【第一章】
1.悪役令嬢は主人公を観察する
それは、学園の裏庭にあるベンチの上で行われていた。
ベンチに座る男の上に、向かい合って女が跨がり腰を揺らしている。
「んっ……ぁあっ」
腰が大きく動くたびに、ぐちゅっぐちゅっと粘り気のある水音が辺りに響く。
「はっ……中締まる……すごく気持ちいいよ」
男は荒い息を吐き、女の蜜壺の中をゆっくり深くかき混ぜながら下から突き上げる。
「ここには誰も来ないから声を我慢する必要はないんだよ。もっと可愛い声を聞かせて……」
そう甘く囁いて、男は女の胸の頂きに舌を這わせた。
「あっ、あっ、やぁ……それダメぇ」
男の膝の上で追加された快楽により女が仰け反り、普段は綺麗に編み込まれた長い髪が解けて、白い背中から辛うじて腕に掛かったままの制服をも覆い隠す……。
◆◇◆◇◆
(あー、隠れて見えなくなったじゃん!)
せっかく綺麗な背中から大きな胸までバッチリ見えていたのに、今は彼女の長い髪でほとんど隠れてしまった。
(今日の私のオカズがぁ)
ベストポジションだと思っていたベンチ斜め向かいの茂みの中、私は悔し涙を流す。
あとは彼らの睦言と擬音に集中するしかない。
気を取り直して再びベンチに目線を固定し、耳を澄まして映像は妄想で補う事にした。
◇◆◇◆◇
「あっあっ、もう……」
「ハァッ、ハァ、イク?……イクなら言って、もっと激しくしてあげるからっ!」
パンッ、グチュッ、パンッ、グチュッ。
「もっ、ぁあ……イッ、イッちゃうっ!」
クチュ、グチュッ、クチュ、グチュッ。
「あん、あっぁぁぁーー!!」
「イッた? じゃあ、僕も出すよっ!」
パンパンッ、パンパンッ、パンパンッ。
「あっあっ、あっ、あぁぁんっ」
「クッッッ!! あっ……ハァ、ハァッ」
「んっ……アツいのっ、イッパイ、きもちぃ」
「ハァッ……ハァッ、まだ、抜きたくないな」
「私はまだ魔力残ってるから、まだできるよ」
「すごいな、僕も、もう一回分はあるかな」
「じゃ……しよ?」
「可愛い、君は最高だよアナリア」
「ハーメル様……」
ちゅっ、ちゅっ、ちゅ。
◆◇◆◇◆
(あ、また始まっちゃった。名残惜しいけど、そろそろ授業が始まるから行かなくちゃ)
次第に激しくなる水音と甘く響く声に後ろ髪を引かれながら、私はその場を後にした。
私の名前はイリーナ。
これでも公爵令嬢だったりする。
ベルナル公爵家の一人娘だ。
それらしくないのは、しょうがない。
学園の入学式で前世の記憶を思い出してしまったから……。
前世の記憶と言っても、名前や家族構成などは覚えていない。
鮮明に覚えているのは、趣味が小説を読む事で、大学生になるとTL小説を好んで読んでいた事。
TLとは、ティーンズラブの略で、イケメンと主人公のラブラブストーリーにラブラブエッチ有りな女性向けの小説だ。
そして社会人になってからは、休日になると大好きなTL小説の同人活動に力を入れていた。
そんな楽しい思い出だけが、走馬灯のように頭の中を駆け巡ったのだ。
ソレを思い出したところでなんだ? と思うでしょう。
入学式に壇上に上がった生徒会長を見るまでは、私もそう思っていた。
公爵令嬢の口が少し悪くなって、思考がエッチになったくらいなら問題はなかったのに……。
2.悪役令嬢は報告する①
午後の授業を受けて、放課後の観察を終えた私は生徒会室に向かった。
重厚な扉をノックをすると、こちらから声をかける前に「入れ」と入室の許可が降りた。
「今日はどうだった?」
私の顔を見るなり報告を促す生徒会長。
この時間、生徒会室には彼しかいない。
「今日のアナリアのお相手は二人です。一人は放課後に、近衛騎士団長の御子息です。もう一人は……」
「もう一人は?」
言い淀む私を観て、会長が面白そうに聞き返し先を促す。
「北の侯爵子息のハーメルです。昼休みに学園の裏庭で……途中で授業が始まり観察を終了しました」
「確かハーメルは、お前の婚約者だったな。ついに一線を越えたのか」
「そうですね、ずいぶん相性がよかったみたいなので、こちらの婚約は解消されると思います」
「それでいいのか?」
「所詮は幼い頃に高い魔力量だけで決められた家同士の婚約です。それに、私は欠陥品ですから」
そう自虐を込めた言葉を吐き、少し悲しそうな顔を作る。
こうして権力のある第三者に、私が婚約者に蔑ろにされていて、ハーメルの事をなんとも思っていないと言っておく事が大事なのだ。
私は詳細な報告書を会長に手渡した。
生徒会長の名前はカリッド。
この国の第二王子でもある。
私は入学式の時壇上に立つ彼を見て、アナリアとの絡み絵を思い出した。
それは前世で私が大好きだったTL小説【イケメンは高魔力な私のトリコ】の主人公アナリアとカリッドの物語の挿絵だった。
そう、よくある転生小説アルアル。
