ワガママ令嬢は、一ヵ月本気で我儘をしてみることにした

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先行配信日:2022/09/16
配信日:2022/09/30
定価:¥770(税込)
一ヵ月後、婚約破棄される(らしい)ので我儘放題、最後のお願いをしよう!
ワガママ令嬢ネリフィラと婚約者で聖女付き騎士フィリーズの微妙な関係。
抱き枕にしたり『練習』と称し快感を覚えたり……それでも迫る別れの時。
今日ついに捨てられるのね……からの大逆転! そして生じる蜜事の悩み。
自称ワガママ彼女は愛されまくり! お似合いカップルの婚前溺愛物語。  
蜜月に舞踏会、書き下ろしも大追加で贈る人気WEB小説。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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第一話 婚約解消される(らしい)



「ネリ。ネリフィラ」
 困ったように名前を呼ばれて、ネリフィラ・ルースはくすくすと忍び笑いを漏らした。
「なあに、フィル。私は今、午睡を楽しんでいる最中なのよ? 枕は動いちゃいけないわ」
 寝心地のよいカウチで横になり、丸くなったネリフィラは、声の降ってくるすぐ上をちらりと仰ぎ見る。
 ぐりぐりと頭を動かし、膝枕の心地よい体勢を整えた。声の主であるフィルこと、フィリーズ・グラントはカウチの片側に寄せられ枕の代わりにされ、眉を下げてネリフィラを見返す。
「こんなことをしてはいけないよ。君の評判に傷がつく」
 頭を動かしたせいで乱れたネリフィラの、柔らかい薔薇色の赤髪を整えながら、フィリーズが幼子に諭すように言葉を降らせる。
 寝たふりをしてやり過ごしてもよかったのだけれど、ネリフィラは口を開いて反論することにした。
 もう我慢はしない。素直に、もっと我儘になると決めたのだ。
 中途半端に我慢をするなんてそれこそ馬鹿らしい。
 ――あとひと月もしたら、ネリフィラはフィリーズに捨てられるのだから。
「これ以上傷つきようもないわ。ねえフィル、私のあだ名を知っていて? ――ワガママ令嬢っていうのですって。失礼しちゃうわ。こんな寝にくい貴方の太腿で膝枕するなんて、なかなかに忍耐のいることなのにね」
「そんな忍耐なんていらないよ。ほら、羽毛入りのクッションがあるんだから」
 ネリフィラがカウチから追い出したクッションを、フィリーズが手に取って目の前に掲げる。
「いやよ。いりません。膝枕、一度やってみたかったのですもの」
 寝返りを打って、衣服越しでも引き締まっているとわかる腹筋に、すりりと額を寄せる。ただでさえ硬かったフィリーズの身体が緊張で固まり、彼は言葉も動きも止めてしまった。強引に引き剥がすこともできず、フィリーズは今、きっととても困っている。
(さすがはワガママ令嬢。相手の気持ちも考えず、婚約者の立場をかさに着て、ふしだらで愚か。お可哀そうなフィリーズ様……って、明日には噂されるのでしょうね)
 じくじくと湧いてきた悲しい気持ちを押し込め、ネリフィラはぎゅっと目を瞑ってすべての嫌なことを目の前から追い出した。

 ネリフィラとフィリーズの婚約は、完全なる政略である。
 建国より続く古い血筋のグラント伯爵家は、新興であり先鋭的なルース伯爵家を、「王宮の伝統を軽んじる恥知らずな一族」と誹り、ルース伯爵家はグラント伯爵家に「剣を持つしか能のない時代遅れの一族」と返す。どこで拗れたのか血を見るような仲の悪さに、国王により取り決められたのが、ルース家長女ネリフィラと、グラント家嫡男フィリーズの婚約だった。
 ネリフィラが生まれてすぐに取り決められた婚約から、十八年の歳月が経った。半年後には婚礼の予定なのだけれど、どうやら雲行きが変わったらしい。
 らしいというのは、つい先日、父に呼び出されて告げられたからである。
「グラント家はひと月後の謁見で、この婚約の無効を陛下に奏上するようだ」
「……初耳です」
「今初めて言ったからな」
 ネリフィラは父の執務室に呼ばれて、なんとも間抜けな返しをしてしまった。衝撃によって無表情になった娘を見つめ、ルース伯爵が続ける。
「三ヵ月前に降臨された異世界からの聖女様がいらっしゃるだろう。彼女が、護衛としてついたフィリーズを気に入ったらしくてね。『あんなワガママ令嬢に振り回されて、フィリーズが可哀そう』とおっしゃったそうだ。それを足掛かりにグラント家はフィリーズの相手を、聖女様に乗り換える魂胆だ」
 神殿とグラント家に忍ばせている配下からの報告だろう。先鋭的な思考と合理性で政局難局を乗りきってのし上がったルース家。細く長く各所に網を張っている。
「フィリーズ様に我儘なんて…………いっぱい言っておりますわね」
「婚姻まで散々振り回して、ルース家のやり方を通すつもりだと思い知らせておけ、と言ったのは私だしなぁ」
 はあ~っと、父娘の嘆息が揃った。
 生まれたばかりの愛娘と、五歳年上のフィリーズの婚約が取り決められた時、ルース伯爵は腹を括った。国王からの勅令では覆しようがない。小賢しい新興貴族と陰口を叩かれようとも、ルース家は二心なく王家に仕えてきたのだ。
 けれど、ネリフィラが無事六歳になり行われた初顔合わせのあと、ルース伯爵は頭を抱えた。
 ネリフィラが「おとうさま、フィリーズさまがおかしなことをいうの。『きみはおんなのこなのに、どうしてかってにおかしをえらんだりするの? ぶたれてしまうよ』って」と言ったからだ。
 難しい顔をして首を傾げる幼いネリフィラから話を聞き出して、ルース伯爵はすぐさまグラント家に配下を送り込んだ。

