本編 貴方の一番大好きな私になりたい
「これで私も……」
ダイニングテーブルに載せた小瓶をじっと眺めながらメルルは呟く。
小瓶は怪しげな桃色の液体で満たされていた。それに向かう彼女の視線もまたキラキラと期待に満ちている。
肝心のその中身だが、なんてことはない。実にありがちなもので、彼女がつい先程依頼していたギルドから引き取った、ただの……豊胸薬であった。
メルルはつい数ヶ月前に結婚したばかりの新妻である。
五歳年上の夫シルネが経営する魔術書店に勤めているのだが、魔術師を目指していたメルルは幼い頃から彼の書店にお世話になっていた。
その関係でまだシルネの祖母であるクロエがオーナーだった時から、メルルはよくシルネに面倒を見てもらっていたのである。
今でこそ多少落ち着いたが、少女時代のメルルはそれはそれは絵に描いたようなお転婆じゃじゃ馬娘だった。穏やかな気質のシルネは自分のアグレッシブさにいつも振り回されていたように思う。
それでも嫌な顔一つせず、むしろ微笑みながらシルネは付き合ってくれた。そんな優しいお兄さんに幼きメルルが初恋泥棒をされたのはもはや必然だったと言っても過言ではないだろう。
ただ十にも満たない時から温めていたその想いを遂げたのは比較的最近になってからだ。
シルネは子供の頃からいつでも優しく、ずっと自分を一人の女の子として尊重してくれている。つまり年頃になっても一切、扱いや態度が変わらなかった。大切にしてくれているのはわかる。けれど、でも。
自分は彼のことが大好きだけれども、シルネさんにとって私はただのものすごく手のかかる妹のような存在でしかないのでは?
だからメルルはついそんな風に思い込んで、尻ごみしてしまったわけだ。あと、ほぼほぼ告白まがいのことも行ったにもかかわらず、全く意識されてなさそうだったのでなおさら。
だがその心地よくも停滞した関係は突如として変化を迎える。
転機となったのはメルルが就職活動にて、ことごとく惨敗し続けたことだった。
メルルは成人を目前に、唯一の家族である父を亡くし天涯孤独となっていた。それからまもなく家賃を上げられ、それまで住んでいた家を手放さざるをえなくなった。
彼女の父は強面で、その顔に違わぬ腕っ節の持ち主である。だからこれまで大家は報復を恐れて抑えていたのだろう。だがその父がいなくなったから、ここぞとばかりに動いたと。
「うちの可愛らしい可愛らしい孫の嫁になるなら免除してやってもいい、変な意地を張るな、夫に尽くすのが女の幸せなのだから」と大家は本人的には最大限の譲歩のつもりの脅しをかけてきたが、メルルはこれを完全にスルーして宿を転々とする生活を選んだ。
普通の年若い女性ならば身一つで追い出されるぐらいならと諦めてその条件を飲んでいただろう。だが思い切りがよすぎる行動力オバケのメルルからすれば、その程度の困難はなんてことはない。せいぜい舐められやすい自分に少々ショックを受けるぐらいで。
こんなことなら私もお父さんみたいにムキムキだったら良かったのになぁと自分の顔と父の鍛え上げられた体躯を組み合わせた姿をメルルは想像した。酷い風邪を引いた時に見る悪夢の中でしか存在できないような生き物だった。
メルルの不幸はこれで終わらなかった。他に頼れる身寄りのない彼女はなんとか貯金を切り崩して凌いでいたが、一向に新たな家も仕事も決まらない。背に腹は代えられないと最低限の条件にしてもなお、口を揃えて「ここに貴方へ案内できるものはありません」と断られる。
そうこうしているうちに貯金が尽きてしまい、もはや春を売るしかないのかと最悪の選択肢が浮かぶまでにメルルは追い詰められていた。