好きな物語の登場人物になっちゃった! 的なアレです。
秒で状況を呑み込んで、静かに入学式に参加した私を誰か褒めてほしい。
でもこの時はまだ、彼とこんなに関わる事になるとは思っていなかった。
◆◇◆◇◆
【イケメンは高魔力な私のトリコ】
この小説の世界の説明は、今から三百年前に遡る。
日々増え続ける魔物に対抗する結界魔法を維持するために、人々は高魔力を保持する者を必要としていた。
高魔力の男女から生まれた子供は高魔力を保持している。
ゆえに、最も高魔力を持つ一族が国を作り国王になった。
そして結界維持に貢献できる魔力量を持つ者たちに爵位と財を与え、貴族同士の婚姻により結界は維持されていた。
それから百年の時が経ち、魔力には相性がある事がわかってきた。
相性のいい魔力の交配は、さらなる高魔力として受け継がれる。逆に相性が悪いと子の魔力が半減する事も判明した。
魔力の相性は、性交時の快楽が強いほどいい。
そこで、子を作らず相性を確かめるために避妊魔法が生み出された。そして、貴族の血統を守るために女の膜を再生する魔法を使える者を神殿に囲った。
これにより、貴族は相性確認という名の快楽を求めるようになった。
ただし、相性を確かめる行為を行うには条件があり、必ず男女共に避妊魔法が使えなくてはならなかった。
どちらか片方だけでも効果はあるけれど、魔力が不足していたり疲れているとまれに失敗する事があるため、確実に避妊するために決められた法だ。
さらに学園で避妊魔法の試験を行い合格者には許可証が発行されるようになり、それをお互い提示する事で安心して相性確認ができた。
これにより優秀な高魔力者が増えて、今から百年ほど前、結界の維持をしながら魔物の討伐が行われ、この大陸から魔物が消えた。
そして、現在は結界を大陸全土に広げる事で海や空からの魔物の侵入を防いでいるため、今もこの国に魔物の出現報告はない。
魔物の脅威が消えると、結界を維持する貴族以外の高魔力者を必要としなくなった、そして婚姻前に多数の異性と相性を確認する風習は廃れていった。
しかし、相性を確かめる行為事態は今も禁止されているわけではない。
学園に入学すると、慣例的に全員試験を受けて合否も出る。
両者避妊魔法さえ使えれば合法で性交できるのだ。
◆◇◆◇◆
そんな世界なので、未だ学園内では、より強い快楽を求める高魔力保持者たちにより魔力の相性確認行為が行われていた。
ただ、婚約者がいる人たちは、相性がいい相手を他に見つけてしまった時に、婚約解消が大変だからと気遣う人が多いんだけど……何事も例外はある。
つまり私の婚約者がアナリアと魔力の相性確認行為をしていても国の法律上は問題ない。
だから、それを理由に婚約破棄するのは難しい。
話し合いで婚約の解消はできるかもしれないけれど……。
あと一番の問題は、イリーナがこの物語の悪役令嬢的ポジションで避妊魔法不合格者ゆえに、婚姻前に魔力の相性を確認したい派の婚約者に捨てられて嫉妬に狂い主人公のアナリアをいじめる役だって事。
しかもハーメルは当て馬役でカリッドがアナリアの本命だ。
何が悲しくて当て馬役の婚約者に捨てられたくらいで、悪事を働かなきゃいけないのか。
しかも、ラストは修道院行きなのに高魔力持ちだからと跡継ぎのいない高位貴族たちに高額で貸し出され、子供ができるまでナニされるのだ。
物語としてはその展開も嫌いじゃなかったけど、自分がそうなるのはナイわぁ。
子作りは愛があってこそよね。
アナリアを妬まずイジメなければ、修道院行きは回避できると思うんだけど、絶対はないからね。
万が一誰かに冤罪をかけられてもイジメる動機がない事を、今のうちにしっかりアピールしておかないと。
そんな事を考えていたら、会長が私の提出した報告書を見ながら呟いた。
「平民から出た高魔力保持者か。毎日報告する事があるとは、アレは相性確認に余念がないな」
「彼女は相当な魔力量と魔法技術がありますよね。一日に計五回分の避妊魔法を使う事ができるなんて」
「でも、お前の魔力量はそれ以上あるんじゃないか?」
「魔力量だけあっても……私は不合格者なので、相性の確認はできませんから」
「魔力の相性ね、下手な奴らほど気にするんだよ」
「えっ?」
「だってそうだろう? 魔力の相性が合えば、入れて腰を振るだけで極上の快楽が得られるんだ。下手でも関係ない」
「なるほど、相性を確認したがるのは、行為が下手だと自ら宣言しているんですね」
「早く例の仮説が証明できればいいんだが」
「お互いの好意により魔力の相性がよくなる、でしたっけ?」
「それが証明できたら、婚前に複数の異性と相性確認する行為を容認している法を変える事ができるかもしれない」
そう言って、会長は私の頭にポンッと手を置いた。