 グラント伯爵家は前時代的な、家父長制度の蔓延る一族だった。
 昨今では女性にも教育が行き渡り始め、共学の学院が王の名の下に設立されたというのに。戦争に魔法が介入した半世紀前のように、かの一族の男たちは、女性には権利も人権もないと信じているらしい。娘たちへ他家から届く招待状も、男の付属物として家名を借りるから届くのだと、当主は言いきった。すでに夫人は早世し、四人の子供たちの内、長男のフィリーズ以外の姉妹三人は、屋敷の奥で息を殺すように過ごしているそうだ。もちろん彼女たちには王立学院どころか、家庭教師さえつけられていない。
 そう報告を受けて、ネリフィラの両親は震え上がった。そんな家の嫡男に嫁いだら、娘はどんな扱いを受けるのだろう。しかも、蛇蝎の如く嫌われるルース家の娘である。ルース伯爵夫人は娘を連れて実家に帰ろうとまでした。ルース伯爵は必死で縋り、丸め込み、阻止したが。
 王命の結婚は拒否できない。
 娘を悲惨な結婚の犠牲にはしたくない。
 悩んだルース伯爵は、結婚相手の中身をじっくり変えることにした。
 元々、愛され奔放にすくすくとまっすぐすぎるほどまっすぐ育っていたネリフィラに、我を通すように諭した。すこしだけ大げさに。
「フィリーズさま。……ながいからおなまえ、フィルってよばせてくださいね。ネリフィラのこともネリってよんでください。かぞくいがいではフィルだけ、とくべつ」
「う、うん」
 耳を赤く染める少年の手を引っ張り、幼い少女はずんずんと庭を進んでいく。少し離れた場所にいるグラント伯爵は他人の娘を罵倒するわけにもいかず、臍を噛んでいた。それを横目に幼い娘の話術の片鱗に、ルース伯爵はこっそりと頷き目を細めた。
 それからも、歳を経るごとに大胆に、ネリフィラはお願いという名の我儘を口にしていった。
「お家の中だけで遊ぶなんて、気が滅入ってしまいます。ねえフィル、私ピクニックがしたいの。子供二人じゃ怒られてしまうから、フィルのお姉さまや妹さんたちも一緒に、たくさんのサンドイッチを作って、お出かけしましょう」
「でも女性はあまり外に遊びに行ってはいけないんだ。日焼けしてしまうだろう?」
「まあ。フィルは日焼けしたネリは嫌い?」
「まさか! 肌の色で嫌ったりするはずないだろう」
「よかった。それじゃあ、ミアお姉さまやイライザやアリスのことも嫌ったりしませんわよね。そんなことで、彼女たちは損なわれたりしませんもの。私と同じで」
「うん……確かに」
 この後、姉妹を外遊びに連れ出したフィリーズが父伯爵から折檻を受けたと聞いて、ルース伯爵父娘はグラント家に三日連続で茶を飲みに乗り込み、二人の結婚が王命であることをグラント伯爵に思い出させた。
 何かと理由をつけては、婚約関係を盾にフィリーズを連れ出すネリフィラ。周りは年下の婚約者に振り回されるフィリーズに同情し、また付き合わされる彼の姉妹にも好意的だった。
 それは彼らを振り回す我儘だけれど、我儘じゃない。
 いつだって、彼らが過剰に罰せられてしまわないようにネリフィラは注意を払っていたし、出会った時は無機質なばかりだった彼らが、表情を取り戻してくれたことが嬉しかった。
 六歳からの付き合いだ。すでに家族のようなものだし、実際結婚すれば家族になるのだから。そう思って、我儘だけれど、我儘だけとは言いきれない行動を続けて。
 鬱憤を溜め込んだグラント伯爵に、盤面をひっくり返されてしまった。

「せっかく整えた居心地のよい巣を、横から奪われるようだな」
 長期計画を反故にされたのだ。ルース伯爵がこれまでの先行投資を思い浮かべたように額を押さえる。
「聖女様が、グラント家の内情をご存じのはずありませんもの。仕方ありません」
 ネリフィラはふるふると首を振る。
 そもそも勝手にやったことだ。自分の居場所を居心地よくしたくて。これほどの独善もないだろう。
「……いいのか?」
「最初から政略結婚じゃありませんか。どうにもなりません」
「そうだな。次世代になれば、さすがに現伯爵ほど突っかかってはこないだろうし、政治がやりやすくなるための投資だったと思えば悪くないか」
 苦そうに口の端を片方だけ吊り上げたルース伯爵。
「けれど。今まで自重していた分、本当の我儘で一ヵ月振り回して溜飲を下げるくらいの自由、許されますよね」
 ぽかんとする父伯爵ににこりと微笑み、ネリフィラは執務室を後にした。

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