憧れのギルメンに貢いでみた結果

著者:

表紙:

先行配信日:2024/05/24
配信日:2024/06/07
定価:¥770(税込)
「僕はもう逃がさない。ね、逃げないよね、ラニも」

冒険者のラニには憧れのギルメンがいる。
同じ冒険者ギルドに所属しているクロネ。彼とは実力差もあって普段やり取りする機会もそれほどなかったが、あるトラブルがきっかけで同じ時間を過ごしたことで憧れは恋に変わった。

それからもクロネに対して恋心を募らせていたラニは、勇気を出して奮発して手に入れた装備品をプレゼントするも彼は身につけてくれない。
偶然にも別の女の子が同じ物を贈っていて、その子にもらったものを毎日身につけているのだ。

クロネは優しいから受け取ってくれたけど不要だった?邪魔になるから売ったのかも?
いてもたってもいられず、本人に直接聞こうとクロネの棲み処に足を運んだラニは、そのまま自宅に招き入れられ――

「ラニのことを想うと、僕の体はこんなに、どうしようもなくなるんだ」

一途なポジティブヒロイン×仄暗ヤンデレヒーローのビターラブ!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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 1.憧れのギルメンを匿ってみた結果



 ホウホウと、闇を喜ぶ鳥の声が空に溶けて。森の中の野営地に、夜が訪れる。
 ここは同じギルドの仲間しか、立ち入りのできない安全地帯。あたりに魔法で張り巡らせた結界は、魔物や動物たちはもちろん、他のギルドに所属している人間も拒む。
 仲間たちと一緒に夕食を取る間に、今日の狩りの成果を報告し、明日の健闘を祈る。頃合いを見て、私は席を立つ。酒宴はまだまだ続きそうだけど、先に休ませてもらおう。
 結界の張られているエリアの中なら、どこにいてもいい。私は手頃な場所に、自分専用の小さな天幕を用意した。丸屋根の天幕の中はしゃがんでいれば頭がぶつからない高さで、ごろりと倒れても両手両足を伸ばせる広さがある。私ひとりで眠るなら、問題のない大きさだ。
 明日の狩りの支度もできた。弓の手入れもばっちりだし、矢の数もこのぐらいあれば十分だろう。装備を外し、寝床に入って足を伸ばす。狩りをした後で、体はくたくたに疲れているのに、頭の中は興奮しているのか目が冴える。ランプの油もまだもう少し持ちそうだし……こういうときは。
 私は荷の中から本を一冊取り出した。それは私の、目下習得中の魔導書だ。とはいえ、私には魔法の素質があまりないのか、なかなか上達しない。とにかく、この本を読み始めると、いつも眠気に襲われるのだ。だから最近は睡眠導入用に持ち歩いている。この魔導書も、こんな使い方をされるのは不本意に違いないとは思いつつ、本を開いたときだった。
「ラニ、助けて」
 突然、天幕の外から名を呼ばれた。その切羽詰まった口調に、私はすぐに入り口の幕に手を伸ばす。この声は――彼だ。私が聞き間違えるはずなどない。慌てて動いた私の膝の上から、魔導書が滑り落ちた。
 めくり上げた天幕の向こうに夜の闇。そこにいたのは私が思ったとおりの人物だった。
「クロネ、どうかした?」
 彼の名を口に出すと、それだけで胸がときめいた。背後を気にする様子の彼を、どうぞと招く。クロネはほっとした表情で、天幕の中に入ってきた。彼もすでに戦いの装備は解除している。狩りのときの凛々しい姿もすてきだけど、普段の服装もとてもいい。私は間近のクロネに思わず見とれる。
「閉めて閉めて」
 クロネに促され、私は慌てて入り口を閉じた。狭い天幕の中で、ふたり、身を寄せる。私は思いがけない状況に、まだ胸の高鳴りが落ち着かない。
「ランプ。消していい?」
 問われて、私はうなずき、火を吹き消した。暗闇の中でクロネがありがと、と小さな声で言う。いえいえ、と、返す私の声もとても小さい。
「ごめんね、ちょっと隠れさせて」
 囁かれた願い事を、私はもちろん了承した。
「みんなから逃げてきたの?」
 だいたいの状況は推測できた。宴の席でもクロネのそばには常に誰かがいたから。
「ん。なかなかひとりにさせてくれなくて」
 苦笑交じりの言葉に、私はだろうねえ、と同情する。
「そりゃあ、皆、クロネといたいから……」
 今回のように野営を伴う狩り自体は珍しくないけど……でも、やはりどこかわくわくするんだよね。クロネが参加しているときは。
 夜に乗じて。狩りの興奮に乗じて。野営地の開放的な空気に乗じて。とにかくいろんなものに乗りまくって、クロネとの距離を縮めたい気持ちはわかる。私も同じだから。
 でもそれをはっきりと伝えることは、私にはできないままだ。
