1 プロローグ
学生の時、初めて付き合った彼と初めてのことを色々して、ケンカもしたけど、やっぱり大好きで、そのまま年頃になったら結婚。
子供にも恵まれて、小さな不満はあれども幸せに暮らしていました。
このまま、彼と仲良く一生を終えるんだなと思った時、「私って、彼としかセックスしたことない」と思ってしまった。
だって、彼が好きで、初めて付き合ったのも彼で、そしたら前も今も、これからも浮気をする気はないから、他の男の人とする隙がない。それは幸せなことなんだろうけど……なんだろう、もっと色々な人とのセックスを体験してみたかった。なんて思ってしまった。
もし、生まれ変わることがあったら。
そうしたら、今度は性に奔放な女性になろう。
たくさんの男性と一夜限りの関係を持ってみたりして、たくさん経験してみよう。
なんてことを前世の自分が思っていたのを、ミレイ=アシュレイ、ピチピチの18歳女子は突然思い出した。
「セーフ!!」
まだ18歳独身、彼氏も好きな人もいない。
前世の後悔を今世でも引きずらないように、私、ビッチになります!
2 メイドになって男漁りをします
「というわけで、王城のメイドになることにしました」
街路樹が色づく晩秋ではあるが今日は気持ちのいい小春日和なので、王立高等学府以来の友人であるマリアとお洒落なカフェのテラス席でお茶をしながら、先日思い立ったことを報告した。
目の前にいるマリアは渋い顔をして眉間を押さえている。
「……色々ツッコミたいところが沢山あるんだけど、なんでメイド?」
「話せば長くなる」
「じゃあ、いいわ」
「いやいや、ちょっと待ってよ」
私も色々考えたんだってば。
普段、なにかをやろうと思ったら、とりあえずやってみて、そうしたら案外なんとか出来ちゃうものなんだけど、こればかりは自分一人の話ではない。
「いやー、普通の人はそんなに簡単になんでも出来ないんだけどね……」
マリアが遠い目をしながら呟く。
まずは出会いがなければ、この野望も夢で終わってしまう。かといって、誰でもいいかといったら……と、その時自分の目の前にいたパン屋のおじさんを見つめてしまった。
「………駄目だ……。パン屋のおじさんとは出来ない……って思ったの」
「パン屋って学府の近くのパン屋でしょ? あそこのおじさんは愛妻家で有名じゃない。あっちだって、アンタとは出来ないでしょうよ」
「いや、そこじゃなくて」
近所のおじさんたちと関係を持ってしまったら、生活しにくくなってしまう。やはり後腐れのない関係が一番だ。これから、あそこのパンが食べられなくなるのは困る。
「それに、どうせなら遊び慣れた格好いい男の人と関係を持ちたい」
「アンタにしては、まともな意見」
「そこで男性が多く、なおかつハイスペックな人が多い王城に目をつけました。ハイスペックな男性なら、女性なんて選り取り見取り。ちょっとつまみ食いなんて日常茶飯事」
「偏見がすごい。しかし、なんでメイド? 認めにくいけど、ミレイ自身がハイスペックだから事務官とか官僚狙えるでしょ」
「このバカもんがー! 文官なんかになったら忙し過ぎて男漁れないでしょー!」
