ラウラの純真

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先行配信日:2023/10/27
配信日:2023/11/10
定価:¥880(税込)
冒険者ギルドの受付嬢をしているラウラには秘密があった。それは冒険者ルーウェリンと身体の関係にあること。
冒険者として名高く、人気者の彼が年に一度ラウラの街へ現れた際に自分のすべてを差し出すだけの関係。
少しでも必要としてほしくて、都合のいい相手を演じていたはずだった。
しかし、不意に現れた彼のこれまでにない言動に、ラウラの感情は揺さぶられていく。

一方、ルーウェリンも普段とは違う様子の彼女に、本命の男が出来たと思い込み――。
「俺のことだけ見て、俺のことだけ考えてりゃいい」
甘い言葉をかけられるも信じられずにとうとう本音を口にしてしまうラウラ。
自分に自信がない平凡ヒロイン×無自覚執着ヒーローによる両片想いが行き着く先は――。

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 1.都合のいい関係



 頬にかかる亜麻色の髪をそっと耳にかける。緩やかに波うつラウラの髪は、編んでうなじで束ねてもすぐにほつれてしまう厄介な髪質だ。いまも解【ほど】けた髪が、さらさらこぼれて鬱陶しい。
 軽くため息をついて両腕を上げ、もう一度結び直した。
「なんだと、てめぇ!」
 突然の怒声に驚いて、びくんっと肩が揺れる。
 ラウラはロザリスの街で、冒険者ギルドの受付嬢をしている。ロザリスは東に古代イルシェニア帝国時代のアスワド遺跡群、北には魔境の森、西へ行けば王都への街道が続く大きな街だ。この街を拠点とする冒険者も多く、冒険者ギルドの受付はいつも忙しい。
「もう一度言ってみろ、俺がいつ不正をしたって!?」
「何回でも言ってあげるわ。こうやって品質の悪い混ぜ物でかさ増しするから、いつも評価のグレードが低いのよ。依頼人にため息をつかれるこっちの身にもなってちょうだい」
「このアマ、言わせておけば……!」
 騒ぎを起こしているのはギザンという名の冒険者で、荒くれ者として有名だ。討伐依頼では高い評価を得ているが、納品依頼では意図的な粗悪品の納入が目立つ。
 ラウラがいるのとは反対側の受付で彼と対峙しているのは、情熱的な赤毛が印象的なメリルだった。ラウラにとっては先輩でいつもは陽気な彼女が、高慢そうに腕を組んでいる。
「言わせておけば、なに。へぇ、わたしに手を出す度胸があるの?」
「この……っ!」
 激昂した男の唸るような怒声が響く。
 冒険者ギルド内での暴力行為は御法度だ。特に冒険者たちと直接交渉を行う受付嬢へ暴力を振るうと、ギルドから永久追放される。
 冒険者がロザリスの街で仕事を請け負うためには、ギルドへ所属する以外に方法はない。依頼人はギルドを通すことで手数料がかかるが、依頼遂行の品質や安心を担保される。直接交渉は依頼人自身の負担が重く、この街のギルドが発展した理由もそこにあった。
「まともな反論ができるならしてみたら? ガタガタ怒鳴り立てる以外に」
 怯むことのない毅然とした声に、男の怒気が膨れ上がる。
 ラウラは受付台の隅から外へ出た。さすがにメリルも言い過ぎだ。
 彼女たちは冒険者ギルドの規則によって守られているが、それはあくまでも冒険者に抑制をかけるためのものだ。彼らが我を忘れて暴力を振るってきたら太刀打ちできない。
 午前中もまもなく終わるこの時間帯、ギルドに人気は少なかった。ギザンを止めてくれそうな冒険者もいない。メリルの言い分はもっともだったが、ギザンに注意するためでも過度に煽ることは必要ないのだから、彼らをいったん引き離すのが最善だろう。
 ラウラに仕事を教えてくれたメリルは朗らかで陽気な性格だが、不正に対して厳しい一面を持つ。それでも優秀な彼女が冒険者をここまで怒らせるのは、よほど腹に据えかねたに違いない。このままでは双方、引き下がりそうになかった。
 けれどラウラが一歩踏み出したところで、新しい気配が颯爽と現れた。
「止めろよギザン。ギルド内での暴力はどんな理由があっても厳禁、わかってんだろ」
 その声に、ラウラはほっと胸を撫で下ろした。
 声をかけた年若い冒険者はエーリクだ。ラウラより二つ三つ年下の、まだ少年の雰囲気が残る金髪の男の子。
