黒百合姫は破産フラグを回避したい~腹黒王子は誘惑対象ではありません~

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先行配信日:2023/01/27
配信日:2023/02/10
定価:¥770(税込)
みんな、貧乏が悪いのよ! 黒百合姫ことアーテルの王女リリーは、
破産寸前の祖国を救うため大金持ちの婿を探しに異国の舞踏会へ。
だが誤ってフォクシオンの王子アルスを押し倒し求婚してしまい……。
「表沙汰にされたくなければ僕の恋人役を演じてほしい」
破産フラグも、ひとを脅す腹黒王子との恋愛フラグも回避したい!
人気作家マチバリが贈る、溺愛エンド回避不可能な特別書き下ろし。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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第一章 破産フラグを回避したい


 この舞踏会で失敗したら我が国は終わりだ。
 自分を追い詰めるように心の中でそう唱えたリリーは、油断すれば震えそうになる足をなんとか奮い立たせながらまっすぐに前を見つめた。
 夜会がはじまってすでに数刻が過ぎている。みんなそれなりにダンスを楽しみ終え、適度にお酒を嗜んで、見知った顔との雑談にも飽きはじめている頃合いだ。
 多少不自然な動きをしても目立たないだろう。
「よし……!」
 リリーは小さく意気込みの声を上げると、背筋を伸ばし会場の中央へと歩みを進めた。
 艶やかな黒い髪にオニキスのような瞳。平均的な女性よりも頭一つ小柄な身体。身にまとう紫色のドレスの裾は長く、歩くたびに床を撫でていく。
(ああ重い。でも借り物のドレスだから大事にしなきゃ……!)
 裾が擦り切れないようにとスカートを摘まんで軽く持ち上げ、ゆっくりと足を動かす。
 もし傷や汚れを作ってしまったら返却時にクリーニング代を請求されてしまうかもしれない。それは避けなければ。ただでさえ無理をして少し高めのドレスを借りてしまっているのに。
 ここに送り出してくれた両親の姿を思い出し、リリーは表情を引き締める。

 コーカル大陸の北に位置する小国アーテルは、数年前に起きた土砂災害を皮切りに転がるように財政難に陥っていた。
 他国との流通の要である商業街道が潰れてしまったのだ。結果、輸入に関わる費用が高騰し物価まで上昇。国民の暮らしに暗い影が差した。
 別に王家とて手をこまねいていたわけではない。
 税率だって引き下げたし、売れるものはすべて売り尽くして社会保障費に充てた。だが、どんなに努力しても経済は悪化の一途。
 ついでに昨年から続く干ばつで農業にも大ダメージ。
 なんとか街道を復旧させることはできたが、一度失ったものは簡単には取り戻せない。
 国全体が何かに呪われているとしか思えない状況だった。
 実際、何かに呪われているのではないかと大枚をはたいて魔術師や魔法使いを雇って調査させたり浄化魔法をかけてもらったりしたが、まったく効果はなかった。
 魔力持ちが生まれることが珍しい土地柄と言うこともあり、魔法が使える王族や貴族もほとんどいないため、なんらかの奇跡を起こすことも不可能。
 このままでは国家破産は目の前。
 そんなことになれば国民みんなが路頭に迷ってしまう。
 どこかの国に吸収合併してもらえないかと考えたこともあったが、目立った特産もなく、利用価値もないアーテルを欲しいと言ってくれる国はない。
 下手に出て、国民を奴隷扱いされるわけにはいかない。
「お父様。もうこれしか手はないと思うの」
「リリー……」
 そんな風前の灯火国家アーテルの王女リリーは、悲壮な表情を浮かべる父親である国王に力強く頷いてみせる。
「そんな……お前の幸せはどうするんだ」
「私は王女よ。この国の幸せのためにこの身を捧げなくてどうするの」
 まかせて、と胸を叩けば国王の横にいた王妃ことリリーの母親が「そうよ!」と声を上げた。
「リリー。あなたはこの国一番の美人と言われた私に似て美しいわ。今こそ『黒百合姫』と称される美貌を活かす時よ!」
「まかせてお母様!」
 ひしと手を取り合う母娘を見つめ、無力な国王はがっくりとうなだれた。
 アーテルの王女リリーは母譲りの黒い髪に黒い瞳をしていることから、周囲から黒百合姫と呼ばれている。
 それは彼女の気品溢れる美しさを称えるものでもあり、同時にこの国の紋章でもある百合の名を冠する王女への愛情を込めた呼び名でもあった。
 貧乏な国は王族だからと言って椅子に座って優雅な生活など送ってはいられない。使用人たちに混ざり掃除や洗濯、時には料理だってする。
 文官を雇う余裕もないからと、書類仕事だってこなしたし、時には市井に降りて国民たちの様子見を見て回ることもあった。
 そんなリリーは当然ながら国民たちからとても慕われている。
 本来なら求婚者が引く手あまたでもおかしくないリリーだったが、いまだに婚約者はいない。
 国の懐事情を知る貴族たちは及び腰だったし、国外から貴族を招く余裕もない。かといってまがりにも王族の結婚相手を平民から選ぶわけにもいかない。
 そうこうしている間にリリーは十九歳を迎えていた。美しさは花盛り。
 リリーは国を救うため、現状特に使う予定のない自分の美しさを最大限に活用しようとしていた。
「しかしな、リリーよ。いくらなんでも無茶がすぎるぞ。夜会に潜り込んで、金を持っている男を誘惑するなど……」
「お父様。諦めてはだめですわ」
 リリーはわかっていないわねと言いたげに首を振る。
「フォクシオンで開かれる舞踏会に、この大陸一番のお金持ちであるゴルド商会の跡取りが参加するなんてチャンス、二度とないかもしれないわ!」
 各国を股にかける巨大なゴルド商会。その跡取りであるジェフリー・ゴルドがこの舞踏会に参加するというという情報を知ったのは偶然だった。
 珍しく行商にやってきた旅の商人が、小耳に挟んだ話だが、と教えてくれたのだ。
 なんとも眉唾な情報ではあったが、リリーは藁にもすがる思いでそれに飛びつこうとしていた。
「うーん……もしその跡取り息子にすでに恋人や婚約者がいたらどうする」
「なんとジェフリーは、結婚相手を探している最中らしいの。これはまたとないチャンスですわ!!」
「そんな都合のいい話があるのか? ゴルド商会と言えば飛ぶ鳥落とす勢いの大店。わざわざ社交界で伴侶探しなどするだろうか」
「恋愛主義者らしいのよね。だから運命的に出会った女性を探してるんだって」
「だとしても、簡単にいくとは思えんのだが。舞踏会で、お前がアーテルの王女だとバレたら騒ぎになるぞ」
「大丈夫よ。フォクシオンとはまったく交流がないし、なによりアーテルの知名度のなさは折り紙付きじゃない。絶対にバレないわ」
「悲しいことを言わんでくれ」
 がっくりとうなだれる国王とは真逆に、リリーはぐっと拳を握りしめる。
「だめで元々よ。もし結婚が難しくても、いざとなれば押し倒されたって喚いて賠償金をもぎ取ってやるわ」
 押し倒して既成事実を作ってしまえばこちらのもの。噂によれば、ゴルド商会は貴族との縁を繋ぎたがっているらしい。アーテルは弱小国家とはいえ、リリーと結婚すれば王族だ。各国のトップと縁を繋ぐ地位としてはただの貴族よりずっといいはず。
「リリー。それはただの詐欺だ」
「詐欺でもなんでも、やらなきゃこの国は破産しちゃう。私はそんなの嫌です」
 オニキスのように輝く瞳に決意を湛え、リリーはしっかりと両親を見つめた。
「どうせこのままでは国はなくなって、私はいずれどこかに身売り同然で嫁入りすることになるわ。それなら、この身体を使って少しでもこの国を維持するために努力したいんです」
「リリー……」
「よく言いました! それでこそ私の娘です」
 対照的な表情を浮かべる両親をそれぞれ見つめ、リリーはすっくと立ち上がり拳を振り上げた。
 おおよそ淑女からはかけ離れた仕草だったが、今のリリーはさながら戦いに赴く戦士のような気持ちだったので仕方がない。
「目指せ! お金持ちの婿!」
 こうしてリリーはつてを辿ってドレスや装飾品を借り受け、警備の兵士に賄賂を握らせ、舞踏会に紛れ込んだのだった。

