きずもの令嬢は妹の身代わりに溺愛される

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カバーイラスト:

先行配信日:2022/10/28
配信日:2022/11/11
定価:¥770(税込)
妹の身代わりに出た仮面舞踏会、『傷物令嬢』の私に恋する人が現れるなんて!
それも、セシリオ――あなたは、本当にアルバ帝国の皇帝陛下なの?
正体を明かせず、婚約者となった妹に仕えるメイドとして迎賓館へ……。
セシリオを騙すようなかりそめの生活は、激しい告白とともに破られる。
「リシィ、いやエリザベート……ずっと素顔のあなたを探していた……」
額の傷にキスをされ甘い夜が始まって……大人気コンビ、e-ノワール登場。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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【第1章 いる必要のない宴】



 ここはシレンダ王都中央区、フィンドル伯爵家。刻《とき》は深夜の零時に近づく頃。
 サロンホールには百を超える貴族が集い、豪華な料理やお菓子、強いお酒を酌み交わしていた。社交界シーズンの今、毎日のようにシレンダ中で見られる景色だけど……今日は少し、趣が違う。
 ただの社交界ではなく、仮面舞踏会――誰もが華やかな仮面で顔を隠していた。
 これは平常の、コネクション作りを目的とする社交界とは趣が異なるものだ。容姿も家柄も分からなくすることで、純粋に人間同士、会話やダンスを楽しめる。不道徳な目的で行われることもあるが、今夜のそれはあくまで余興。パーティーが始まってずいぶん経ってから仮面が配られたため、ほとんど身元が割れている。
 ――門前で出迎えた、主催者《ホスト》ならば、全員に。
「おや、まだ門前《こんなところ》にいたのですか――レディ・サニア」
 背後から呼びかけられて、私はビクリと肩を震わせた。振り返ると、屋敷を背景に男がひとり、ワイングラスを片手に立っている。黒鉄の仮面で顔を半分隠してはいるが、美しく整えた口髭が特徴的な紳士だった。私はカーテシーをして見せた。
「はい。本日はゲスト様をお迎えし、余興用の仮面をお渡しするのが私の仕事でございます」
「もうずいぶん夜も更けましたよ、宴も終盤です。あなたも宴を楽しまれてはいかがですか、レディ?」
 紳士の手が私の肩を掴み、ぐいと引く。私は慌てて首を振った。
「い、いえ、そうはいきません。ここで仮面をお渡ししないと、仮装の意味がなくなってしまいますので」
「もう新たなゲストなんて来ないでしょう。さあ、暖かいところへ行きましょう……レディもそれをお望みでしょう?」
 紳士の手が、私の腰をツウと撫でる。全身に鳥肌を立て、硬直した私の耳に唇を寄せ、紳士はそっと囁いた。
「先日の社交界で、あなたの『趣味』を耳に入れました。なんでも無類の美男子好きだとか」
「……えっ?」
「一夜の火遊び、僕ではお相手が務まりませんか? レディ・サニア……」 
「っあ――すっ……すみません! 失礼いたします!」
 私は悲鳴を上げ、慌ててその場を駆け出した。
 あの紳士に対し、無礼だと激怒したわけではない。ただ、素顔《ボロ》が出そうになったから逃げただけ。
 今夜の私は、長時間の対話ができない。
 なぜなら私は、彼らが思っている女性、サニアではない。その姉――『傷物令嬢』こと、エリザベート・フィンドルなのだから。