 人懐っこい印象の彼だが、今春、Aランクの討伐依頼を終えて一気に名を上げた。ロザリスの街でもちょっとした有名人で、彼に頼みたいという新規依頼が殺到している。冒険者として将来を嘱望されている彼は、討伐依頼も納品依頼も満遍なく引き受ける。大きな荷物を抱えているのは、数日前に受けた依頼の納品に来たのだろう。
「関係ねえ奴はすっこんでろ!」
 ギザンの声から、明らかに覇気が削がれていた。
「ギルドには世話になってる。関係ないことはないだろ。アンタにも言い分はあるんだろうけど、頭を冷やせよ」
 ギザンとエーリクの年齢は倍ほども違う。それでも実力が物を言う世界で、笑顔を消したエーリクに対してギザンはそれ以上凄めない。メリルとエーリクを交互に睨みつけ、聞き苦しい悪態をいくつか吐き捨てると、荒くれ者の冒険者は肩を怒らせて出て行った。
「ありがとうエーリク。あいつ本当にせこくて。嫌になっちゃう」
「メリルさんが煽ったんでしょう。ああいった輩は後先考えず手を出すから、もうちょっと自重してください」
「なによう。アンタも言うようになったじゃない。この前までスライム退治で実績作ってたヒヨッコが」
「はあ? 何年前の話ですか、それ!」
 軽快な二人のやり取りにくすっと笑うと、ラウラはそのまま受付台の奥へと戻った。
 この時間に来る冒険者の数は多くないが、午後には仕事を終えた者たちが報酬を求めて詰めかける。新たな依頼を物色する者も多くいる。彼らに適切な依頼を斡旋するため、情報の整理は欠かせない。
 依頼の書かれた紙の束を、整頓するためとんとんと台に打ちつけたときだった。
「ラウラ」
 名前を呼ばれ、驚いて顔を上げた。会話の流れからメリルを相手に納品していると思ったエーリクが、わざわざ彼女の前に来て受付台に荷物を置いたのだ。咄嗟に視線を動かすと、こちらを見ていたメリルが意味ありげにウインクする。
「今回も早かっただろ、俺。品質の良いやつを選んだつもりなんだけど、ラウラが見てどう思う? 期限までにまだ時間があるから、もう一回取りに戻ることもできるよ」
 まるで飼い主にご褒美をねだる子犬のようだ。荒くれ者の熟練冒険者を追い払った雰囲気は微塵もない。
 ラウラとエーリクは、彼が冒険者ギルドに初めて足を踏み入れたときからの付き合いだった。当時もラウラは受付嬢をしていて、新人冒険者であるエーリクにギルドの規則や仕事の受け方を教えた。ラウラにとってギルド職員としての仕事の一環だったが、それ以来エーリクはなにかと彼女に懐いて声をかけてくれる。
 Aランクの討伐依頼を成功させたときも、傷だらけの顔に笑みを浮かべて彼女のもとへやって来た。本当に可愛らしい子犬のような冒険者だ。
「戻る必要はないわ。品質も十分だし……はいこれ、ご苦労さま」
 当初提示した報酬に、上乗せした額を手渡す。
 エーリクの荷物に詰められていたのは、薄紫の殻に覆われた大きくて重い種子だった。一つでも大変高価な代物だが、それを同時に五つも。ラウラは植物の鑑定に優れており、ギルドを通してやり取りされる貴重な植物を見慣れていたが、その彼女でも太鼓判を押す品質だ。薬の材料として種子を取り寄せた依頼人も、さぞや喜ぶことだろう。
「いいのか? 追加報酬なんて。俺に便宜図ってくれてるわけじゃなくて?」
 エーリクが若草色の瞳を煌めかせて尋ねてくる。
「そんなことしません。だって本当に質が良いものだし、数も十分だから。ベフラド平原での探索は、エーリクに任せておけば安心ね。頼もしいわ」
「本当か? ラウラ、俺っ……」
 エーリクが彼女の方へ身を乗り出した瞬間、複数の足音が聞こえてきた。魔獣討伐に出ていた冒険者の一団が、ギルドへと戻ってきたのだ。慌ただしく対応し始めたメリルの声とともに、陽気な男たちの笑い声が響く。
「エーリク?」
 気勢を削がれたようにぽりぽりと鼻を掻いた若き冒険者は、いまはいいやと呟いた。
「なにがいいの?」
 要望があるなら伝えてほしい。けれど訊ねたラウラの前で、彼は激しく首を振った。心なしか頬が赤い。
「っ……いいんだって。じゃあ、またな。ラウラ!」
 いつもは依頼の完了と同時に新しい依頼を引き受けるエーリクが、そのまま足早にギルドを出て行く。見送ったラウラはしばらく首を傾げていたが、やがて重たい種子をゆっくり片付け始めた。

