マッチ売りの限界を感じて廃業しようとしていたらボヤを出しておじさんに説教された少女

著者:

表紙:

先行配信日:2026/03/27
配信日:2026/04/10
定価:¥880(税込)
寒さと飢えに絶望したマッチ売りの少女エマ。
ヤケになってマッチを全て燃やしたところ、ボヤを出して隣の屋敷にある馬小屋を全焼させてしまった!
屋敷の主である商人ラース(通称:おじさん)に捕まった彼女は、弁償のため住み込みで働くことに。

それから5年。ワケありな使用人たちや過保護なおじさんに愛され、幸せに成長したエマはずっとみんなと一緒にいたい! と願うように。
けれどラースは彼女を「保護対象」としか見ておらず、勝手に見合いをセッティングし始めて……!? こうなったら自分を「女」として意識させるため、誘惑作戦を仕掛けるしかない!

家を出たくない元マッチ売りの少女と、不器用な堅物ヒーローのドタバタ年の差ラブコメディ!

成分表

♡喘ぎ、二穴、NTR、非童貞、などの特定の成分が本文中に含まれているか確認することが出来ます。

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◆おじさんの説教は長くて陰湿だ



「マッチは要りませんか?」
 その日も、マッチを売っていた。
 物乞いと間違えられて小銭を受け取っただけで、今日は全く売れていない。
(そりゃ、そうよね――)
 マッチなんて、売れるはずがないのだ。年の瀬にマッチを切らしている家もあまりない。
「マッチは要りませんか? 黄燐が使われていない安全なマッチですよ。擦り損じがありません!」
 声を張り上げても、誰も足を止めない。
 それでもマッチ売りとして在庫を抱えているうちは、私は間違いなくマッチ売りだ。
 他のマッチ売りの娘たちは、早々に諦めて、せっせと春を売って稼いでいる。哀れそうに売れば春の値段がつりあがると、私に指南する娘までいる。
 私はしもやけで赤黒くなった頬のせいで、子供でも買うような変態の目にも留まらない。それに、売れたとしても春を売るのはまだ怖い。
 仕方ないから、あの手この手で売り文句を考えては、必死にマッチを売り込んでいた。それなのに、ポケットの中には、さっき老紳士に施された小銭しか入っていない。
 早くこのマッチを手放してしまいたいのに、老紳士はマッチを受け取らなかった。私が哀れに見えたからお金をくれただけで、マッチは要らないそうだ。
 今夜はもう、夜露をしのぐ場所もない。
 他の少女たちと身を寄せ合って寒さをしのいでいた廃屋も、今朝がた家主と名乗る者がやってきて、追い払われたところだ。
 今日が終われば、新しい年が明ける。雪が降らないだけまだましだが、夕方になって酷く冷える。
 乾いた冷風が体を痛めつけるけれど、ぐっと空腹の腹に力を入れて耐える以外に術がない。
(――ああ、唇さえ凍りそう)
 年末の休暇が始まって、外を出歩く人はまばらだ。
 私を視界に入れないようにして、人々は外套の前を押さえて足早に通り過ぎていく。

 日が暮れる頃、身なりの良い髭面の紳士が目の前を通りかかった。これで最後にしようと、明るい声を作ってマッチを売り込む。
「旦那様、マッチはご入用で? 高級な暖炉にライターで火を入れるのは味気ないと思われませんか? マッチ箱の絵柄なら、旦那様のお屋敷の暖炉にぴったりです。しかも、このマッチ、湿気もしませんし、擦り損じがございません。黄燐は使っておりませんから、安全ですよ」
 行く手に立ちふさがり、満面の笑みで売り込むが、男は髭を絞るように撫でて不機嫌そうに鼻を鳴らす。表情を隠している長いブロンドの前髪の奥で、青い目がこちらを睨んでいた。
「間に合っている。こんな所で物を売るな。人攫いにあうぞ。年の瀬だ、子供は家に帰れ」
「おじさんがマッチを買ってくれたなら、すぐにでも」
「駅前へ行け。あそこなら人通りも多い」
「でも……」
 駅前は別のマッチ売りの縄張りなのだ。私が顔を出せば制裁を受ける。まぁ、そんなことをこのおじさんに説明しても無駄なのだが。
「日が暮れるとこの辺りも物騒だ、早く移動しろ」
 おじさんはコートのポケットから丸めた紙幣を取り出すと、私に押し付けて足早に去って行った。
 私はくしゃくしゃの紙幣を丁寧にひろげて、それを眺める。おじさんが私に手渡した紙幣は、私の一月分の稼ぎよりも、うんと多かった。
 年を越せたからなんだ。私がどんなに頑張っても、金持ちのポケットのゴミにも敵わない。細い細い生きる気力が、プツリと切れた。
(――死のう)
 限界だ。今日でマッチ売りは廃業する。
 年を越したところで、マッチ売りが売春婦に変わるだけだ。マッチも嫌だが、春を売るのはもっと嫌だ。この金で酒を買って、橋から身を投げてしまおう。酔っ払っていれば、きっとたいして怖くない。
 それはとてもいい思い付きだと思った。
 早速、お使いの振りをして酒屋に入り、一番高い酒を買ってくる。飲んだことはないけれど、すごく高い酒だったから、ふらふらに酔えるだろう。
 その前に、この忌々しいマッチを燃やし尽くしてしまわなくては。
 マッチなんか持っているから、私はいつまでもマッチ売りなのだ。
 私は暗くなってきた道端で、自分の人生を呪いながらマッチを一本擦った。
 火薬の煙い香りとともに明るい炎がともり、束の間の熱を感じる。
「ちくしょう、マッチなんか! マッチなんか、マッチなんか……」

