王から妾になれと言われたせいで、婚約者を妹にとられそうです

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表紙:

先行配信日:2024/02/23
配信日:2024/03/08
定価:¥880(税込)
伯爵令嬢のフィアリーヌは聖女として各地へ結界を張り、国を守ってきた。
フィアリーヌのものを欲しがる妹のミナルベルや、フィアリーヌを見てくれない父親に思うところはあったが、仲の良い婚約者のリディランと結婚する日を楽しみに過ごしていた。しかし、王から「妾になれ」と言われたことで婚約を破棄されそうになってしまう。妹のミナルベルも便乗して婚約者を差し替えれば良いと提案し、父もそれを了承してしまった。悲しむフィアリーヌだったが、婚約者が変わったことを聞かされたリディランは激昂し、そのまま彼女との関係を強引に進めようと迫ってきて――

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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「お姉様、これちょうだい!」
 言った途端、ミナルベルはフィアリーヌの白い手から、薄緑色のレースのハンカチを奪っていった。
「あ、それは、神殿でもらったものだから」
 慌てて取り戻そうと、手を伸ばす。
 フィアリーヌを訪ねて神殿に来た男爵夫人が、以前聖女の結界を領地に施したお礼にと言ってくれたものだ。
 感謝の品だからあげることはできないと、フィアリーヌは金色の髪を靡かせながら急いで止めようとした。しかし、その前で、継母の連れ子であるミナルベルは、薔薇色の頬をぷうっと膨らませていく。
「だって、これから陛下にお会いするのに忘れてきたのですもの! 万が一のとき、恥を掻きたくはないわ」
 持っていないと淑女らしくないでしょうとミナルベルは甘えた視線で見上げてくるが、それならば、一枚しか携帯していなかったハンカチを奪っていかれたフィアリーヌは、どうしたらいいのか。
 困っていると、ミナルベルはハンカチを窓からの光にかざした。オレンジブラウンの髪に光があたり、十五歳の青い瞳が無邪気に輝いている。
「それに、こんなに綺麗なハンカチ! 持つのなら、私のほうが似合うとは思わない? ねえ、お父様?」
 しかし、父は振り返ろうとすらしない。その父の背中を、フィアリーヌは金の髪を揺らしながら見つめた。青紫の瞳を向け、聖女らしい清楚な美貌を持った姿で見つめたが、父の背中は、扉を越えて王の間へと歩いていくだけだ。
「お父様……」
「ねえ、お父様。私がもらってもいいでしょう? お姉様には、私のをあげるから」
 走り寄ったミナルベルが、ブロンズ色の髪に包まれた父セヴランの顔を甘えながら見上げた。父の胡桃色の瞳が、おねだりをしているミナルベルの青い大きな目を見つめる。
「――ああ。もう謁見の時間だ。そうしなさい」
「そんな、お父様……」
 このイシュルトリッド王国の国王の間へ入りながら、父が返した答えに、ミナルベルはハンカチを抱えて嬉しそうにはしゃいでいる。
 その様子に、フィアリーヌは後ろで小さく溜め息をついた。
(仕方がないわ……)
 いつものことだ。
 前を歩いていくミナルベルが、フィアリーヌのものを欲しがるのも。父がフィアリーヌを見てくれないのも。
 今、王に向かって笑顔でドレスの端を摘まんでいるミナルベルが、帰ってからフィアリーヌに渡すつもりなのは、きっと不要になった幼い頃のハンカチだろう。
「陛下、お久し振りでございます!」
「ああ、ミナルベル。今日も最高に愛らしいな」
 父と一緒に、先に部屋へ入ったミナルベルは、王へ無邪気に挨拶をしている。
 ミナルベルは、幼い頃からこのウィルドリド王のお気に入りだ。父と一緒によく参内して、王からいろいろなお菓子や高価なおもちゃ、さらにはドレスや宝石までもらっていたらしい。
 そんな王からの覚えがめでたいミナルベルを、血が繋がっていないとはいえ、父が実の子であるフィアリーヌよりも大切にするのは仕方がないのかもしれない。
 きっと父は、フィアリーヌが今日着ている竜胆【りんどう】色のドレスが、ミナルベルの母であるラコルヴァン伯爵夫人のお下がりだということにさえ気がついてはいないのだろう。糸をほどいて仕立て直したとはいえ、二十一歳になったばかりのフィアリーヌが纏うには、あまりにも落ち着いた色だというのに。
(ううん、お義母様は、くださった時に、聖女である私は控えめにするのが大切だとおっしゃっていたもの)
 きっと自分のことを考えてくださったから――と腰まである長い金髪を、頭に浮かんだ考えを打ち消すようにして横に振った。その瞬間、青紫の瞳の奥では、少し尊大な物言いをする婚約者の姿が甦る。
『だから、俺と早く結婚すれば、君のドレスなど何着でも買ってやるというのに』
 それはもったいない、お金はもっと大切に使わないと――と、継母から渡されたドレスを、ソファに座って針で仕立て直しながら口にすれば、怒ったような顔をしていた婚約者は、なぜか今度は『そこではない』と言いたげな表情になったが――。
 それでも、幼い頃から仲の良かった婚約者のリディランは、短い黒髪を振って、少しこちらを困ったように見つめたあと、額にキスをしてくれた。オパールグリーンの瞳が優しく瞬いて、唇が額に触れた瞬間を思い出すと、次第にフィアリーヌの心が温まってくる。
 だから、王の間の中を進みながら、ふと笑みがこぼれた。
(きっと、今もあの表情で待っているわね)
