絶対に負けられない溺愛

著者:

表紙:

先行配信日:2024/03/22
配信日:2024/04/05
定価:¥770(税込)
王太子エメリックの婚約者である公爵令嬢イネス。幼い頃に身分のつりあいで婚約したものの二人はお互いを想い合っていたが、見目麗しく人柄にも優れている婚約者に対し、特徴のない顔で特に秀でた才能もない私。
後ろめたさを感じつつも、エメリックへの気持ちは諦められない……
次第に弁えた行動を取るようになっても変わらない、むしろ年々過剰になっていくエメリックの愛情に内心ホッとしていたある日、「他の令嬢と恋仲のフリをする」と告げられて!?
仕方なく了承したが、周囲からも受け入れられている二人の姿に胸が苦しくなり、ひとり涙をこぼすイネスに彼は「どうかその傷みを私に癒させてくれ」と触れてきて――

絶対に誤解させない溺愛王太子×弁えすぎる控えめ公爵令嬢
WEB版に加え、幼少期やその後の二人のエピソードなど大幅加筆で登場!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

立ち読み
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   プロローグ 愛情に甘えてしまえば負け



 初夏の午後。コンフィズリー王国王宮にて。
 シュセット公爵令嬢イネスは、婚約者である王太子エメリックに呼びだされ、彼の執務室に向かっていた。
 ――何のご用かしら、久しぶりにお会いできるのは嬉しいけれど……。
 一カ月の外遊から、エメリックが帰国したのが三日前。
 外遊に発つ日の明け方に「どうしても出立前に君の顔が見たくて……」と公爵邸の窓ごしに会話をしたのが最後なので、一カ月と三日ぶりの再会となる。
 ――楽しみだわ。
 ついつい頬がゆるみそうになり、慌ててイネスは表情を引きしめた。
 ――いけないいけない。誰かに見られたら大変。
 白磁の肌に白金の髪、エメラルドの瞳、均整の取れた長身。
 磨き抜かれた宝石のような瞳には理知の光が輝き、彫像のごとく整ったその顔に浮かぶ微笑は甘くやわらかく、花の香を含んだ春風を思わせる。
 見目の麗しさのみならず人柄にも優れ、廷臣たちの信も厚く、齢【よわい】二十歳にして、すでに王の風格をまとっている。
 まるで絵物語から抜けだしてきたような、完璧な王子様であるエメリックに憧れている令嬢は多い。
 そのため、十年前――彼が十歳、イネスが八歳のとき――に身分のつりあいだけで、彼の婚約者となったイネスのことを、快く思わない令嬢も多いのだ。
 婚約して間もない子供の内は、イネスも身のほどを知らずにすんでいた。 
 ただ、エメリックと一緒にいられることが嬉しくて、彼の将来の妻になれることに舞い上がり、恋人気取りでヘラヘラと笑って甘えてばかりいたのだ。
 けれど、年ごろになり、社交の場に出るようになってからは、現実を思い知り、自信を失っていった。
 「黒髪黒目のモノトーンカラーの平凡顔が調子に乗って!」
 「殿下のやさしさに甘えるにも限度がありますわ!」
 「鏡をご覧になったことがないのかしら?」
 「つりあわないにもほどがありますわよねぇ?」
 「おふたりのお顔の完成度を天秤にかけたら、天秤が壊れてしまうのではなくって?」
 等々、それはもう多彩な陰口を言われる内に、イネスは人目がある場所では浮かれて見えぬよう、自然と「弁える」ようになった。
 皆の反感を買わぬため、言われなくても自分の価値も立場もわかっていると示すように。
 とはいえ、それはそれで「殿下がやさしくしてくださっているのに、何がご不満なのかしら」「いつもすました顔をして」と別方向の陰口を叩かれる要因となっているのだが……。
