治癒の力が尽きた少女は敵国の魔術師に拐われる

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先行配信日:2023/01/13
配信日:2023/01/27
定価:¥880(税込)
「治癒の力」を隠し、一人生きてきた薄幸の少女モニーク。
流刑地で働きはじめた彼女が出会ったのは酷い怪我を負った囚人魔術師。
隣国の襲撃を受け、心優しきモニークは自らを犠牲に彼を助けるが……
魔術師アレクは隣国の「国の盾」、知勇兼備の第二王子だった!
「救国の聖女モニーク、君を俺の妃にしたい」
敵国で求婚溺愛生活!?WEBで話題の異世界恋愛短編――二人のドラマを大加筆!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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1 「治癒の力」を持つ少女



 母は死の床でモニークの手を握ってこう言った。それは何度も何度も繰り返された言葉だった。
「モニーク。決して、あなたのその力を誰にも言ってはいけない。悟られてはいけない」
 七歳だったモニークは、泣きながら母に力を流し込み続けた。幼いモニークのまだ拙い治癒能力は、まさに命尽きようとしている母の苦しみだけは取り除くことができたらしい。モニークの手を握りしめる力が緩み、安らかな呼吸を二、三度ついて、母は帰らぬ人となった。
 この国、ラガンサは政情が不安定で、長い間隣国ベレイリアとの小競り合いを繰り返している。そのため魔力のある平民を躍起になって探しているらしい。攻撃系の能力を持つ者は前線に。治癒や癒やしの能力、いわゆる「聖なる力」を持つ者はさらに貴重で、力尽きるまで戦場の兵士を治癒しつづけるか、聖人聖女に祭り上げられて神殿で扱き使われるか、強欲な貴族に囲い込まれて政治の道具になるか。たとえわずかな治癒の力しか持たなくても、魔力を酷使することを強要され若くして亡くなる者も多いと聞く。
 母を亡くし天涯孤独となったモニークは生きるために必死だった。孤児院や修道院に行くことも考えたが、誰かと暮らすと自分の魔力を悟られてしまうかもしれない。母に言われた通り「治癒の力」を完全に隠して誰にも悟られぬよう生活するために、まだ幼いモニークは一人暮らしを選んだ。
 幸い、母と暮らしていたのは祖父母の代からの持ち家で、森にほど近い辺鄙な場所だが住むには問題なく、小さな畑と森の恵みによってなんとか一人でも生き永らえることができそうだった。
 洋服や日用品は畑で取れた野菜や薬草などを売ることで手に入ったし、貯えはなかったもののさほどの不自由はなかった。母が遺した何冊かの本で読み書きを覚え、村の人たちとも頻繁ではないが交流していた。
 一度、ギルドに立ち寄ったことがある。この地区のギルドでは、登録した魔力持ちや冒険者の他に一般市民への職業斡旋も行っているからだ。掲示板に目をやると、ズラリと並んだ求人のほとんどは隣国との諍いに投入する戦力となる者、そして治癒の力を求める内容や回復薬製作に関する依頼が多い。
 通いでどこか下働きの仕事があればと思ったのだが見当たらない。この物騒な世の中ではしっかりとした紹介状もなく平民を屋敷に入れようという家はないのかもしれない。モニークは外で働くことを諦め、今の細々とした日常を繰り返すことにした。
 そして月日は流れ。
 ますます政情不安が大きくなったこの国は、国内の窮状を転嫁するためか隣国ベレイリアになだれ込むように攻め入り、ついに本格的な戦争が始まった。
 十六歳になったモニークは、貧しい村のすぐそこまで迫ってきた戦火を逃れるため泣く泣く家を捨て、大勢の村人たちと一緒に南を目指した。より国境から遠くへ。王都近郊ではまだ平穏な生活が送れていると聞いて南へ。
 途中、野盗に襲われたり飢えや病に冒されたりしながらも、モニークと共に行動していた二十人ほどの村人たちは誰一人大事に至ることなく旅を続けていた。不思議なことに不衛生な環境でも皆の傷口が膿むことはなく、病気も重篤にはならない。モニークがやんわりと治癒の力を張り巡らせていたおかげであると気づく者は誰もいなかった。
 王都まであとふた山を越えれば辿り着くというところに大きな鉱山の町があった。ここはこの国の人間なら知らぬ者はいない流刑の地。死罪になるほどではない罪を犯した者、簡単に死なせてはもらえない罪を犯した貴族や政治犯などが手枷足枷をつけて働かされている場所だ。
 漂う不穏な空気に、皆が足早に鉱山の町を通り抜け王都への路を急ごうとしたとき、何人かの老人が思い詰めたようにここに残ると言い出した。王都に辿り着いたとて住居や仕事を得られるとは限らない。ほうほうの体で村を逃げ出した年嵩の者たちにとって、ここから二つの山と峠を越えることはもう体力的にも精神的にも無理のようだった。
 泣く子も黙る流刑地では、下働きの人手が不足しているという。特に今は国家に対し不満を持つ者への粛清が厳しく、次々と政治犯が送り込まれてきているようだ。たとえ年寄りでも何かと職もあるだろうと、人里の辺りに老人たちを置いて他の村人は出立した。モニークは迷った挙げ句、下働きの職を得られるならと老人たちと共に流刑の地に留まることにした。