 クロネは皆に追われて、私の天幕に逃げてきた。今は彼に避難場所に選ばれたことがうれしくて、誇らしい。だってクロネにとって、私は安全な存在だということだから。
 ふたりで息を潜めていたら、遠くの方からばたばたと足音が聞こえてきた。一人、二人、三人……いや、もっと? 足音は近づき、私の天幕のそばで立ち止まる。私は不安になって、クロネの横顔を覗いた。だけど意外にも、彼はどこか楽しそうな雰囲気。その唇の端には、笑みさえ浮かんでいる。まるで、かくれんぼをして遊んでいる子どもみたいな無邪気な顔。
 すると、私の視線に気づいたのか、彼がこちらを見た。目が合って、私は心臓を跳ねさせる。天幕の外の様子も気になるけど、それ以上に、クロネの動きにドキドキしてしまう。
「大丈夫」
 クロネは私に顔を近づけて、そう、唇を動かした。いやいやいや、大丈夫じゃないから。近すぎるから、と、私が顔を背けたところで、手の甲に触れるもの。それはクロネの手のひら。突然の接触に、私は息をのんだ。もちろん嫌ではないし、触れることで彼が安心させてくれようとしているのもわかる。わかるけど、安心は無理。私は触れた部分から伝わる彼の体温が、まるで自分の中に流れ込んでくるような気持ちになる。そのせいで私の体温はどんどん上がってしまいそう。
 ああ、頭がのぼせる。闇の中、温度が色で見える魔法があったなら。今の私は完全に灼熱の赤。
「どこ行ったのかな。そっちいない?」
「こっちいないよ、もう、さっきまでいたのに」
 天幕越しに聞こえてきたのはギルドの女の子たちの話し声――ルビノだ、と、私はその声から判断する。彼女はクロネを好きだと公言する女の子たちの中のひとり。彼女自身、ギルドの中でも格段にレベルが高くて、あと、とてもかわいい。私なんかは束になっても勝てない相手。
 私の動揺を知ってか知らずか、クロネが重ねた手の指に、きゅっと力を入れた。そして、ふいに、ふふっと笑い声をもらす。その途端に、私の中に生じていたちょっと嫌な気持ちが一気に消える。
「ラニのほうが僕より緊張してる」
 まるで他人事みたいに、クロネは言う。私は少しあきれて、彼に言葉を返した。
「だって見つかったら困るんだよね、クロネ」
「それはそう」
 クロネは、しぃ、と。自らの唇に、一本。人差し指を押し当てる。
「静かにしなくちゃ、だね」
 笑ったのも、喋ってしまったのも彼の方で。見つかると困るのも、彼なのに。やっぱりどこかクロネは今の状況を楽しんでいるようだった。こういうことだって、彼にとってはよくあることなのかもしれないな。
 それからしばらく、クロネを探している足音や話し声が天幕越しに聞こえていたけれど。いつの間にか遠ざかって、聞こえなくなった。もう外から聞こえてくるのは、森に棲む鳥の鳴き声だけ。ホウホウと繰り返す鳥の声を聞きながら、ああ、あれは求愛の歌だったか、なんて考えたりもする。
 私はふうっと息を吐く。さっきまで息してたっけ? ちゃんとしてたはずだけど、よくわからない。あたりが静かになったら、自分の呼吸と、彼の呼吸と。それから自分の心臓の音と。そんなかすかな音がとてもよく聞こえるみたいで。少し座る位置を変えることにすら、緊張した。
 クロネに手を重ねられている間中、もしも誰かが天幕を開いたら、と、焦る気持ちもあったけど、そういうことは起きなかった。ギルドの誰もが、私がクロネを匿っているとは思わないんだろうなあ。クロネだって、逃げた方向にたまたま私の天幕があったから、入ってきただけで。別にあてがあれば、そちらでもよかったはずだから。
 私たちは同じギルドに所属している仲間ではあるけれど。それだけだ。それ以上の特別な何かがあるわけではない。クロネはギルド内では最上位の狩人で、私はようやく中級程度の腕前だ。力の差を考えても、やっぱり……釣り合わない、よねえ。
 私が今のギルドに身を置く理由は、クロネがいるから。彼はかなりの有名人。腕が立つからだけじゃなく、周囲の皆を虜にする魅力がものすごい。ギルドの女の子はほとんど皆、クロネのことが好き。そしてご多分に漏れず、私もその中のひとり。
 クロネは私の憧れの人。こんなふうに、至近距離でふたりきりになるには、刺激が強すぎる人なのだ。
「ランプに火、つけてもいい?」
 もう追手はいないはず。私はさり気なく、彼の手から逃れる。本当はずっとつないでいたいけど。そうもいかないもんね。
 荷から着火の道具を取り出そうとしたところで、クロネがランプに手をかざした。きらきらと彼の手のまわりに光が集まって、ぽう、とランプに明かりが灯る。無詠唱の火の魔法の発動は、まさに魔法のように、鮮やかだった。
「ありがとう」
「いえいえ」
 クロネは武器の扱いがうまいだけじゃなくて、魔法だって上手に使えるんだよね。明るくなった天幕の中で、私は改めてクロネに顔を向ける。
「魔法、便利だよねえ」