 ――仕方がないわ。私と殿下がつりあうのは家柄だけですもの。
 特徴のない地味な顔に、細いだけの貧相な身体。
 頭脳や何らかの技能が特別優れているわけでもない。
 本当は自分のような凡庸な人間ではなく、もっと彼に相応しい女性に婚約者の座を譲った方がいいのだろう。
 ――皆に認めてもらえない、ふつりあいな女を妻にするよりも、その方が国のためになるはずなのに……。
 そう思い詰めては、幾度となくエメリックに婚約解消を提案してみるのだが、いつも彼は「いいよ。私が死んだらね」と笑顔で受け流してしまう。
 そのたびにイネスは「そのような冗談はおやめください」と静かに諫めつつ、内心、ホッとしながら思ったものだ。
 殿下が望んでくださるのなら、まだ頑張ろう――と。
 そして、「殿下のやさしさに応えるためにも、いっそう弁えていこう」と決意を新たにする。
 この十年、それを繰り返して、ここまできたのだ。
 来年には正式に彼の妻になれる。
 それまでは、いや、それからも気を抜いてはいけない。
 ――そうよ。殿下に恥をかかせないように、しっかりと自分を律していかないと……。
 ふう、と息をついて表情を引きしめ、イネスは執務室の扉の前で居住まいを正した。
 それから、扉を叩こうと手を上げて――。
「まっていたよ、イネス!」
 その手を振り下ろす前に内側から扉がひらかれた。
「殿下、お久しぶ――」
 挨拶を終える前に、ニュッと伸びてきたエメリックの腕に掻き抱かれる。
「ただいま! 会いたかったよ、愛しい人!」
 エメリックは、ぎゅうぎゅうとイネスを抱きしめ、つむじに鼻先を押しつけて「ああ、これ、この匂いだ……ふふ、いい、好き、堪らない」と何かの中毒患者のように呟きはじめる。
 ――きゃあぁぁ! 嗅がないで! 吸わないでぇぇっ!
 頭皮をくすぐる荒々しい鼻息に、イネスは心の中で悲鳴を上げつつ、ジッと彼の衝動が鎮まるのを待つ。
 彼の愛情表現――と呼んでいいのか謎だが――に何も感じておりませんというように、取りすました表情を保ちながら。
「……はぁ」
 ひとしきりイネスの匂いを吸って落ちついたのか、エメリックは満足そうに息をつくと、スッと顔を上げ、イネスを室内に招き入れた。
「イネス、突然呼びだしてすまなかったね。今日は、君に相談したいこと、会わせなくてはならない人がいて来てもらったのだよ」
 先ほどまでの奇行が嘘のように穏やかに告げられると、イネスはスッと背すじを伸ばして室内に目を向け、わずかに目をみはった。
 四本の大輪の薔薇が生けられた花瓶が置かれた執務机、その前に三人の人物が立っていた。
 ひとりはイネスもよく知る人物、エメリックの叔父であり、現国王の弟であるクグロフ公爵だ。
「やぁ、イネスちゃん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、公爵閣下」
 イネスはドレスの裾を摘まんでクグロフ公爵に挨拶をすると、後のふたりに視線を向けた。
 ふたりとも、初めて目にする顔だった。
 レースに縁どられた純白のドレスをまとった年のころ四十歳ほどの華奢な婦人と、愛らしい薄紅のドレスをまとった十七、八歳の令嬢。
 どちらも同じ艶やかなピンクブロンドに空色の瞳をしているところを見ると、恐らくは母娘なのだろう。
「こちらはギモーヴ伯爵夫人とその娘のジャクリーンだ」
 イネスの予想をエメリックが肯定する。
「さようでございますか。……はじめまして、ギモーヴ伯爵夫人、ジャクリーン嬢」
「はじめまして、イネス様」
 ふたりはきれいにそろった声で挨拶を返すと、華やかな顔立ちの少女の方が、薔薇色の唇の端を吊り上げ、ニコリと言い足した。