 鉱山に関係しそうな建物をいくつか回って住み込みの仕事がないかを尋ねてみると、いちおう職業斡旋所のようなものがあるという。老人たちと一緒にそこを訪れ、男たちは農作業や清掃、女は鉱山の施設での下女のような仕事をそれぞれ斡旋された。
 鉱山では罪人や看守の身の回りの世話や宿舎の清掃など、仕事はいくらでもあった。斡旋所の職員が言うには、幸いなことにこの地を管理している領主は情勢を冷静に判断できる賢明な人で、明日王家が転覆するやもしれないというこのご時世で政治犯を手荒に扱うことはできないと、流刑地でありながらある程度の規律と秩序が保たれるよう目を配っているらしい。
「年若の女性でも、油断しなければそれほど危ない目には遭わないよ」と言われ、モニークはほっとした。村を出るのも外で働くのも初めてだ。仕事がきついのは仕方ないが、治安がそこそこ保たれているのはありがたい。
 とはいえ、なんの後ろ盾もない新人下女が放り込まれたのは過酷な職場で、危険な鉱山労働により病や傷を負い動けなくなった囚人たちの世話係だった。モニークが任されたのは鉱山宿舎の西棟の一角。格子で仕切られた一部屋に二十人ほどの傷病人が収容されていた。西の棟にはそのような部屋が三つあって、全員の身の回りの世話を数人でやらなければならない。
 ろくな手当てもされていない傷病人たちは床に並べられた敷物の上に寝かされていた。辛うじて部屋の清掃はされているのだろうが、環境は劣悪だった。
 ずっと一人で暮らしてきたモニークにとって、幼い頃亡くなった母以外の誰かの世話をするのは初めてのことだった。要領もよくわからないので、まずは怪我の状態を確かめながら彼らの体を綺麗にしていこうと思った。
 桶にたっぷりの水をくみ、皆のボロボロの衣類を剥ぎ取って洗った。着替えがないのでとりあえず倉庫からシーツや古布を出してきて巻きつけた。近くの山や草原で消毒効果のある薬草をいくつか見つけ、煮出した汁で片っ端から体の清拭をする。
 囚人が寝かされている敷物はひたすら洗い、乾けばまた他の人の敷物と入れ替えた。散髪もした。虫がわくのを食い止めるためだ。一日中湯は沸かしっぱなし、山から吹き下ろされる空っ風は洗濯物をよく乾かしてくれた。
 初めのうちは拭いても洗ってもそこらじゅう酷い匂いだったが、毎日繰り返すうちに少しずつ皆がこざっぱりしていく。
 さらにモニークは傷病人たちに目立たない程度に少しずつ治癒を施しながら世話を続けた。おかげで彼らの怪我や病気はそれ以上膿んだり悪化したりしなかった。かと言って劇的に治癒するわけでもなく相変わらず起き上がることはできない、その程度の治癒を慎重に。
 体が清潔になると彼らは食欲も増し、食事が摂れると体力が戻ってくる。傷も病も癒えていく。それは「適切に世話された結果のごく自然な回復」に見えた。
 西の棟での働きが認められたモニークは、そのやり方を他の下働きの者たちに指導するように言われた。その後も担当する場所を移動しては、やんわりと治癒を施しながら薬草水の煎じ方や自己流の世話の仕方を伝えていった。
 ある日、モニークは看守に連れられて初めて北の棟へとやってきた。ひときわ物々しい雰囲気のそこは幾重にも頑丈な扉に遮られている。小さな部屋のひとつひとつに鉄格子のはまった、拷問を受けるような重罪の受刑者の独房だった。
 空いている房も多いが、収容されている者はすべて壁に手枷で繋がれている。体には明らかに労働でついたものとは違う、ムチや火傷の跡がある。
 ひとりひとり、看守と一緒に独房の中に入って世話をする。部屋を清掃し、薬草水で体を清め、その場で衣類を洗って換気口の前に干す。乾けば衣類を着せるが代わりの服などなく、それまで囚人たちは寒い独房で素裸のままにされた。
 モニークが薬草水で傷を拭ってやると、顔をしかめる者、無表情な者、こちらを睨みつける者、あるいは気を失ったままの者。反応はそれぞれだ。
 モニークはここの囚人に治癒の力は使わないほうがいいと思った。看守立ち会いでひとりずつ世話をしているし、裸体だと傷の状態がよく見える。不審に思われるようなことは避けたい。
 しかし、一人の男の背中の傷口がどうしても気になった。手枷足枷の他にずしりと重い首枷までつけられたこの男は深いムチ傷が酷く腫れ、血管に沿って体中に膿が回っているようだ。熱も高く、呼吸も荒い。このままでは数日中に死ぬだろう。
 仕方ないことだ。この男はここまでの拷問をされる罪を犯した。モニークは哀れみの心を振り払って黙々と清拭をした。そんなとき。
「……ありがとう」
 鎖に繋がれて俯いたままの男の、汚れた長い灰色の髪の隙間からモニークにしか聞き取れないほどの掠れた声がした。モニークは何食わぬ顔で薬草水を浸した布を男の体に滑らせながら、背後に立つ看守に声をかけた。
「……髪を切っても?」

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