あれだけ通い詰めていたシルネの魔術書店だが、試験に落第し魔術師としての才がないと断定されてからというもの、メルルは一度も足を運んでいない。
シルネが自分のために使ってくれた時間を無駄にしてしまったことが、二人の期待を裏切ってしまったことが心苦しくて。
でもせめて彼らとの幸せな記憶をこれからの苦難を乗り越えるための思い出として残しておきたい。だから最後にシルネの顔を見たい一心で、その日メルルは彼の店へと向かったのだが。
あいにくその道中で大雨に降られてしまった。小雨のうちに引き返せば良かったが、ここで引いたら決意が揺らいでしまうと半ば意地でメルルは傘も差さずに走り続けて。
本当は離れたところから彼を一目見て終わらせるつもりだった。だがこの悪天候にシルネが外にいるはずもなく、迷いながらもメルルは店内へと入った。この天気では休みの可能性もあったが、幸いにも通常通り営業していて。
ちょうど彼は入ってすぐの棚の整理をしているところだった。なのですぐにシルネはメルルの訪問に気付いて。
当然びしょ濡れになっていた、ただならぬ雰囲気をまとったメルルをシルネは心配しつつも温かく出迎えた。その優しさはあの頃からずっと変わっていない。あまりにもいつも通りの、大好きだった日々と同じ。
だからダメだった。感極まったメルルはシルネに抱きついて泣きじゃくったのである。彼が貸してくれたタオルで拭う前に縋ったびしょ濡れの体をシルネは迷わず抱きしめてくれた。
行く先々の面接官や仲介人からボロクソに言われ、あげくには融通してやるからとセクハラの数々。なんとか貞操こそ守りきったが、度重なる苦難にメルルの心は限界だった。
おかげでメルルは気付けば、そこに至るまでの一連の出来事を暴露し、好きでもない人とえっちなんてやだやだとびゃーびゃー泣きわめき、あげくにシルネさん以外とそういうことしたくない!! とうっかり告白していた。
背を撫でられながら宥められ、落ち着いたところでメルルは自分のやらかしに硬直した。もう最初から最後までやらかしてることには違いないが、それにしたってあの告白はない。だらだらと全身に冷や汗が伝う。
怖いことこの上ないが、おそるおそるシルネの様子を窺う。優しい彼のことだ。侮蔑の表情こそ向けたりしないだろうけども、呆れた顔もしてないだろうけど、ものすごく困ったような笑みを浮かべているんだろうなと。
だがメルルの予想は綺麗に外れた。こっそり確認したシルネは耳まで真っ赤になって、メルルと同じく固まっていた。噤んでいる唇は何か言いたげにむにむにと動くも音にはなっていない。
何より普段なら閉じている彼の瞳が限界まで見開かれていた。何もない地面へと視線を向けているシルネだが、見ての通りバッチリかつてないほどめちゃくちゃ動揺していたのであった。
目つきが鋭いのを隠したいから、そうしているとは聞いていたけども。すごく、きれい。初めて見たシルネの上質なアメジストのような紫眼をメルルは状況も忘れて、うっとりと見惚れていた。
この膠着状態を解決したのはシルネにオーナーの座を譲り、普段は店の奥にある居住スペースで魔術書を読みふけっているクロエであった。
今日に限って、たまには雨の音を聞きながらというのも乙かねえと店の方へ出てきていたので、突如公開された孫達のロマンスはいやでも目に入っていたのである。
メルルの叫びを聞いたクロエは依然として固まったままの二人へ『じゃあメルル、アンタここで働きな。住み込むついでに孫に嫁いでおくといいよ』と勧めたのだった。メルルが店に訪れなくなってからというもの、孫がいつも寂しげにドアの方を眺めていた姿を見てきた祖母なりの気遣いだった。