 私は世界のほとんどの人が思っていることを、口にする。クロネはそうだね、とうなずいて、そして私の傍らを指差す。
「ラニも、魔法の練習してるんだよね?」
 クロネに示されたのは、床に落ちたままの私の魔導書。これは目下睡眠導入用、とは言えず。手に取り、彼に表紙を見せる。
「今使えるのって、初級の治癒魔法だけだから。もうちょっと何かと思って、練習はしてるんだけど……なかなか覚えられなくて」
 するとクロネは、少し首をかしげる仕草。
「その魔導書って、レアなやつだよ。難訳版。実用向きじゃなくて、ええと、わざと古語を散りばめて、わかりにくくしてるんだ」
「そんなのがあるんだ?」
 私は目をしばたたかせる。この魔導書は旅先で行商人が売っているのを、安いからという理由で購入したものだ。そんな特殊なものだとは知らなかった。
「うん。大昔、まだ世界がばらばらだったときに。他国に簡単に魔法を盗まれないように……だったかな。そういう難しい魔導書がよく作られてたらしいよ。今はもう、収集家のコレクションアイテムだね。もちろん、ラニがどうしてもそれで学びたいなら止めないけど」
 私はいやいやと手も頭も振る。世界が一つになって、望めば誰だって魔法を覚えられる時代なのだ。できることならわかりやすく簡単な方法で、私は習得に挑みたい。
「もっと覚えやすい魔導書があるなら、そっちがいい」
「じゃあ、買い直した方がいいね。その魔導書は古書店に持ってったらけっこう良い値がつくと思う」
「そうなんだ」
 今回の狩りが終わったら、街に戻る予定だし。そしたらこの魔導書は売って、新しいものを買うことにしよう。
 私の決意に、クロネがさらに助言してくれる。
「いくつか読みやすそうな魔導書、教えておこうか?」
「うん!」
 私はそれから、クロネにおすすめの魔導書を教えてもらった。手に入るといいな。っていうか、帯に「クロネおすすめ」って書いたら、どんな本でも売れるんじゃないかな。少なくとも私は買う。
 メモを取り終えて、私が満足気に顔を上げたら。いつの間にかクロネがこちらを見ているのに気づいて、目を見張る。彼の前髪の隙間に見えるきれいな瞳の色は、何色っていうんだろう。きらきら、くるくる。不思議な色だ。
「ラニ」
 クロネの唇が動いて、私の名を呼んだ。返事をすればいい? どうすればいい? 私はそれすらも決められずに、ただ、沈黙する。
 クロネの顔が近づく。硬直したまま顔を覗き込まれて、私はますます動けなくなる。だって動いたら、彼に触れてしまいそうな距離。
 私は恥ずかしさと緊張に負けて、その場でぎゅっと目を瞑る。すると、ふっと、クロネが小さく笑うのが聞こえた。
「そろそろ眠らないといけないね。ランプの油も切れそうだ」
「……うん」
 ああ、もう出て行ってしまうんだな。そうだよね、ここにいる理由がないもんね。だけど名残惜しすぎて。クロネが天幕の出入口に手を伸ばすのを見て、私は思わず、その袖をつかんでいた。
「ん?」
 クロネがこちらを振り返る。私は彼を引き止めたい。もっと一緒にいたい。クロネに、ここにいてほしい。
 ……だけどそんな言葉たちは結局、のどのところで引っかかって、おしまい。外に出す勇気が今夜はまだ、私にはない。
 私ははにかんで、そして、手を離す。
「クロネ、おやすみ」
「うん。おやすみ。ラニ、また明日」
 それからクロネは私に手を振って、天幕を出て行った。足音はすぐに遠ざかって聞こえなくなる。
 ひとりきりになった天幕の中で、ゆっくりと息を吸う。クロネがいた空気が自分の中に入ってくるみたいで、吐くのがちょっともったいない。
 大丈夫かな、私、クロネの前で変なことしてなかったかな。いつも話しかけたいのに話しかけることもできなくて。いつか機会があれば、あれもこれも伝えたいと考えていたのに、それどころじゃなかったし。いざというときのために準備していた言葉は全部、すっかりどこかへ行ってしまってた。
 それでも、さっき交わした短い会話のあれこれや。すぐそばで見たクロネの表情や、重ねた手のひらの感触を思い出すと、頬は緩むし胸は高鳴る。
 私はつい、ため息をつく。でもこれは、幸せすぎて出てしまうやつだ。なんか、夢のようなひとときだったな。クロネがさっきまでここに、いたとか。
 ――クロネが無事に自分の寝床に戻れますように。ルビノたちに見つかりませんように。誰かの天幕に、引きずり込まれたりしませんように。
 そんなことを願いながら、私は床に横たわる。私の頭の中も心の中も、クロネのことでいっぱいだ。睡眠導入役の魔導書も、もういらない。さっきまでここにいたクロネの仕草を、ひとつひとつおさらいしなくちゃいけないから。
 そして私は夢から夢へいざなわれ、いつの間にか眠りについていた。

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