忘れられない人がいるあなたが好き

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カバーイラスト:

先行配信日:2023/08/25
配信日:2023/09/08
定価:¥770(税込)
「忘れられない人がいるあなたが好き。だから、付き合ってください」
男女4人で参加した野外フェスの帰り道。
冷めやらぬ熱に背中を押された琴(こと)は、有音(あると)に二度目の告白をする――。
「じゃあ、よろしく」思いがけない返事に困惑しながらも、なんと二人は付き合うことに。
大好きな彼との時間は輝いていて、世界に一つだけの幸せ。そう思っていたけれど……。
〝今度の記念日に、お別れします。一年間付き合ってくれた、大好きなあの人と――〟
ありきたりな恋は、かけがえのない愛へ。アオハル系ラブロマンス!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 第一話 忘れられない人がいるあなた



 今度の記念日に、私は大好きな人とお別れします。
 一年間付き合った、付き合ってもらった大好きなあの人と――。


 私、音羽琴は、大学生になって初めて参加した飲み会で、学校近くの音大に通う同い年の男の子に一目惚れした。
 苗字は分からないけど、自己紹介の時に『アルトです』と名乗っていた彼は、涼しげな目元と左目下の小さな泣き黒子が特徴的な、目鼻立ちの整った黒髪センターパートの爽やか好青年だった。
 ゆったりとしたカーディガンに、シンプルな白Tと黒いパンツを合わせた服装も彼のナチュラルな雰囲気にとても合っている。
 アルト君は当時ハマっていた漫画の好きなキャラにそっくりで(実写版かと思うくらい)彼を見た瞬間に、私の目は釘付けになってしまった。
 隣に行って話してみたいな、話しかけてみようかな……そんな事を考えてウジウジしている内に、飲み会はお開きとなる。
 そして、付き合いで参加したという彼は一次会のみで帰ってしまった上、彼氏いない歴=年齢の奥手な私は、連絡先を交換する事はおろか最後まで声を掛ける事すら出来なかった。
 しかし、何も出来なかった事が悔やまれる彼との出会いからひと月が過ぎようとしていた頃、とんでもない奇跡が起こる。
 私を飲み会に誘ってくれた友人の梨緒ちゃんが、その時アルト君と一緒に来てた『オオタケ君』という男の子を気に入ったらしく、その関係で私とアルト君も含めて四人で遊ぶ事になったのである。
 それをもう二度と来ない絶好のチャンスと捉えた私は、生まれて初めて男性に対して積極的にアプローチする事にした。
 アルト君のフルネームは、『青山有音』という、とても素敵な響きの名前だった。
 彼の実家はお母さんが音楽教室を営んでおり、お母さん自身もピアノ講師をしているらしい。
 なるほど、だから有音君も音大に行っているのかも。
 ネーミングセンスも抜群。
 と言う事は、彼もピアノ講師を目指しているのかな。
 あの見た目で楽器まで弾けちゃうなんて素敵過ぎるっ。
 まんまタイプで優しくて、見るからに育ちの良さが滲み出ていて、音楽の趣味まで合う彼への恋心は、会う度に湧き上がる一方だった。
 そのうち、とうとう溢れ出す気持ちを抑える事が出来なくなって、一度清水の舞台から飛び降りる覚悟で告白してしまった。
『忘れられない人がいるから付き合えない』と笑えるくらい見事にフラれたけど。
 何でも嫌いになったわけではなく、彼女が留学するのをきっかけに別れたので、彼の気持ちはまだ昇華していないみたい。
 それでもやっぱり諦めきれなくて、友人として彼との交流は続けた。
 一度フラれた人間は、どうやら強くなるらしい。
 ただ図々しくなっただけ、という方が正しいのかもしれないけど。