 ラウラが生まれた場所は、ロザリスの街ではない。
 街から徒歩で五日以上かかる南東の小さな村だ。祖霊信仰の強い村では、古老たちの導きのもと、村人たちが支え合って暮らしていた。
 しかし彼女は五年ほど前からロザリスで暮らし始め、いまでは街の生活に馴染んでいる。街に移り住んだときに縁あってギルドで職を得て、おかげで多くの知り合いに恵まれた。
仕事ではときどき騒ぎも起きるけれど、今日のギザンのような乱暴者は珍しく、ほとんどの冒険者が受付嬢にも親切だ。
 親しい家族は側にいない。それでも彼女はこの街の暮らしに満足していた。
 夕刻、ギルドの仕事を終えて西地区にある小さな借家に帰宅する。
 途中に立ち寄った市場で、鶏肉とブラックベリーを購入した。キッチンへ立つと砂糖とブラックベリーを煮詰めながら、もう一つの鍋で鶏肉と豆と蕪のスープを煮込む。良い匂いが漂う頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
 結婚せず、恋人もいないラウラは独り暮らしだ。けれど料理は好きだから、疲れて帰ってきてもキッチンに立つ。煮詰められたブラックベリーは暗い紫色をしていて、ある人の瞳を彼女に思い出させた。
 唇に自然と笑みが浮かぶ。今日食べる分を器に取り分けて、残りは冷ましたあとで瓶詰めすれば、あの美しい紫色をしばらくは楽しめるだろう。
 半年。それがラウラに残された幸せな猶予期間。
 ブラックベリーのジャムをぼんやりと眺めながら物思いに耽っていると、家の扉が叩かれた。誰だろう。玄関に移動しても咄嗟に開けることを躊躇する。彼女が暮らしているこの地区の治安は、けして悪くない。けれどこんな時間に訪ねてくる人の心当たりはないから、無視する方がいいのかもしれない。
 それでもある種の胸騒ぎがして、扉の前に立った。開閉を阻むのは簡易な錠だが、魔法で強化されており、並の人間であれば強引に入ってくることはできない。
「だれ?」
 恐る恐る尋ねる。
「俺だ、ラウラ」
 その瞬間、あふれる感情に支配されてラウラの喉から嗚咽がこぼれた。それでも身体は躊躇うことなく、焦る指先で錠を開ける。永遠のような、ガチャガチャと耳障りな音。
 あと半年の幸福な猶予期間は前触れなく奪われた。どうして、なぜ。疑問が頭の中を巡るものの、彼女を押しとどめるには至らない。胸が狂ったように高鳴り、呼吸が不規則に乱れる。ラウラにとって、彼はすべてだったから。
「……ルーウェリン」
 漆黒の髪に昏い紫色の眼をした男が、扉のすぐ前に立っていた。
 軽装の冒険者で、まず美形といって差し支えない容姿だが、猫科の肉食獣めいたまなざしが獰猛そうな雰囲気を漂わせている。形の良い唇に仄かな笑みを浮かべ、彼は驚くラウラを見下ろしていた。
「……いい匂いがするな。腹が減ったんだ」
 顔が近づくほど屈まれ、低く響く声が頭の奥をかき乱す。
 半年ぶりに会って告げられた言葉は、予想外に色気がない。
 夕食を始めていないラウラのキッチンからは、煮込んだスープの美味しそうな匂いが漂っていた。もちろん彼に食べさせることはできる。彼女の物なら、なにを差し出してもいいと思っているから。
 顔の筋肉を総動員して笑顔を取り繕い、家の中へ招き入れる――そのときだった。
 扉が閉まる音と同時に腕を掴まれ、強い力で壁に押しつけられた。
「ルー……っ」
 言葉は最後まで音にならない。
 名前を呼ぶまでの短い時間さえ待てなかったように、ルーウェリンの唇が彼女の唇を捕えたのだ。両腕の自由を奪われたまま、ラウラは半年ぶりのくちづけに酔った。

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