これは前世の業なのか
「――あぁ、薬の効果はちゃんと表れているようですよ。私が君に触れ始めた数刻前より、明らかに君の胸は大きくなっている」
「やぁ……っ! あ、ぁあ! せんせ、もぉ、やっ。も、イきたくなぃよぉ……! ぁ、あ、あ! これ以上イッたら、おかしくなっちゃうっ、おかしくなっちゃうからぁ……っ! ひぃっん!」
「おや? 長年の悩み……『貧乳を克服するためだったらなんでもします!』と私に迫った時の勢いはどうしたんです? おかげで今や君はこの国を救った聖女様だ。たかが絶頂に何回か達したくらいで弱音を吐くなんてらしくないですよ。……ほら!」
「きゃぁぅっ!?」
ごちゅん! ごちゅん! と、組み敷いた私を自身の男根でリズミカルに突き上げて。
内側から輝くような青銀の前髪を後ろに流し、あらわになった金瞳が楽しそうに私を揶揄する。
突かれるたびに悶え、身体をくねらせる私の反応はたいそう彼のお気に召したらしい。細められた瞳は、手に入れた獲物を弄ぶ獣みたいなギラギラとした光を宿していた。
繋がった部分を更に激しく抉られながら鎖骨を強く噛まれて、電流に似た快楽の衝撃がビリビリと背中を走る。
「だめぇっ! だめぇっ! あっ、はぁ……! ぁあんっ!」
「駄目じゃない。君が先ほど飲んだ薬は、飲んだ者がどれだけ快楽を得たかによって効果が変わります。感じなさい。気が狂うほど。感じなさい。理性など脱ぎ捨てて。そのために、私がいる」
「あっ、あっ! あぁぁ! っぁ、あっ……!」
「与えよう。君が望むもの、夢の先とやらを。代わりにこれからの人生を私と生きると誓って。――孕め」
「ひっ、ぁあ――――っ!」
もう、何度吐き出されたかわからない白濁。その彼の精が、再び私の中に溢れる。
突き立てられた太く熱い楔がそれを塗り込めるように、執拗に子宮口をノックする。
彼のペニスは達した後でも萎えるどころか、すぐに勢いを取り戻し硬度を増していく。
「はっ、本当に、君という存在はどこまでも私を惹きつけ、昂ぶらせる。きっと、私の長過ぎる生は君に出会うためのものだったのでしょう。もう、君のいない時間を生きることなど考えられない」
だから、絶対に離さない。
そんな情欲と執着の色を燃やした金色の瞳に囚われながら、私は『彼』との出会いを思い出していた。
*
日本で発売され爆発的な一大ブームを巻き起こした乙女ゲーム『闇を祓う聖女【おとめ】と七つの運命』――通称ヤミナナ。
魔法と錬金術、妖精にドラゴン。それらが存在する世界の、ある王国での学園生活を舞台に、ゲームヒロインは攻略対象たちとの絆を育み恋に落ちる。
品行方正で完璧な王太子、少しぶっきらぼうだけど根は優しい幼なじみ、鍛えた肉体が素晴らしい騎士候補生、ちょっと神経質な学級委員長、クールで群れない不良キャラ、あざとさが可愛い後輩くん、フサフサの耳と尻尾が魅力の獣人族。
七つの運命というタイトル通り、様々な個性を持った七人の攻略対象がヒロインの恋の相手だ。
ゲームのヒロイン、メイリアは大きなエメラルドグリーンの瞳と柔らかいハニーブラウンヘアの女の子。
浄化魔法の才能を持ちリウーデイン王国に暮らす彼女は、十六歳でリウーデイン魔法学園に入学する。
そしてメイリアが最上級生の十八歳になったところからゲームはスタート。学園を卒業するまでの一年間が攻略対象たちとの仲を深められる期間だ。
実は、二百年前に初代国王が創ったリウーデイン魔法学園の地下には秘密があって。その秘密を巡るストーリーに攻略対象たちとの恋愛が絡み、泣いたり笑ったりときめいたりと、ユーザーはヤミナナをプレイしながら情緒のジェットコースターで大忙しだった。
そう言ってる私も、『前世』ではヤミナナの先の気になるストーリー展開に寝食を忘れ、夢中でゲーム機を握りしめた一人である。
――そう。実は、私には前世の記憶がある。
現在、リウーデイン魔法学園の最上級生として過ごす私の前世は、ヤミナナという乙女ゲームをプレイしていた日本人だ。
つまり、私は自分が好きだった乙女ゲームの世界に転生している。
――――が。
日本からヤミナナの世界に転生したという記憶を持つ私は、残念ながらヒロインのメイリアではない。ついでにヤミナナには悪役令嬢ポジションキャラが存在しないので、悪役令嬢でもない。
メイリアのクラスメイトとして時々ゲーム画面の端やイベント時の説明役として登場する脇役、アンナ・クローシだ。
『……でも、良いの! だって、アンナは「 」だから。憧れの「 」になれるなら、私、脇役でもかまわないの!』
今となっては虚しい、前世を思い出した時の自分の言葉が脳内に反響する。
だって。私がこの世界の脇役でも良いと思ったアンナの特徴が、現在進行形で見ている鏡の中に何故かさっぱり見当たらないから。
何度目を擦ってみても、グレーのワンピース型の制服を着た自分の姿は変わらない。
実際に触ってみても、『ソレ』はどこにも存在しない。
