第一章 消えた聖女
1.忘れられない過去の傷
お願い、やめて。
もう見たくないの。忘れたいの。
もう終わったことなのに、どうして神は私に試練をお与えになるのですか。
役目を果たしたではないですか。
それなのに、どうして解放してくれないのですか?
私はもう、聖女ではないのに――
「ルナリア、ルナリア!」
私を呼ぶ声に、意識が浮上する。
悪夢から私を引き上げてくれる優しい声。
目を開けると、朝陽に照らされて煌めく白銀の髪と、透き通った赤い瞳が心配そうにこちらを見ていた。
「ルナリア……またうなされていたよ。大丈夫か?」
「……ディラン様」
「こんなに震えて、可哀そうに。……とても怖い夢だったんだね」
ディラン様は私を腕の中に引き寄せ、掛布をかけた。
彼が私の目尻を拭ったことで、自分が泣いているのだと気づく。
まだ心臓が激しい音を上げ、ぎゅうぎゅうと締め付けて苦しい。
また、思い出してしまった。
辛くて、苦しいだけの、二度と思い出したくない記憶。
ディラン様の胸に顔を埋め、込み上げる胸の痛みを堪えた。
あの日々はもう二度と戻らない。
戻りたくもない――
「もう、朝ですね。起きなければ……」
「今日は仕事が休みだから、まだゆっくりできるよ」
そう言うと、ディラン様は私の頬を撫で、額に口付けを落とした。
「疲れた顔をしている。少し眠るといい。悪夢を見ないように、俺がずっとこうして抱きしめているから」
「…………」
「大丈夫。ずっとそばにいるよ」
ディラン様の規則正しい心臓の音と、私の頭を撫でる手が心地よくて、涙がにじむ。
切なくて、苦しくて、彼の背中に手を回して縋りついた。
あの夢を見た後は、酷くみじめな気分になって消えたい衝動に駆られる。
この込み上げる衝動をどうにかしたくて、目の前の彼に縋った。
「ディラン様」
「なに?」
「……抱いてください」
「――いいよ。何も考えられなくさせてあげる」
優しい手が私の顎をそっと掴み、顔を上げさせる。そして唇に柔らかい感触が降りてきた。
「んっ」
「可愛い。愛してるよ、ルナリア」
啄むような口付けから、徐々に深いものへと変わる。彼は私の上に覆いかぶさり、何度も角度を変え、私に愛を囁きながら舌を絡め、口内を蹂躙した。
甘い口づけによって体に火がついた私は、彼の髪が落ちて頬を撫でるだけで反応してしまう。
夜着も下着もすべて剥ぎ取られ、全身を彼に愛撫され、熱が高められていく。彼に何度も愛されたこの体は、与えられる快楽に従順に応えていった。
「あぁっ、だめ! そこはしなくていい! 湯あみしてないから汚い!」
「ルナリアに汚い所なんてないよ」
「ディラン様! やめ……あああ!」
彼は脚の間に頭を埋め、蜜を溢れさせる秘部を、水音を立てながら舌で舐めとっていく。 逃げようとする私の腰を掴みながら、びくつく足が閉じないように両腕で押さえ、震える花芯を何度も舌で弄び、強く吸い上げた。
「あああ!」
強烈な快感が全身を駆け巡り、熱が一気にはじけ、体が弓なりになる。目の奥がチカチカと明滅して、頭が真っ白になった。
彼はそんな私を見下ろし、恍惚とした表情で微笑む。
「ルナリアは本当に可愛いね」
弾けた快感の余韻に微睡【まどろ】んでいると、睦言と共に再び強い刺激を与えられ、意識が現実に引き戻された。
「ディラン様……っ、だめ、今はやめて」
「だーめ。逃げないで。もっとルナリアの可愛いとこ見せて」
達したばかりなのに、彼は花芯への愛撫を止めず、先程よりも激しい舌使いで私を高みに押し上げようとする。悪夢で暗い闇に囚われそうになっていた思考は遮られ、ただ与えられる強い快楽に意識を持っていかれる。
立て続けの絶頂に息も絶え絶えに下を見ると、その絶世の美貌と謳われる男が、私を焦がれるように見つめながら奉仕している。その美しくも淫靡な男の熱の篭った視線に、体が火照りすぎて眩暈【めまい】がしそうだ。
そんな私の動揺をよそに、蜜口に指を入れられ、花芯と同時に捏ねられながら膣内を解される。行き過ぎた快感が辛くて拒否の言葉を叫ぼうとしても、口から洩れるのは甘い嬌声だけ。
解放されたのは数回達して涙を流し、身も心も快楽で溶けきったあとだった。体はガクガクと痙攣するだけで力が入らない。
「ルナリア」
私の顔中に口付けを落としながら、彼が私の名を呼ぶ。
「俺を見て、ルナリア。俺のことだけ考えて」
それはとても切ない声で、私は胸が詰まって泣きそうになる。そして膝裏を掴まれ、両足を大きく広げられた。
腰を前後に揺らし、彼の昂りが赤く腫れた花芯を掠めるたびに、体が跳ね上がる。
思わずベッドの上へ逃げると、彼にがっちりと腰を掴まれて引き戻された。