 社交界シーズンを迎えたシレンダ王国では、毎夜のようにあちこちで夜会が行われている。有力貴族とのつながりを作る絶好の機会で、主催者《ホスト》にとっては一大イベント。家族総出で、最高のおもてなしを準備する。
 フィンドル家の次女、サニアは、屋敷の門前でゲストに挨拶するのが仕事だった。それを聞いたサニアは、「えーっ!」と甲高い声で叫んだ。
「いやだぁ、門前って、屋敷の外じゃないの。それに社交界ってお偉いさんばっかり来るってことでしょ? わたしそういうの無理」
「そ、そう言うなサニア……ただ招待状を確認して、中へお通しするだけだから」
「いちいちカーテシーとかしなくちゃいけないんでしょ? 嫌なのよアレ、腰が疲れてきちゃう」
「文句を言うなサニアっ。主催者の家の者がまずお迎えするのが、この国の社交マナーだ。従僕《フットマン》など置いていたら、貴族社会の笑い者だ」
「だったら、リシィお姉様が出ればいいわ!」
 突然、サニアは大きな声でそう言った。
 私は顔も上げなかった。サニアの提案が蹴られるのが分かっているから。
 案の定、父は呆れたように嘆息した。
「サニア……何を言うんだ。無理に決まっているだろう」
「あらぁどうしてぇ? お姉様はこのフィンドル家の長女だし、幼い頃から令嬢教育も完璧でしょう。このドレスも、わたしよりお姉様のほうが似合うと思うわ。血のように赤くて、重くて、可愛くない。『傷物』のリシィお姉様にぴったりじゃない!」
 ズキッ――分厚く下ろした前髪の奥で、古傷が痛む。私が俯き、呻いている間に、父と妹の会話が続いている。
「無理を言うなサニア、エリザベートに務まるわけないだろう。アレが顔を見せたとたん、ゲストは悲鳴を上げて逃げてしまう」
「だったらわたしも参加しない。年頃ですもの、パーティーの会場で、素敵な男性のアプローチを待つわ」
「それはゲストが皆到着して、夜が更けてからでいいだろう。受付をしないとパーティーも始まらないぞ」
「うーん……お顔のよい男性は来るかしら?」
「ああ来る来る、いっぱい来るとも!」
 こうして、父はうまくサニアを乗せることに成功し、無事にパーティーが開かれた。
 最初のうちはサニアも、ちゃんと働いていたらしい。ゲストたちはみな上機嫌で、パーティーを楽しんでいるようだった。屋敷中に響く笑い声、賑わっている様子を、私は厨房で聞いていた。メイドと同じ服装で、煤だらけになりながら。
「ふう、お料理やお酒の進みが早い……本当に盛り上がっているのね」
 こうして料理や汚れ仕事を行うのは、いつものことだった。
 私が社交界に出ることは許されない。私も重々承知しているので、ただ粛々と、料理を作り続ける。
 ところが夜も更けてきた頃、急に父が厨房に飛び込んできた。その手に、サニアが着ていたはずのドレスを持って。
「大変だエリザベート! サニアが逃げた!」
「えっ? ど、どこへ?」
「知らん! とにかく門前がカラッポではパーティーが始まらん。エリザベート、おまえがしばらく場を繋いでくれ」
「わ、私がですか!?」
 私は身を竦《すく》ませた。
 突然、こめかみのあたりにズキンと痛みを覚えた。幻痛《げんつう》だ、傷は完治しても、傷跡が時々ひどく痛む。 
 私の顔面には、大きな傷跡があった。額から右側の頬骨にかけて、三日月型の刃物傷だ。
 この傷のせいで……正確には傷の原因となったとある事故のせいで、私は家族だけでなく、貴族会の鼻つまみ者だった。誰もが私の顔を見ると、ギョッとして息を呑む。心優しい人は胸を痛め、「そんなに綺麗な顔をしているのに、可哀想に」と慰めてくださる。だけど傷の原因を聞くと、憐れみの視線は侮蔑に変わる。時には酷い言葉で侮辱もされるのだ。
『顔も心も、醜く穢れた傷物』――と。
 私は髪を手で寄せ、傷を隠した。この五年間で沁みついた癖だ。だが父は、無理やり私の顔を上げさせた。前髪を毟るように持ち上げて。
「ああそうだエリザベート、おまえが『傷物』でさえなければ、サニアに無理をさせずとも、この家は安泰のはずだった。おまえは公爵令息と結婚し、このフィンドル家を盛り立ててくれるはずだった」
「い、痛っ――」
「それが、何もかも台無しだ! 貴様のせいで!」
 前髪が数本、ブチブチと千切れる音がする。涙が滲むほど痛かったけど、私は抵抗しない。しても無意味だから。いつも父は気まぐれで、理由がなくても私を叩く。
「家名に傷をつけおって! 修道院送りにするところを、家に置いてやってるだけありがたく思え!」
「は、い……あ、ありがとうございます……」
「これはその恩に報いる対価だ。消えたサニアの代わりに、門前で来賓を迎えろ。その傷は絶対に見られないように!」
 怒鳴りながら、父は私に深紅のドレスを押しつけた。いや、服の上に何かが乗っている。白い鳥の羽がたくさんついた、美しい装飾面だった。
「これは……仮面?」
「ああ、これなら顔の上半分がすべて隠れる。これで傷跡を隠し、サニアのフリをしてゲストをもてなすんだ」
「そ、そんな、不自然ですわ、ホストが仮面を被って迎えるなんて」
「大丈夫だ、ここからは余興だと言って仮面舞踏会に切り替える。ゲスト全員の顔も分からないようにして、おまえはサニアと名乗ればいい」
 父は早口でそう言った。それで話は終わりとばかりに背を向けて、厨房の扉に触れてから、もう一度振り返って。
「絶対に、エリザベートだと明かすなよ。その傷跡を見られてはならん。おまえの存在は、皆を不快にさせるのだから!」
 乱暴に扉が閉められる。私はただ茫然と、父が消えた後を見つめていた。

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