人となりは十分に知っている仲だが、メルルがまだ成人したばかりということもあり、さすがにいきなり結婚には至らなかった。ただこうしてメルルは彼の魔術書店の従業員となり、二年の交際期間を経てシルネの妻となったのだった。
そんなこんなで夫婦になるまでの経緯こそだいぶ波瀾万丈だったが、結婚生活は至って順風満帆であった。つい数日前までは。
なんとなく不穏な空気を出してしまったものの、仲違いしたとかそういった類いではない。ただ自分が勝手に悩んでいるだけだ。
事の発端は前の定休日まで遡る。その日シルネはクロエと所用で出かけており、メルルは新居で留守番をしていた。
キッチンにて昨日から仕込んでおいた煮込み料理の鍋をかきまぜてた昼下がり。シルネの仕事仲間が訪ねてきて、彼に返しておいてほしいと分厚く膨らんだ書類袋を渡してきたのだ。
持った感じ書籍だったため、書斎の本棚にしまっておこうと中身を確認してメルルは凍り付いた。
三冊入っていた中身だが全てエロ本だった。三百六十度、縦横ナナメどこからどう見ても清々しいほどただのスケベブックであった。
ただ別にそれ自体はかまわない。男の人なのだから、そういったものを所持することはごく自然なことだとメルルは理解している。
現に亡くなった父とてベッドの下に隠していたし。ただもうちょっと上手くしまっておいてほしいなあと考えながらも、掃除の度彼女はそっと見ないフリを続けていた。
あと何より友人達の話と比較するにシルネがごく一般的よりも、おそらくだいぶ健全な男だということを恋人時代から三日に一度ペースで身をもって思い知らされてきているのもある。シルネさんって外見と雰囲気は聖職者でも通りそうなのに、人は見かけによらないものだ。
というわけで本来ならメルル的にはサラッと流すつもりだったのだ、生理現象だもんねと流せるはずだったのだ。
だが三冊とも巨乳綺麗系お姉さんモノなのがいかんせんいただけない。敵情視察として本文も確認すべきなのかもしれないが、それこそ完膚なきまでに打ちのめされそうな気がして開くことはできなかった。
本の女性の年齢や顔立ちのタイプが自分と真逆なのもそうだが、何よりはっきり言葉にするのは傷つくのでぼかすが、メルルはたいへん慎ましやかな胸の持ち主だからだ。
そのことにメルルは密かにコンプレックスを抱いており、過去に豊胸体操やら豆乳やキャベツの摂取など様々な努力を重ねたが全く効果は表れなかった。
写真で見た瓜二つの母も同じような体型だったので、おそらく遺伝子が強すぎたのだろう。クッ、私は(胸筋的な意味で)おっぱいの大きなお父さんの血もひいているはずなのに! 悔しがるメルルをもし天国の父が見ていたら、過分すぎる期待に本気で困惑していたことだろう。
そんなわけで初体験のさい、メルルは「小さくてごめんなさい」としょんぼりしていたのだが、気にする彼女にシルネは顔を手で覆いながら「……興奮してるので大丈夫です」と静かに告げただけだった。実際問題、滞りなく完遂されたのでメルルは安心していたのだが。
返すと言っていたところからして、確実にこれらは夫のものなのだろう。間接的にシルネの好みを知ってしまい、その対極にいるメルルは頭を抱えた。
シルネさんは優しいから言わないでくれていただけで、本当はずっと不満だったのでは?! と唸りに唸った末、メルルの脳内にある薬がよぎった。過去に薬学の本で見かけた、ズバリ名前がそのままのアレ。そう、豊胸薬――!
