大夜会のあと、見知らぬ騎士と 一夜の過ち、いいえ、騎士副団長の真摯な溺愛です

著者:

カバーイラスト:

先行配信日:2023/01/27
配信日:2023/02/10
定価:¥880(税込)
華やかな運命の恋なんて、私にはないと思っていたのに……。
年に一度、騎士団の武勲を祈念して行われる盛大な大夜会の日。
見知らぬ優しく逞しい騎士と結ばれた真面目な平民事務員マーサ。
まさか彼が第四騎士団副団長、侯爵令息ダニエル・ロンバートだなんて。
本気の求婚を信じられず、彼の知らないところへ姿を消すマーサ。
真摯にマーサを求め捜すダニエル。人気WEB小説、感動大加筆完全版。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

立ち読み
see more

1 副団長ダニエルと事務員マーサ


 今宵は、年に一度だけの大夜会。
 王宮で開催される他の夜会とは少しばかり趣きが違って、男性のほとんどが騎士の礼装。並べられる料理も豪華で、供される量も段違いに多い。今宵だけでいったい何樽分のワインが運ばれてくるのだろうか、グラスを運ぶ給仕の動きもあちらこちらと忙しない。
 新しい年の始まりに、騎士団のこの一年の武勲を讃えて行われる大夜会。とはいえこの国の騎士全員が参加できるわけではなく、要職に就く者や報奨を賜った者、推薦された者だけが今宵は王宮に上がることができ、騎士職に在る者にとって大変な栄誉とされる。
 そんな将来有望な騎士たちを狙う貴族の子女、王宮侍女、事務官などの女性たちが、コネというコネを駆使して今夜の招待状を手に入れ、王国全土から集まっていた。
 屈強な騎士たちはダンスも達者。ただでさえ舞い上がっている女性たちはその巧みなリードに心を鷲掴みにされて。普段どんなに粗忽であろうと女癖が悪かろうと多少見目が悪かろうと、なんなら既婚未婚もお構いなし。正装の白い騎士服と胸に輝く勲章、プラス夜会の雰囲気で帳消しどころかお釣りがきてモッテモテである。
 しかし第四騎士団の副団長、ダニエル・ロンバートは数年ぶりの大夜会の雰囲気にハッキリと辟易していた。
 辺境とのパイプ役だけに遠征の多い第四騎士団が王都に長く滞在するのは、一年のうち予算編成が行われるこの時期のみだ。本当なら第四騎士団からは団長夫妻が列席するはずだったが、遠征の予定がずれ込みまだ帰還していなかった。代わりに一足先に王都に戻っていた副団長のダニエルに、騎士団総局から大夜会への列席要請が来たのだ。第四騎士団から誰も行かないと、辺境情勢が不穏なのではないかという印象を与えかねない。とにかく今王都にいる騎士の中でいちばん偉いヤツが来るように、と。たまには公の場に顔を出せ、と実家の侯爵家からも強く言われて、ダニエルは渋々と大夜会にやってきた。
 稀覯の副団長は、黒髪に深いグリーンの瞳。がっしりとして均整の取れた長身。第四騎士団の荒くれ共を剣技で捩じ伏せているとは思えない優雅な身のこなし。本来なら二重にも三重にも女性たちに取り囲まれるところだが、なぜか今夜はひとり、舞踏の間の柱に凭れて腕組みをしている。
「おや。珍しいな、ロンバートが夜会になど」
 ダニエルに声をかけてきた壮年の近衛騎士は、白に金糸の刺繍が施された正装の騎士服を纏い、胸元にいくつもの勲章を輝かせ、我先にと群がる令嬢たちを先ほどから順番に骨抜きにしているらしい。腕には妖艶な美女をぶら下げ満足そうだ。ダニエルは「今日は奥方はどうなさったのですか?」と言いそうになったが口を噤む。
「……団長の帰還が遅れてるんです。私は代役ですよ」
「代役か。せっかくの場に……なんだその格好は」
 蔑むような相手の口調にダニエルはふふ、と微笑んだ。
「正装がキツくて入らなかったんです」
 そう、今宵ダニエルは正装である白い騎士服を着ていない。辺境軍の軍服を着ているのだ。
 ひと言で騎士団、といってもその職務は多岐にわたる。近衛騎士に市街地の警備、事務職に就く女性も騎士団員だ。そのなかもダニエルたちは「辺境軍に所属する」騎士。普段は騎士服ではなくこの「軍服」と呼ばれるものを着ている。着古した土色のジャケットに、飾り気のない白いズボン。長く筋肉質な脚を、さすがに泥は落としてきたがかなり古びたブーツに押し込んでいる。赤い襟元はやや緩めて日焼けした首筋がちらちらと見えている。勲章の一つもつけず、少し癖のある黒髪を無造作に下ろして目元に被せ、夜会場の端にある大きな柱に凭れかかっている。ドレスを着た淑女たちの中にメイドが混ざっているようなものだ。
 実家に放置されたままの白い騎士服に久しぶりに袖を通そうとしたら、窮屈すぎて着られなかった。何年も辺境を飛び回っているうちに昔とは比べものにならないほど鍛え上げられた身体になっているのだから当然だ。慌てて仕立て直そうとする家人を止めて、普段の軍服のまま夜会にやってきたのだ。
 ダニエルはこのような夜会で女性の相手をすることが心底面倒だった。これまで酔っ払ったフリをしてみたり、想い人や婚約者がいると嘘をついたこともあったが、まったく効果はなく女性に絡まれまくった。冷たい態度を取っても堪えるどころかキャーキャー言われる。あのしつこさはもはや恐怖でしかない。