(ゴルド商会の跡取りはどこに消えたのよ!)
 はしたないと言われようが、がめついと思われようが、国の存続のためにはなりふりなど構っていられない。
 大切な家族、仕えてくれる使用人や兵士たち。慕ってくれる国民たち。
 アーテルは吹けば飛ぶような小国だ。だからこそ、みんなが家族のように愛しい。
 本音を言えばリリーだって恋に憧れがあった。許されるのならば、王子様のような人と情熱的な恋に落ちて幸せな夫婦になりたい夢見ていた頃だってある。
 だが、国の危機を前に、王女である自分が夢見ていることなど許されないと、リリーは誰よりも理解していた。
 国の命運を賭けて参加した舞踏会、そこには本当にジェフリーを名乗る男がいた。
 赤毛に少し垂れた緑の目。肉厚の唇の横には小さなほくろ。豪華な衣装に少々キザったらしい言葉遣い。リリーが調べ上げたジェフリー・ゴルドの情報に合致する。
 彼自体はゴルドと名乗っていなかったが、盗み聞きした話題の端々には自分が金持ちの息子であるという匂わせがあったので、まず間違いないとリリーは確信していた。
 最初から目立っては警戒されてしまうかもしれないと、気配を消して壁の花に徹して、彼の挙動をしっかりと観察していた。
 なんと言っても婚活の最中。魂胆がある女の挙動には見慣れているに違いない。
(確実に仕留めるには二人きりになった瞬間を狙うしかないわ)
 決意を秘めてリリーは手袋に包まれた拳を握りしめた。
(どうにかして二人きりになれば、私の魔法でなんとか)
 リリーの持つ魔法は麻痺だ。生命に限るが、触れた対象物を痺れさせることができる珍しいもの。
 と言っても魔力量が少なすぎるので、人間相手なら軽く身体を痺れさせる程度で動きを完全に封じることはできない。
 使い勝手は悪いし、活用方法もほとんどない地味な魔法。しかも一度使ってしまえば、しばらくは発動できないという情けない代物だ。
 せめて植物を発芽させたり、水や風を操って雨を降らせることができるような魔法を持って生まれていれば、国に役立てたのにと嘆いたことは一度や二度ではない。
(ジェフリーを麻痺させて押し倒してしまえばこっちのものよ!)
 今こそこの魔法を役立てる時がきた。
 だが、会場にはすでにジェフリーの姿はない。よもや、自分と同じようなことを考えた女性に先を越されたのだろうか。
 焦る気持ちを必死に隠しながらリリーは会場やその周囲に注意深く目を走らせた。
(……いた!)

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先行配信先 (2023/01/27〜)
配信先 (2023/02/10〜)