そこからメルルの行動は早かった。母譲りのアグレッシブさに導かれるまま、ひとまずベッドの下に例のブツを放り込んだメルルはご近所にある評判のギルドへと駆け込んだ。シルネが帰ってくる前に薬の作製を依頼するために。
そうして迎えた本日、ギルドから完成したと連絡があったので少しばかり早上がりさせてもらい、薬を引き取ってきて……冒頭に至る。さすがに夫と同伴で豊胸薬を受け取る度胸はなかった。
早速服用したいところだけど、そろそろ夕食の準備を始める時間だ。
薬を使うからにはキチンと説明書を読んで、落ち着ける状況で挑むべきだろう。ダイニングテーブルから壁際の棚へ薬瓶を移し、メルルはキッチンへと向かった。
この世界には『魔具』と称される、魔術が組み込まれた道具が存在している。
それは武器であったり、あるいは装飾品だったり、はたまた日用品として扱われていたり、多岐に渡るがとりあえず何かしらの魔術効果が込められた品は全て魔具として認識してもらってかまわない。
シルネの亡き祖父が作製していた特殊な魔術書に対しても、専門の協会のお偉いさん達がこぞって「うーん、魔具!」と判断するほどの雑さなので。
魔具の中には生活魔法が組み込まれ便利家具として売り出されている物もあるのだが、まあそれはとにかく高い。
攻撃魔法は威力を高めるだけの実にシンプルな構造だが、生活魔法は要素が異なる魔法を複数重ねたり威力の調整を必要としたり複雑な構成をしている。故にどうしても作り手が限られてくる。
職人達も日々値下げに繋がるよう並々ならぬ努力をしているが、それでも現時点、若夫婦である二人には到底手の出せる品ではなかった。
だけどもクロエが結婚祝いに水事魔具を贈ってくれて。おかげでメルルは昔のようにわざわざ井戸水を汲みにいかずとも、楽に洗い物を処理することができていた。
ただしこの水事魔具に備わっている機能は水の用意と排出だけ。だから食器を洗ったり、容器を水で満たすことはできても、乾かすのは管轄外だ。よって洗い終わった後の食器は全て手ずから拭き取る必要があった。
「そういえばメルル、棚のあの薬どうしたんですか?」
ぎくり。予想していなかったシルネからの追及に思わずメルルの体が強ばった。なんとか拭っていた皿を落とさずに済んだけども。
話しながらも手際よく洗い物をしているシルネは、動揺に少しばかり手を震わせているメルルに気付いていない。食事をしている間にすっかり薬の存在を失念していたのだ。
作業しているこの場所からはちょうど例の薬が目に入る。元々魔術オタクであるシルネからすれば、気になってしょうがないだろう。
だがあいにくメルルはごまかすための口上を一切考えていなかった。当たり前である、何せ頭からすっぽり抜けていたのだから。痛恨のミスに思わず皿を持つ手に力がこもった。
「すみません、見慣れない魔法薬なので気になってしまって」
そう言ってはにかむシルネは男の人相手に表現するのはなんだけども可愛らしくて。ただ今のメルルにはそのときめきを堪能できるだけの余裕はない。
薬屋の店主でもないシルネが見慣れない薬と断言できるのは、ひとえに彼がそこらの魔術師よりもよっぽど魔術の造詣の深い魔術オタクだからだ。
彼は休日に一人で過ごす時は決まって魔術に関する店舗、もちろん魔法薬店にもよく足を運んでいる。言葉通り大抵の魔法薬はシルネにとって見慣れているものなのだ。
そんな彼にとってあの薬はさぞ好奇心を揺さぶられるものであろう。だって彼からすれば全くもって未知の魔法薬なのだから。
例の薬だけどもその特殊性から使用には許可が必要。つまり絶対に他者には使用しませんと契約魔法を結ぶ関係から、あの薬は店舗には並ばない。
それに魔法薬図鑑に載ってるとはいえマイナーもマイナー。シルネがいくら日頃からあの分厚い図鑑を愛読しているとはいえ、記載されている極めて膨大な数を誇る魔法薬全ては頭に入っていないだろう……いないよね?
なので絶対、いやたぶんおそらくはさすがのシルネでもあの薬の正体は見当も付かない……はず。どうしよう、不可能だと思ってるはずなのに断言できない。
うん、でも彼にとっては全く必要のない薬だしね! まあ結果というかシルネさんの性癖的には必要なんだけども!
「シ、シルネさんが、私のことすごく好きになってくれる薬、かな~~……」
とっさの回答にしてはなかなか上出来ではないだろうか。自画自賛だと言われても、そう自分を励ましてないとやってられない。決して嘘は吐いていないというのに焦燥感は膨らんで行く一方だった。
思わず明後日の方向へと視線を泳がせつつ、メルルはシルネの反応を待つことにした。その間、ちらと横目で彼の様子を盗み見しておく。
しばらく考え込んだ後、シルネは唇を緩めていた。微笑ましいと言わんばかりのやわらかな表情にメルルは筆舌に尽くせぬ感情に苛まれる。
――あ、これ絶対勘違いしてますやん。
思わず口調は変わったし、実は豊胸薬でーす! とか口が裂けても言えねえ……スンッとなりながらメルルは死んだ目をしていた。
「美容関係の薬ですかね?」
「そんなところ……」
だいぶ雑な分類をすれば、きっとそのカテゴリーに含まれるはずだ。だから決して嘘は言ってない。嘘じゃないもん!!