「ねぇっ!? アンナってFカップのたわわなおっぱい、巨乳キャラのはずだったよね!? なのになんで! なんで、私は十八歳になってもBカップなわけーーーーーーーっ!?」
*
ヒロインのクラスメイト、アンナ・クローシ男爵令嬢のおっぱいは大きいはずだった。
身長一六一センチのアンナ・クローシ。
彼女の細身な肢体に不釣り合いなほどに大きい、ふわふわのマシュマロおっぱい。
ヒロインのメイリアとたまたまクラスが同じだけで特に深く交流するわけではないという、ほぼ活躍するシーンのないポジションのキャラながら、アンナは巨乳という個性を持っているはずだった。
顔周りの髪の毛をぱつんと切った、いわゆる姫カットの濃紺色のロングヘア。少し垂れた優しげな黒い瞳。色っぽい口元のホクロ。
メインストーリーにほぼ絡むことのない脇役の割には少々キャラクターデザインに力が入っている気がするけれど、「きっとスタッフの趣味か、何かの都合で削られたシナリオが存在してそこでは活躍していたキャラなのだろう」というのがアンナに対するファンの見解だった。
なかなかの美少女なのに。アンナは攻略対象たちと絡むことも、物語の重要なキーを持つことも、バッドエンドで病んだり死んだりすることもない。
そんなアンナに転生したと、私が気がついたのは今から六年前の十二歳の時のこと。
初めて『キノコにラインダンスを踊らせる』という魔法に成功した時だった。
『……うーん、やっぱりアンナの魔法は地味、と言うかあんまり役に立ちそうにない魔法だなぁ。メイリアみたいに浄化魔法とまではいかなくても、ちょっとした治癒魔法くらいは使えたら、アンナにもヤミナナでもう少し活躍する場面があったかもしれないのに。……え?』
赤、茶、青、蛍光のレモンイエロー、水玉柄、ハート柄。手足の生えたいろんな色と柄のキノコが一列にダンスを踊る様子を見ながら、ふいに自分の唇から出た言葉にドキリとする。
まるで、自分がアンナではないような口ぶりに、ヤミナナという耳慣れない単語。しかも私にはメイリアという知り合いは存在しない。
それなのに私は今、無意識のうちにその言葉を口にした。
(え……? 何……? 私、私こそがアンナでしょう?)
あぁ、だけど。
乙女ゲーム。全寮制の学園。魔法。ヒロイン。攻略対象。日本。前世。転生。
そんな単語が、映像の洪水と共に次々と頭の中に溢れ出す。
(そうだ。私はリウーデインに生まれる前は『日本』っていう国で生活してた)
社畜。ブラック企業。息抜き。実家。帰省。
日々、仕事に追われる前世の私を癒やしてくれた乙女ゲームの華やかで甘い恋愛。魅力的で頼りがいのある攻略対象【イケメン】たち。
脳内で流れる映像では、ほっそりとした二十歳前後の女性が携帯ゲーム機を持っている。きっとこの人は前世の私の姿だ。
何故か顔のあたりには靄【もや】のようなものがかかっていて詳しい容姿はわからないけれど、彼女がスレンダーな体型をしていることは確認できる。
『あ~! いいな~! 私もイケメンと恋愛したーい! あと巨乳になりたーい! 最近のゲームヒロインって美乳な子が多いよね羨ましい~! でもそれをもっと通り越して巨乳になりたーい!』
そんなふうに願望を叫びながらベッドへと寝転がった私の耳に、ノックの音が聞こえる。
『○○、せっかくの休暇で帰ってきてるところ悪いけど、お夕飯の準備ちょっと手伝ってくれる?』
ノイズが入って聞き取れないけど、○○はきっと私の前世の名前だ。
そうだ。私はあの日、実家に帰ったんだった。
『お父さんが山でたくさんキノコ採ってきたから、今日はお鍋よ』
『お母さんが作るお鍋食べると、実家って感じする~!』
ホカホカとあがる湯気に、お汁の香り。器に盛られたお豆腐にキノコにお肉。
山菜採りが趣味の父の本日の成果はいろんな種類のキノコだ。
『美味しそう! いただきまーす!』
懐かしい実家の味。胃の中へ落ちていく醤油ベースのお汁が身体を内側から温めてくれる。
そうして久しぶりに家族団らんの時間を過ごしたあと。最初に感じたのは妙な息苦しさだった。
『なんか、息が上手くできない……』
その違和感から続く、吐き気に腹痛、手足の痺れ。
『おぇっ。ねぇ、これ、絶対に中毒症状だよぉ……っ』
原因は確実に父が山で採ってきたキノコだろう。視界が霞んで、白く濁っていく。
『私、死ぬのかな……。もしそうなら、次は――――』
巨 乳 に 生 ま れ 変 わ り た い。
そう。前世の私は貧乳コンプレックスだったのだ。
もし来世というものがあるのなら、次の人生では巨乳になりたい。それが私の最期の願いだった。
そうやって死の間際に渾身の力で来世への望みを祈ったところで回想が途絶えたから、きっと日本で生まれ育った私の人生はそこで終わったのだろう。
その記憶につられて、キノコ中毒の気持ち悪さを思い出した今の私の視界がクラクラと揺れる。なんだかお腹まで痛くなってきた気がする。