「エメリック様の最愛の婚約者様に、お目にかかれて光栄です」
 少しの棘を含んだ台詞に、イネスは一呼吸の間を置いてから、「まあ、そのようにおっしゃっていただき、私の方こそ光栄ですわ」と微笑み返した。
 最愛の婚約者。
 字面だけを見るならば褒め言葉だが、令嬢たちがその言葉を口にするときに持つ意味は違う。
 イネスが冷めた態度を取るせいで、不仲だと思われぬようエメリックが気を遣い、大げさなほどの愛を示さなくてはならなくなった。
 王太子に愛を強いる不遜な女――そう、暗にイネスを非難するために使われている言葉なのだ。
 弁えるように睫毛を伏せたイネスの耳に、エメリックの甘やかな声が響く。
「そうだよ、ジャクリーン。これが世界一美しい、私の最愛の婚約者だ。好きなだけ見惚れてくれ。私は顔を合わせるたびにそうしているし、何なら毎晩夢の中でも見惚れている」
「まあ、エメリック様は本当におやさしいのですね!」
 クスクスと楽しげに笑う少女の顔こそ、見惚れるほどに美しい。
 けれど、どうしてか、その美貌にイネスは不思議な既視感を覚えた。
 ――お会いするのは初めてのはずなのに……。
 どこかで会ったような気がするのはなぜなのだろう。
 イネスが首を傾げると、その仕草に目ざとく気付いたエメリックがニコリと微笑んだ。
「さすが、私の愛しい婚約者は鋭いね。誰かに似ていると思っただろう? そうだよ、イネス。ジャクリーンは叔父上の子だ。いわゆる不義の子というやつだね」
「えっ!?」
 突然の曝露に目をみはるイネスに、エメリックは優雅な笑みを浮かべたまま淡々と語りはじめた。
「さっさと話をすませて、君との時間を作りたいので手短に説明しよう。叔父上がそちらのギモーヴ伯爵夫人と道ならぬ恋に落ちて生まれたのがジャクリーン。血縁上、彼女と私は従兄妹ということになる」
「はい。ですので、ふたりきりのときは、ぜひお兄様と――」
「呼びたいのなら好きに呼んでくれ」
 イネスから目を離さぬままジャクリーンに応えると、エメリックは言葉を続ける。
「それで、叔父上は表立って父と名乗れない代わりに、こっそりと支援を続けてきたのだが、つい先日、厄介な問題が持ち上がった。とある上級貴族がジャクリーンを見初めて求婚し、それをギモーヴ伯爵が承諾してしまったのだ」
「そうなのだよ、イネスちゃん。それがね、その男、ジャクリーンちゃんとは親子どころか祖父と孫ほど年が離れているのだよ! 可愛すぎて目の中に入れてもいたくないなんて言っているそうだけれど、そんな老眼の進んだ目の中になんて入りたくないだろう?」
「え、ええ、それは……」
「くだらない質問には答えなくていいよ、イネス。それでね、伯爵夫人は何とかしてほしいと叔父上に泣きついたわけだが、ことは簡単ではない。ギモーヴ伯爵は苛烈で強欲な性格で、以前から妻の不貞やジャクリーンの出自を疑っている。叔父上が圧力をかけて縁談を潰せば、きっと伯爵は真実に気付いてしまうだろう」
 エメリックの言葉に、鼻息荒くクグロフ公爵が頷く。
「ああ! あいつは性格は悪いが勘は鋭い男なのだよ、イネスちゃん!」
「そうなれば、きっと伯爵は破談の埋め合わせとなる利益を王家に求めてくる。断れば、王家の醜聞をばらまかれるだろう。それを防ぐため、叔父上は私に泣きついてきたというわけだ」
「殿下に、でございますか?」
「ああ。ジャクリーンと恋仲のふりをして伯爵に期待を持たせ、老人を諦めさせてくれとね」
 さらりと告げられた内容に、イネスはまたしても「えっ」と目をみはることとなった。

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