そう心の中で言い張るもメルルの目はいかにもやましいところがありますと語るかのように泳ぎまくっていた。その姿は純粋に喜ぶシルネとは実に対照的である。
「えっと、ですね。私のために頑張ってくれるのが嬉しくないとか、そういったわけではなくて、むしろとても嬉しいのですが……メルルは今も昔も愛らしいですよ」
そう言ってはにかむシルネの姿が眩しすぎてメルルは直視できない。
与えてくれた彼の気持ちに嘘偽りは一切ないのだろう。そして何度も言うが自分の発言にだって嘘はない。そう、ちょっとばかり解釈を拡大してるだけで。
だがいつもはありがたい彼の思いやりが、どうにも今は駄目な刺さり方をするなあとメルルは密かにダメージを食らっていた。
大昔の偉い人が言ってた『地獄への道は善意で舗装されている』ってこういうことなんだろう。今まさに身をもって実感させられメルルは思う。なるほどこれは体験しないとわからないけども、できることなら知りたくなかったなと。
そうしている間に全ての食器が片付いた。見るからに上機嫌なシルネの姿がなんだか居たたまれない。
「メルルも何か飲みますか?」
「私は……あの薬を飲むから大丈夫だよ。ありがとう、シルネさん」
「わかりました」
水事魔具から熱湯を出すためのアタッチメントを装着しながらシルネが訊ねてくる。
食後の一服は二人の日課だ。シルネはいつも通り紅茶を口にするつもりなのだろう。メルルはその時々によって違うが、彼と同じ紅茶を選ぶことも多かった。
メルルへの確認を終えたシルネが一人用の小さめのポットで紅茶を淹れ始める。
そうして漂ってくる香りは普段ならば心穏やかにしてくれるけども、今ほどの緊張には残念ながら効果がないようだ。
この後、シルネがティーセットを持って書斎に向かうまでが通常のルーティーンである。用意が整ったシルネが廊下へと歩み、彼の視線が届かなくなったのを見計らってメルルは行動に移した。
シルネを喜ばせるための薬なのだから、こんなこそこそせず堂々と飲むべきだったのかもしれない。でもどうにもシルネの前で飲むのは恥ずかしくてはばかられたものだから。
棚から再びダイニングテーブルの上へと薬瓶を移し、メルルは説明書にじっくり目を通す。この薬は耐性ができやすいらしく、チャンスはこの一度きりだそうだ。値段もお安くないし、なおさら失敗できない。
「アレルギーは持ってないから問題なし。で、用量が……近くで見るとなおさら少ないなあ」
あまりにも量が少ないので少し不安になったが、むしろ効き目が強力だからこそなのだろうとメルルは自分を納得させる。
シルネさんの好みからすると望むものはバインバインだが、大きすぎても困るとクロエさんも言ってたし。でも、できれば服を着ても女の子だって一目でわかるぐらいには欲しいなあ。
意を決したメルルは薬瓶をむんずと掴み、勢いよく中身をあおって薬を喉奥へと流し込む。
原材料からして独特の香りは多少あれど苦みは少ないと踏んでいた。だが予想していたよりもはるかに甘い。飽和した砂糖水、熟れた果汁、蜂蜜、人工甘味料、この世のありとあらゆる甘みが混ざった歯が溶けそうな味だった。その上、メインの薬草のえぐみが後を引く。
かろうじて飲み込めないことはないが端的に言えば非常にマズい。魔法薬なんて美味しくなくて当然だから覚悟していたが、飲み干したメルルは涙目になっていた。わりと本気で吐きそうだし泣きそう。
すぐにでも口をゆすぎたいところだが、物によっては効果が薄れる場合があるので我慢するしかない。オシャレ(?)には時に我慢も必要なのだ。
「けど、これで私も夢のナイスバディに……!」
………
……
…
「ダメじゃん!!」
薬を摂取してから二十数分後、メルルは叫ぶと同時にダァンッ! と拳をテーブルに叩き付けていた。
まだかまだかと時計の針を眺めながらわくわくソワソワしていたのに待てども待てども一向に効果は表れず、メルルの胸はもの寂しいままだ。
おかしい。すぐに効果が出るって書いてあったのに。まさか、うちの貧乳遺伝子には薬をもってしても敵わないってことなの……?
