃい」
「そっか。すぐに行くね」
母親が部屋を出て行くのを見守り、ヒラヒラと手を振っていたリリスは、扉が閉まった途端ホッと息を吐く。
鏡台にはまだタトゥーシールを置いたままだったし、タトゥーシールだとバレるかもとヒヤヒヤものだったのだ。
この日から、リリスの弓の秘密練習は始まった。そして、本物のタレントを凌ぐ弓の名手になり、村でリリスの腕前が有名になったのは、勇者パーティーが旅に出る一年前、リリスが十九歳の時だった。