叫んだ途端、マリアの手刀が私の脳天に落ちた。
「バカはそっちだ! メイドの仕事だって人気があるから、そんなに簡単になれないんだぞ! メイドがみんな男漁りしているように言うな! 全世界の誇りあるメイドの皆様に謝れ!!」
「ううっ……。失礼な発言をしてしまって、申し訳ございませんでした」
涙を滲ませながら、深々と頭を下げると、マリアからふんっと大きく鼻息を吐く音がした。
「で、どこからの入れ知恵?」
「流行りのロマンス小説でメイドさんが騎士団長と王子と宰相と愛欲にまみれた爛れた生活を送ってましたぁ」
マリアはため息をついた。
「まぁ、頑張っていってらっしゃい。……無理だと思うけど」
そんな呆れ顔のマリアに手伝ってもらい、王城メイドとして働くべく城内にあるメイド用の寮に無事引っ越しを終えた。さすが王城、一般的なワンルームほどの個室だった。
「寮か……。連れ込みにくいなぁ」
「彼氏?」
手伝ってくれたメイド長が私の呟きを拾って首をかしげる。
「いやぁ、彼氏はいないんですけど、これからいい感じになった人ができたらっていうか」
マリアの視線が痛い……。
「外部の人はちょっと難しいんだけど、王城で働いている人だったら入口で身分証明書を見せてもらえれば大丈夫よ。……一応防音だけど、あまり騒がしくしないようにね」
そう言って、顔を赤くしたメイド長は肩書に似合わないおっとりとした可愛らしい人だった。
「そ、そんな激しい人もいるんだ……。うらやましい」
すかさず、マリアの手刀が脳天に降ろされる。
「あの、騎士とかが相手だと……ね。体力が違いすぎて、次の日辛くなったりするから気をつけてね」
(体験談かな)
(そっとしておけ)
真っ赤になったメイド長の顔をみて、マリアと目で会話する。とても興味深いが、初日から根掘り葉掘り聞くのも悪い。なによりマリアが怖い。
翌日、先輩メイドからメイド長の彼氏が騎士だと教えてもらった。
「いや、すごいのなんのって。もうメイド長、ヨボヨボよ」
フラフラ通り越して、ヨボヨボなのか……。すごいな。
「騎士はね、性欲の塊なんだから。絶対近づいたら駄目よ! 付き合ったりしたら身体がもたないわよ」
性欲の塊! 願ったり叶ったりです。
恋人として付き合うなら、そりゃあ死活問題でしょうが一晩のアバンチュールならそんな経験もアリです。
正直、ガチムキは好みではないのですが、ビッチになるためには好き嫌い言ってちゃ駄目です。
二、三人誘われてついていけば、あとは勝手に『アイツは誰にでも足を開く』と言われて入れ食い状態になるはず。
「よーし、頑張るぞー!」
「初日からそんなに頑張らなくてもいいよぉ」
先輩に言われたが、私は気合を入れてみんなが嫌がるトイレ掃除も、男子更衣室掃除もして、一生懸命色々なところに顔をだして掃除した。
『子猫ちゃんが一人、こんなところにいたら悪い男にあそばれちゃうぜ』みたいな展開を夢見て、ごしごし隅々磨いていたのだが、全くそんな気配がない。おかしい。みんな真面目に仕事している。『メイドは見た!』みたいな、仕事の合間の濃厚な逢引もない。王城なんてそこらへんの空き部屋でえっちなことしてるんじゃなかったの?