ベコベコに落ち込みながらメルルはもう一度説明書に目を通す。
やっぱり間違ってないと確認していたその時、説明書の最下部が後ろへ折れ曲がっていたことにメルルは気付いた。
あれだけ慎重になっていても見落としがあったなんて。折り目を広げれば今まで見えなかったところに大きな文字があった。わざわざ色を変えているし、かなりの重要事項らしい。
「えっと……なになに……?」
※※服用後、三十分以内に想い人から胸部へ刺激を受ける必要があります。※※
なお、これは制限時間が残り一分三十秒まで迫った時の出来事であった。
書斎へと辿り着いたメルルは鬼気迫った様子でドアを勢いよく開け放った。
「シルネさん、おっぱい揉んで!!」
「ごふっ」
登場と同時に放たれた切羽詰まった妻のシャウトに、タイミング悪くちょうどカップに口を付けていたシルネは、せわしない様子にどうしましたか? と訊ねるまもなく吹き出した。
瞬時に彼女の発言を理解してしまったシルネの賢さとメルルの猪突猛進っぷりが引き起こした悲しい事故である。彼女の奇行は今に始まったことではないのだが、慣れているシルネでもさすがに今回ばかりはキャパシティを軽々と越えられてしまったのだ。
「わっ、シルネさん大丈夫?!」
気管へモロに紅茶が入ったのだろう。げほげほと激しく咳き込むシルネへメルルは急いで駆け寄り、夫の背中をさすった。盛大にむせたものの、うまく飛沫はカップの中で収まったらしく床は汚れていない。
しばらくして呼吸が落ち着いてきたシルネにメルルは胸をなで下ろす。だが壁掛け時計を確認するやいなや彼女は膝から床へと崩れ落ちた。
「いやあぁ――! 終わってるぅう!!」
嘆き悲しみながらメルルが拳で床を叩く。瞬く間に少なくないお金が無意味に吹き飛び、夢と希望の膨らみともグッバイしてしまった現状に叫ばずにはいられなかった。
被害に遭ったのが自分のお小遣いであることだけがせめてもの救いだろう。でもシルネさんの望みを永遠に叶えてあげられなくなってしまったことには変わりない。横着した罰が当たったのかとメルルはうなだれていた。
彼女が深く悲しむ隣でシルネはくるくるころころ変わるメルルの百面相に疑問符を浮かべている。
シルネはメルルのお転婆ぶりには慣れっことはいえ、彼女の心が読めるわけではないのだ。メルルは表情こそわかりやすいが、その思考に関しては大抵シルネの予想の範疇に当てはまってくれないのもあって、今回の暴走劇の経緯が全くわからない。
ある程度、情報があれば推理できるけども……今行うべきことはきっとそれを暴くことではないだろうとシルネは判断した。
だって原因がわからずとも、可愛らしい妻がこんなにも悲嘆に暮れているのだから。ティーセットと読みかけの本を端に寄せ、シルネは居住まいを正す。
「メルル」
名を呼ばれ俯くのをやめたメルルの目に入ったのは床に座り込んで自身の足をぽんぽんと叩くシルネの姿だった。
久しぶりに見たそれはまだ一人で魔術書が読めなかった頃の彼女へシルネがよく行っていた動作だ。このお誘いに幼いメルルは喜んで彼の足の間に座り込んでいたものだけれど。
「シ、シルネさん、さすがにそれは」
「おいで」
もう私成人してるし……と遠回しにお断りの意を示したメルルへおかまいなしにシルネは再度促す。具体的な指示を口にする、有無を言わせぬシルネの態度にメルルはたじろいだ。
基本的に彼は自分の選択を尊重してくれるが、今回に限っては譲ってくれるつもりはないみたい。
あのずぶ濡れ告白以降のシルネは時折こんな感じで強引になる。その場合は絶対に負けてくれないのだ。シルネさん曰く「……押し殺した結果、死にたくなるほど後悔したので」ということらしい。