「ダメだよ、ルナリア。逃がさない。抱いてとおねだりしたのは君だよ? だからちゃんと俺を受け止めて」
瞳をギラつかせて私にそう言うと、彼は自身を一気に突き入れた。
「んああああっ」
最初の衝撃だけで私は達してしまい、ひと際大きな声が出る。
「あっ、ぁあっ、ぁんっ……ああっ」
達している最中も彼は抽送を止めず、激しく最奥を穿たれ、気持ちよすぎてポロポロと涙が零れ落ちた。
私が不安定になった時、彼は絶対に私を一人にしない。
優しく抱きしめ、そして――こうして激しく抱く。
夢の記憶を塗り替えるかのように、私を快楽の渦に落として、何も考えられなくさせるのだ。
「君は俺のものだ……っ、誰にも渡さない」
「ああぁっ……ディラン様っ」
「愛してる……愛してるよ、ルナリア……っ」
彼は、私が誰の夢を見ていたのか知っているのだろう。
もう遠い記憶の中の、かつての私の――恋人だと思っていた人。
『愛してるよ、ルナ。どうか俺と結婚してほしい』
――ノイシュ様。
私にプロポ―ズしてくれた、大好きだった人。
そして、私を裏切った人――
2.裏切りの夜
「愛してるよ、ルナ。どうか俺と結婚してほしい」
「ノイシュ様……嬉しい」
「王都に戻ったら、すぐに俺の妻になってくれる?」
「はい!」
五年前のあの日、私は大好きな彼にプロポーズされた。
涙が出るほど嬉しかった。
ずっとずっと、大好きだった人。
聖剣に選ばれた勇者様。
魔王討伐メンバーとして聖女の私も同行することになり、そこで初めて彼に出会った。
長身で逞しくて、短めの黒髪に透き通った空色の瞳が印象的な、とても素敵な青年。
彼は私の、初恋の人だった――
私は聖女といっても元は孤児で、暮らしていた孤児院が魔物に襲撃されたのがきっかけで聖魔力が発現し、教会に引き取られた。
でもそこは平民の私には冷たい世界で、ずっと独りぼっちで聖女の修行に励んでいた。
皆が『下賤な生まれの聖女』と蔑み、優しくしてくれる人などいなかった。
国のために教会に縛られ、言われるがままに聖女の修行と仕事をこなす日々。生きる希望なんかどこにもなくて、何度聖女をやめて孤児院に帰りたいと願ったかわからない。
そんな辛い日々に、転機が訪れた。
ある日突然、教会に神託が下った。魔王の復活と、勇者の誕生を告げる内容だった。
年々増えていく魔物被害は、魔王復活の前触れであったことに教会と王家は震撼した。魔族との戦争があったのは二百年以上前で、当時を知っている者はもう生きていない。
頼りになるのは王家に残された歴史書と、王家の宝物庫に祭られている聖剣。国宝である聖剣は、もう二百年以上鞘から抜かれていない飾り物と化していた。勇者にしか引き抜けないため、武器として使い物になるのかさえもわからなかった。
何もかもが手探りの中で、神託にあった国境沿いの村をしらみつぶしに探し、ベルタという村でノイシュ様を見つけた。彼が聖剣を手にすると淡く光り、誰も抜けなかった鞘から聖剣を軽々と抜き放って見せたのだ。
「勇者だ……、勇者様を見つけたぞ!」
教会の人たちや村人たちも勇者の誕生に喜び、お祭り騒ぎになった。
すぐに王都に来て魔王討伐に力を貸してほしいとノイシュ様にお願いすると、快く引き受け、私に笑いかけてくれた。
「聖女様も討伐メンバーなんですね。か弱い女性なのに聖魔法が使えるなんてすごいです! 俺も国民と聖女様を守るために頑張りますよ」
「そんな……、私は聖女といっても生まれは平民で孤児だったんです。だからそんなに畏まらなくていいですよ。聖女様ではなく、ルナリアと呼んでください」
「え!? そうなのか? とても綺麗だからてっきり貴族の令嬢なのかと思ってたよ」
「え!? 私が!? そんなわけないですよ……っ、何を言ってるんですか」
この時の私は、不意に綺麗だと言われてかなり挙動不審だったと思う。今まで教会で暮らしてきて、存在を蔑まれることはあっても容姿や何かを誉めてもらえたことはなかったから、どう返すのが正解なのかわからなかった。
「そんなことあるよ。ルナリアは可愛いし、薄紫色の髪も琥珀色の瞳も綺麗だし、なにより纏う空気が清らかで側にいると何だか心地いい。――よし、それじゃ改めまして。ルナリア、一緒に魔王討伐頑張ろう」
握手を求められて、戸惑いながらもその大きな手を握った。そしてニコっと無邪気な笑顔を向けられ、なぜか私は泣きそうになった。
聖女になって、「一緒に頑張ろう」と言われたのは初めてだったのだ。そんな温かい言葉は、王都に来てから一度も聞いたことがなかったから、不意打ちに胸が熱くなってしまった。