何もわからない新人は騙しやすいと、初日から入れ食い状態を期待していたのに全然声がかからない。
それどころか、朝のミーティングでメイド長が笑顔で私を呼んだ。
「今月の奨励賞はミレイさんです!」
「ここのトイレってこんなに綺麗になるのねぇ」
「ずっと備品管理課に頼んでたのに直してくれなかったロッカーも直してくれたし」
「ミレイの作ってくれたお掃除棒、すごく便利よね」
「大型新人が入ってきてくれたわ」
ただ単に、チャンスを待つために掃除をしていたとは言えない。メイド仲間のみなさんにニコニコと我が事のようにお祝いされると、下心しかない私は居心地が悪い。もっと真面目に仕事しないとな。
「あの、ちょっといいかな」
ちょっと格好いい文官の男の人が私を呼び止めた。
「いつも真面目な君が気になって。結婚を前提に付き合ってください」
(チガウ、私は誠実な恋人が欲しいわけじゃない)
そもそもあまり真面目な勤務態度とはいえない。ちゃんと仕事はしているけど。
片っ端からお断りしていたら、逆に「あの子は身持ちが堅い」なんて言われる始末。
むしろ男の人のガードが堅すぎる。小説では、特定多数の男性を相手にしている女性はみんな男のほうからグイグイ身体の関係を迫ってくるのに……。自分に魅力がないのかと自信をなくしてしまう。
胸は両手で包むとカフェオレボウルを伏せたような丸みがある。柔らかくハリがあってツンと上向きで、美乳っていってもいいと思う。腰は細め、尻は……ちょっと小さいかも。顔は清純派美人と言われたりもする。ちょっと前までは清純派を地でいってたので仕方ない。いきなり妖艶にはなれないのだ。
でも、このミルクティーを彷彿とさせる淡い金髪を巻いたら、ちょっとは色っぽくなるかな? それとも目尻や口元にホクロでも描いてみようかな。
『ミレイの瞳は湖のように澄んだ色だな』
目元を見ていたら、ふいに同級生が言った言葉を思い出した。湖の色という形容が気に入って何度も自分の中で使っている。そんなことを言ってくれた彼の瞳は夜の海のような深い青をしていた。
「あいつ、元気かな……」
そう言えば、騎士志望だった。卒業間際に急に怒り出して、そのまま今に至る。正直、なんで急に怒り出したのか未だにわからない。一緒に城で働けると思ったのにとかなんとか。ということは、奴も城勤めか。騎士の詰め所も積極的に掃除しに行ってるけど、まだ鉢合わせしてない。そのうちに会えるかな。
そんなことを思い出しつつ、なんの成果もあげられないどころか、よからぬ噂(※身持ちが堅い)まで流され、どう汚名返上するべきかと悩んでいた、とある日の午後。
「ミレイ!? なんでこんなところにいるんだよ!」
騎士隊服を纏った、かつての同級生のマイケルがいた。
「半年前からメイドやってる」
「おまっ、メイドって! 官吏の推薦蹴っ飛ばして、女子受けする雑貨屋を開くって言って先生泣かせたヤツが何やってんだよ! あ、あれだな。やっぱり雑貨屋が流行らなくて借金まみれになったんだろ!」
「雑貨屋は今でも大繁盛だよ。……なぜか女の子じゃなくて職人気質のおじさんばかり買いに来るけど……」
「……何を置いたら、その客層になるんだよ……」
頭が痛いとばかりに眉間を押さえるマイケル。
なんだろな。なんで私の周りではこんなポーズをする人が多いんだろう。
「まぁ、いい! 天の助け! ちょっと手伝ってくれ」
私はこれから(本命の)騎士休憩室の掃除があるのに。
騎士がいない時間に掃除をするのが鉄則だけど、ふらりと来た騎士に『悪い……、今激しい稽古の後のせいで昂ってしまって……。治めてくれ』なんて襲われる展開を待っているんだけど。ちなみにコレは昨夜読んだ本の展開です。
私の意思関係なしに、腕を掴み引っ張っていく。
「第三師団所属、テグラー従騎士入ります」
開けた扉の中には、血走った目をした官吏が数人、沢山の書類と格闘していた。
「助っ人を連れて来ました!」
声を張り上げるマイケルに対して、なんでメイド? みたいな顔をする官吏たち。
「この強度計算やってくれ」
マイケルは官吏たちと私の戸惑いを気にせず無造作に手前の書類を私に差し出す。
仕方なく書類を受け取ると、軽く一瞥し、理屈に合わない数字を見つけ、元の製図と照らし合わせ訂正しつつ、強度を計算する。
「確認お願いします」
一番偉そうな人に持っていくと、周りからは「もう!?」「はやっ」などと小さい声があがるが、偉そうな人は黙々と計算機を片手に確認している。
「よし! 即戦力だ。あと、三ヶ月でなんとか終わらせるぞ!」
偉そうな人は書類から顔をあげるなり、高らかに宣言したのだった。