 冷たく見えるほど端整なのに、フィアリーヌの側にいると、いつも微笑む顔。先ほども王宮ですれ違った時に、その顔で微笑みながら、フィアリーヌの用事が終わる頃に家へ訪ねていくと話しかけてきた。その様子に、周りの騎士たちが、びっくりしたような表情をしていたが。
『あの鬼の副団長が……』
『優しい顔をするとは、異常気象の前触れか』
『いや、あの冷徹な副団長でも、さすがにあれだけ美人な婚約者だと、人並みの愛情表現ができるらしい』
 うん、すごい美女だものなと周り中が頷いている。騎士たちのざわめく姿に、『お前ら……』と、リディランの苦虫を噛み潰したような顔から声が洩れた。これには、さすがに周りの騎士たちも、背筋に嫌な予感が走ったらしい。
『フィアリーヌを、いつまで見ているつもりだ! そんなに女性に興味があるのなら、お前らが、人の婚約者を見ている暇もないほどモテるようになるまで、その剣技を鍛えてやる!』
『そんな! ちょっと見とれたぐらいで、地獄のしごき宣言なんて!』
 やっぱり鬼だという声が叫ばれていたが、こちらを一度振り返ったリディランに連れていかれたあの騎士は、そのあと大丈夫だっただろうか。
(振り返った時、少し微笑んでいたから、リディランも本気で怒ってはいないと思うけれど……。ただ、騎士団の中でも、リディランの戦う姿は、神がかっているとまでいわれているそうだし……)
 噂によると、王国でも指折りの騎士に数えられているらしい。見た目はすらりとした体躯なのに、幼い頃からとても努力家なので、剣技も勉強も人一倍頑張って身につけてきたのだろう。
 そんなリディランに、『好きだ』『一日も早く結婚したい』と何度繰り返し囁かれ、抱き締められてきたか。ポプラの優しい木漏れ日に彩られながら、初めてキスをした日を思い出し、少しだけ幸せな気持ちに包まれた時だった。
「おお、フィアリーヌ」
 ハッと気がつけば、父とミナルベルと歓談していた王が、あとに続いて部屋へ入ってきたフィアリーヌに、視線を向けているではないか。いけない。謁見の最中だというのに、考えごとをしていた。
 しかし、親子ほども年の違うウィルドリド王は、内心焦るフィアリーヌの様子には気がつかないようで、そのまま話し続けている。
「神殿の用事以外で会うのは、久し振りだな。守護者のいないこの国を、聖女としてよく守ってくれていること、まことに嬉しく思う。褒美として、この間授けた宝石は気に入ったか?」
「えっ……」
 身に覚えのない話に、思わず、下げていた頭を上げた。その視線の先で、アッシュゴールドの髪を揺らした王は、鋭さを持った青い瞳でフィアリーヌを見つめ続けている。ウィルドリド王へ今の言葉を尋ねそうになり、前にいるミナルベルの眼差しで気がついた。
 半分睨んでいる眼差しは、拗ねたような、もしくは、いたずらがばれたときのような雰囲気だ。
(ああ、またなのね……)
 昔から、王はミナルベルに人形や高価な衣装、アクセサリーをくれる傍らで、聖女として国を守っているフィアリーヌへは、褒美だと言って、ドレスや宝石などを贈ってくれた。
 ただ、それらはすべて、フィアリーヌの手元へ届く前に、伝令から受け取ったミナルベルと継母によって持っていかれたのだが――。
『お姉様は聖女ですもの! あんな豪華な品はふさわしくないって、お母様もおっしゃっているわ!』
 そのことがばれるたびに、ミナルベルは、姉にまで高価な品が下賜されるのは面白くないというかのように、ふふんと笑いながら、そのまま自分のものとしていたのだが。
 とはいえ、フィアリーヌにとっても、王からの品物は高額すぎて不安な気持ちになった。
(それに、リディランも陛下からもらったものだと知れば、嫌がるだろうし……)
 だから、なにも言わなかったのだ。
 ただ、せめてそのことを伝えておいてくれなければ、次に王に会ったときの話で困るのに。
 ぷいと横を向いたミナルベルの顔を眺め、心で溜め息をついてから、丁寧に王へ頭を下げた。
「身にあまるほどの品で光栄でございます。ですが、私は聖女なので、国を守るのは当然の務め。なので、どうかこれ以上の贈り物のお気遣いはいたされませぬように――」
「なにを言う。余が贈りたいから贈っているだけだ。それとも、余の品や行為に不満があったのか?」
「とんでもございません」
 慌てて、王の鋭い眼差しに首を横に振った。
 ウィルドリド王は、苛烈な性格の持ち主だ。自らの意にそぐわなければ、持っている魔力ですぐに容赦のない罰を与える。
 打擲【ちようちやく】や更迭ならばかわいいほうだろう。これまでに機嫌を損ねた家臣たちが、どれだけ公然と牢に送られてきたか――。そのあとの彼らの行方がわからないことも一緒に思い出して、フィアリーヌは深く身を屈めながら、急いで言い繕った。
「陛下には、いつも感謝しております」
「それならばよかった」
 王の青い瞳がフッと笑う。
「気に入ってくれたのならば、なによりだ」
 そして、ジッと猛禽のような眼差しで、フィアリーヌを見つめた。
「のう、フィアリーヌ。余の妾にならんか」
「なっ――!」
 ついでかけられた言葉に、フィアリーヌは思わず頭を上げた。
 目の前では、ミナルベルと、つい先ほどまで、もうひとりの娘とは目も合わせなかった父ラコルヴァン伯爵が、驚いて振り返っている。
「それは――」
 突然の話に困惑したように、父が少しだけ口を開いた。しかし、王が向けた眼差しに、また口ごもってしまう。
「ま、待ってください。それはいったい――!」
(私には婚約者がいるわ。陛下の甥にあたるグリシーヴル公爵家のリディランと婚約していることは、ご存知なはずなのに――)

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