 だが今夜は今のところ女性に囲まれるようなこともなく、作戦成功だとダニエルはこの状況に満足していた。たった一人の令嬢とだって踊る気はなかった。第四騎士団からの列席という義務だけを果たして早々に退出するつもりだ。見た目、大事。軍服ばんざい。
 実はダニエルが第四騎士団の副団長で、将来は侯爵位を継ぐなどと令嬢たちに知られたら、ヘロヘロになるまで付き合わされることだろう。補佐官からは「閣下みたいな有望独身貴族は、薬を盛られることもあるらしいですからね。お気をつけて」と心配された。ほんとうに盛られたりしたら大笑いされてしまう。
 ダニエルは数人と当たり障りのない会話をしていたが、しばらくして招待客のなかからするりと抜け出した。もう充分だろう。
 長い足でスタスタと人混みをかわし会場を退出した。数人の女性がその整った立ち姿を目で追うが、ずしりと重いドレスを纏った令嬢たちが追い縋れるような速度ではない。中庭に面した通路を闊歩しながら左手で襟元をより大きく緩め、顔周りの黒髪を二、三度掻き上げた。
「……っダニエル!」
 そこへ背後から声をかけられ、振り返る。宴もたけなわ。警備の衛兵はぽつりぽつりと立っているが通路に他の招待客はまったくない。
「驚いたわ! 大夜会で貴方の姿を見かけるなんて」
「パトリシア」
 会場から走って後を追ってきたのだろう、パトリシアの息が上がって肩が上下している。パトリシアの父は全騎士団の頂点に立つシガン総裁。パトリシア本人は騎士団の財務局で働いている。由緒正しい伯爵家の末娘、ふわりとした金糸の髪に白い肌、透き通った碧い眼の整った容姿。むさ苦しい騎士団などで働く必要はまったくないと思うのだが。
「いつ王都に帰ってきたの?」
 ダニエルが逃げないようにか、引き留めるように軽く腕に手をかけて上目遣いにこちらを覗き込む。
 母親同士が遠縁で、幼い頃から交流のあるダニエルとパトリシア。年齢も近く、結婚してはどうかという話もあったのだが。
「今朝だ」
「そう……だから軍服なのね」
 土色のジャケットの肘のあたりを白い指でトントン、と突かれた。
「ダンスに誘ってはくれないの?」
 小首を傾げるパトリシアに、ダニエルは柔らかく微笑んだ。
「……疲れていてね」
 せっかく軍服姿でそこらの平民騎士を装ったのに、パトリシアと踊ったりするわけがない。
「パトリシア嬢! こんなところにいらっしゃったのですか」
 そこへ数人の騎士がパトリシアを追ってやってきた。たちまち男たちにぐるりと囲まれ、作りものの笑顔を浮かべるパトリシアに背を向けて、ダニエルは足早にそこから立ち去った。
 本来なら車寄せで馬丁に声をかけるところだが、自ら愛馬を連れに行くため門を通り過ぎまっすぐ厩舎へと向かう。広い中庭のガゼボを挟んで大広間と反対側まで来たところで、ダニエルはぴたりと足を止めた。
「…………?」
 少し離れた植え込みの陰で、三人の騎士が何やら囁き合っている。どこか不穏な空気を感じ取り、ダニエルは足音を忍ばせ彼らの背後へと近づいた。
「まだ仕事してるぜ……オッサンと」
「気の毒になぁ。せっかく大夜会で王宮に来たってのに」
 三人の視線の先を辿ると、中庭にいくつかあるガゼボの一つに向き合って座る男女の姿があった。夜のガゼボは足元に薄暗い照明が点在しているが、そこだけは手持ちランタンがテーブルに置かれ明るく照らされている。二人は寒空に顔を寄せ合い何かを話しているようだが、男女の逢瀬という雰囲気ではない。植え込みの陰に潜んでいる騎士たちと知り合いなのだろうか。
「……まったく隙がないな。待ちかねてるってのに」
「本人だって、ヤリたくてうずうずしてるんだろ?」
 さらに怪しげな台詞が聞こえてきて、ダニエルは眉を寄せた。
「外套を着込んでいて見えないが、かなり際どいドレスらしいぜ?」
「しかも破いてほしいんだとさ! ビリッビリに」
「へぇ……どうやって帰るんだ?」
「知ったこっちゃない、とにかく朝までぶっ通しでヤれってよ」
 卑猥な忍び笑い。こうなってくると聞き捨てならない。ダニエルは一つ息をつき、身を潜める騎士たちに大股で近づいた。
「……お前たち。何をやってる? こんなところで」
 背後から声をかけられた三人は振り向き、いきなり現れた軍服姿の騎士に怪訝そうな顔をした。しかしそのうちの一人がダニエルの顔を見知っていたらしく、瞠目してすぐにしゃん、と姿勢を正した。
「……あ、は、はい!!! ロンバート副団長!」
「何やら不穏な話が聞こえた気がするが……」
「えっ嘘。ロンバート……副団長!? 第四の!?」
「な、なんでもありません! 失礼しますっっ」 
 三人はぴしりと敬礼し、転がるように駆けて回廊の向こうへと消えていった。いかにも悪いことを企んでいました、というような慌てぶりの三人組に、ダニエルは呆れ返った。明らかにあのガゼボにいる女性を狙って乱暴しようとしていたようだが。いったいどこの令嬢だ? と騎士たちが去った植え込みの隙間からまた様子を窺う。ランタンに照らされたテーブルの上には書類が散らばり、外套に身を包んだ男女が一心不乱に筆を走らせているのが見える。何やら作業中のようだ。

see more
先行配信先 (2023/01/27〜)
配信先 (2023/02/10〜)