 私がそうこうしてるうちに、梨緒ちゃんと大竹君が付き合い始め、夏休み――私達四人で、県外の大規模な夏フェスに行く事になった。
 出発時は四人だったけど、現地に着くといつの間にか私は有音君と二人で過ごす事になっていた。
 梨緒ちゃんが気を利かせてくれたのかな? 
 あるいは、恋人と初めてのフェスデートだからかな。
 どちらにしても、私にとっては有難い事だ。
 私と有音君は、普段聴いている音楽の傾向が近く、見たいアーティストもほぼ被っていた。
 おかげで、タイムテーブルを見ながらここを見たら次ここ、という感じで予定を組み、上手くステージを移動しながらフェスを楽しむ事が出来たのだ。
 合間にはフェスTとバンドTをお揃いで買い、おまけに好きなバンドのツアーグッズであるフェイスタオルも買った。
 夏の夕方はお天気が変わりやすい。
 これなら、突然の夕立に襲われても大丈夫。
 なんならそれくらい起きてくれないと、吊り橋効果――じゃないけど、距離を縮められないと思う。
 しかし、そう目論み通りになどいくはずもなく、最後までお天気には恵まれた。
 きっと、私の下心がお天道様に見透かされたんだ、そうに違いない。
 有音君は一日中とても優しかった。と言うか、同い年とは思えないほどスマートで紳士的だった。
 人波に揉まれないようにさりげなく私をガードしてくれたり、フェンス側に立たせてくれたり……。彼女でもないのに彼女気分を味わわせてもらえて、単純な私は有頂天になっていく。
 だから、会場の熱気にやられて脳内まで蕩けてしまったのかもしれない。
 フェスの帰り道、まだまだ興奮冷めやらぬ私は、性懲りも無く再度彼に告白したのだ。
「忘れられない人がいる有音君が好きだから、付き合ってください」
「何それ? どーゆー事なの? 普通は、『私がそんな人忘れさせてあげる』とか言うもんじゃない?」
 有音君は、「音羽さんって変わってるね」とも付け足して、ふふっと笑った。
 私より余裕で頭一個分は背の高い彼が、少し背中を丸めて笑うその姿に、キュンとしてしまう。
「そういうのって、無理に忘れられるもんじゃないでしょ? それに、私達の年齢でそれほどまで想う人がいるってすごく素敵だし、有音君って一途な人なんだと思ったら、もっと好きになっちゃってさ……」
 有音君は、いつになく真剣な顔で聞いていた。
 私の瞳を正面から真っ直ぐ見つめてくる。これはもしかして、もう一押しなのでは?
「無理に忘れなくて大丈夫だよ」
 やっぱり音羽さんは変わってると微笑まれて、今回もダメかぁ……ダメだよね、と気持ちを切り替えようとした時――。
 思いがけない言葉が頭上に降り注いだ。
「いいよ、じゃあよろしく」
 都合の良い夢か、聞き間違えかと思って思考停止した。もしかしたら、この瞬間だけ意識がどこかに飛んでいたのかもしれない。
 私を呼ぶ彼の声でハッとして、ようやくこの場に戻ってきた感じ。

 その後めでたくお付き合いを始めた私達は、けっこう順調だったと思う。
 いつしか私の呼び方が『音羽さん』から『琴』に変わり、外を歩く時は手を繋ぐのが当たり前になった。
 人並みに恋人イベントも楽しんで、優しくて穏やかな彼とは喧嘩をする事もなかった。
 もちろん、私も我儘を言って有音君を困らせるような事は決してしなかったし、彼の負担にならないよう気持ちを押し付けるような事もしなかった。
 私はバイトが忙しくて、彼はピアノの練習で忙しい。そうなると、会える時間も限られてくる。
 これがお互いにメリハリついて、かえって良かったのかもしれない。
 私は彼と違い、キスに始まり何もかもが初めてだったけど、それだって特に何の障害もなくスムーズに事は運んだ。
 彼は同い年とは思えないほど、何をするにも余裕があってスマートだったから。
 有音君は言葉で愛情表現をしない。
 エッチの時に、可愛いって言ってくれるくらい。
 でも最低でも一日に一回は必ず連絡があるし、時間を作って会っているし、何より会う度に身体を求めてくれるから、嫌われていない事だけは確かだったと思う。
 そこは彼を信じたいという思いが強かった。
 と言っても、本当のところ彼が私の事をどう思っているのかは、イマイチよく分からないけど。
 あ、一度だけ夢の中で彼に『好きだよ』って言ってもらえた事があった!
 夢の中って……自分が都合よく作り出したってところがまた笑っちゃう。
 順調だと思っていた。私は。

 お互い大学二年になり、今年の夏で付き合って丸一年のお祝いだね。なんて話をしている時、私は初めて彼に我儘を言った。
『ペアリングが欲しい』
 付き合っている実感が欲しかったのか、彼は私のものだという独占欲からなのか、それとも、女避けのつもりだったのか……。むしろ、それ全部が我儘の理由だったのかもしれない。
 しかし、残念ながら彼に却下されてしまった。
 ピアノを弾くから指輪していると気になるし(要するに、邪魔になると言いたそう)かと言って、つけ外ししている内に無くすような事は困るから。だそうだ。
 納得しつつも落ち込む私を見て。自分は着けられないけど、指輪はプレゼントしたい。と言ってくれた。
 あれは付き合い始めて一番嬉しかったな。
 このまま二年、三年、あわよくば卒業後もずっと一緒にいられたらいいな、そんな風に思い始めていた私に、まさに晴天の霹靂とも言える出来事が起こる。

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