私も頑固って言われる方だけど、シルネさんには勝てる気がしないんだよなあ。そう考えた末に諦めてメルルは彼の足の間に座り込んだ。
昔はこうして色んな本を読み聞かせてもらったものだが、今は書籍はおろかシルネの周辺にあったはずの物は全て手の届かない端へと追いやられている。
これなら多少暴れたとしても問題ないだろう、もちろんそんなつもりはさらさらないのだけれど。なんだかまるで何かに備えているように感じるのは自分の考え過ぎなのだろうか。
シルネの身の内にすっぽりと収まるのは今も昔も同じ。でもあの頃とは色々違う。お互い大人で、夫婦で、状況だって、妙な緊張感からメルルの体は自然と強ばった。
「んっ」
シルネはメルルの顎を軽く掴むと、少しばかり強引に自分の方へと振り向かせる。そしてその体勢のまま、シルネは彼女へと口付けた。
身長差のおかげでさほど難しいことではないが、メルルに無理をさせる体勢には変わりないのでシルネは早々に切り上げる。もっと味わいたいと無意識にシルネは己の唇を舐めていた。
「あのシルネさ、んッ?!」
ブラウスの上からやわく胸を掴まれ、驚きにメルルの声が裏返る。思わず口を掌で押さえたが手遅れだ。
シルネの手はそれからも止まらない。胸全体を彼の手は包み込んで、ゆるゆると揉み込んで刺激を与えてくる。手遊びのような緩い動きと布越しの感触がひどくもどかしい。
快感を堪えようときゅっと唇を結んだところで、すりすりと胸の下をなぞるシルネの指にすぐほどけてしまった。掌の隙間から甘ったるい吐息がこぼれる。
「……お言葉に甘えてもいいですか?」
薄くとも着々と積み上がる快楽に思考がぐずぐずに溶かされていく。そんな中でもシルネの問いが、さっき自分がねだったことへの確認なのだとメルルは気が付いた。
許可を求めているその間もシルネの手はメルルを高めようと動き続ける。
望まない展開のための返答を彼女の頭から消し去ろうと。もう彼の中にはたった一つの選択肢しかない、それを選んでもらえるように。そうシルネにはやめるつもりなんてさらさらないのだ。
ただシルネが冷静を装いつつも内心必死になっているところでなんだが、実のところメルルとて断るつもりはない。
期限切れになっちゃったけど、もしかしたら今からでもワンチャン効果が出てくれるかもしれないし! という下心が彼女にはあり。
そして何より自分が本気で嫌がることをシルネは絶対にしないとメルルは知っている。それにメルルとしてもシルネに求められるのはまんざらでもないのだ。
だからOKと返事をしようにも現在進行形でドピンクにされつつある頭では上手く言葉を紡げず、メルルはただただ何度も顔を縦に振る。
頑張りすぎた結果、子供用のオモチャが壊れた時のような動きになっていたがメルルの意志は問題なく伝わっていた。
はっきり言ってメルルのそれは必死さ故にちょっとばかり恐怖を覚える程の動作だったが、シルネはそんな彼女すらもいつも通り可愛らしいなと思っていた。この男、見事なまでに恋は盲目のお手本にぴったりである。
許可という名の免罪符は得た。お預け状態だったシルネは迷わず、メルルのブラウスのボタンを何個か外し、嬉々として彼女の胸元を露出させた。
「ありがとうございます」
「ひぁっ! シルネさん耳はだめぇ……」
かぷと耳を緩く食まれ、メルルは泣き言を告げるかように声を上げた。
快感から身を縮こめる彼女の耳介をシルネの舌が追う。ぬるい粘膜で耳の輪郭を舐められた後、濡らされた箇所にふーっと息を吹きかけられる。その愛撫にびくびくとメルルは体を震わせていた。
シルネはイヤイヤと幼子のように頭を振るメルルを少しばかり憐れむも、それ以上に情欲が焚き付けられるのを感じていた。なんて可哀想で可愛らしいのだろう、それは普段の彼ならば絶対に覚えることのない感情だった。