 本当にクソみたいな人生だった。
 ――拾われっ子だった私は、養母に折檻されて家を出た。
 次のマッチを擦る。
 ――教会に逃げ込んだら、修道女に虐められて、また逃げた。
 更にマッチを擦る。
 ――靴磨きをしてやっと貯めた金で、騙されてマッチを買わされた。一文無しで手元に残ったのはマッチだけ。これを売らないと金にならない。
 マッチを擦り続ける。
(このマッチがある限り、私の糞みたいな人生は終わらないんだ……)
 擦ったマッチの火に、箱ごと売れ残りを放り込む。
「燃えろ、燃えろ、燃えちまえ!」
 私は高らかに笑いながら、マッチを全て焼べた。
 ジュッ、ジュッと小気味よい音を立てながら、箱の中のマッチは次から次へと炎を繋ぐ。
 冬の乾燥した風に煽られて、マッチは勢いよく燃えた。
(マッチ売りはお終い。マッチの火が消えたら、私の命も終わり……)
 私は、満足して炎を見つめる。
 マッチは勢いよく燃えた。凍えていたのに、そこに立っているのも熱いくらい。勢いが強すぎて、高く高く火柱が立つ。
(火が消えたら――)
 火の粉が風に飛ばされて、近くの畑の積み藁に火がついた。
(――消えたら?)
 あっという間に火柱を上げた積み藁の火は、今度は、風に乗って隣の屋敷の馬小屋に飛んでいった。
 乾燥した冬の強風、乾燥した敷き藁のつまった馬小屋――それはもう、よく燃えた。
「あ、あれ、消え……消えない? 馬、逃げて! 誰か、ウマ、馬がぁ!」
 私が擦ったマッチの炎は、馬屋を焼いた。
 大騒ぎになって、大人がたくさん集まってくる。
 その中には、さっき私から生きる気力を根こそぎ奪った、髭のおじさんもいた。
 怒号が飛び交う中、煤で真っ黒になりながら、薄氷の張る池から水を運ぶ。樽で水をかけたり、荷物を運び出したりした努力の甲斐もなく、馬屋は全焼した。

 例のおじさんはブロンドの髭がチリチリになって、上等な背広も所々焦げている。
 使用人らしい人が、おじさんを旦那様と呼んでいたから、馬屋はおじさんのものだったようだ。馬は少し煤けただけで、一頭も怪我をしていない。それだけが救いだった。
 野次馬が取り囲む中、呆然とした私の首根っこを掴んで、おじさんが恐ろしい顔で私を見下ろしている。もう逃げる気力もなかった。
「お前、さっきの恩も忘れて……」
 消火を手伝った皆が、散り散りに年越しの御祈りをするために帰っていくというのに、おじさんは長い説教を始めた。
 あまりに長いので、水を運んで温まっていた体が冷えていく。終いには、これだ。
「――もう火遊びはしませんと誓え」
「はいはい。火遊びはしません。なによ、遊びじゃないったら!」
 投げやりに復唱する。
「夜道を子供一人で歩くな」
「そんなの――」
 ――できるわけがない。だって誰一人、私を守るものはいないんだから。
「誓え」
「言うだけなら言えるわよ! 一人では歩きません。今度は子供を買うような客と一緒に歩けばいいんでしょ」
 どんな皮肉を言っても、おじさんは怯まない。この後も基本的な生活習慣を、生意気な口をきくのが面倒になるくらい誓わされた。
 理不尽だ。そんな風に生きられるのだったら、とっくにそうしている。

「年の瀬くらいは家にいろ。家族と過ごせ」
「家も家族もないから、無理!」
 そう答えると、今度は説教から尋問に変わった。
 親はどうしたとか、住まいはあるのかとか……。
「あんなお金、要らなかったのよ。マッチを売り切って、マッチ売りを辞めたかったの」
 ベソをかきながら、説教に抗議する。心を入れ替えたところで、私の生活が明るく変わるわけではない。
「一晩過ごす家もないくせに金が必要ないだと? 要らないなら返せ。うちの者に食わせる大切な金だ」
「もう、使っちゃったのよ!」
「何に使ったんだ? 年明けまで暖かい場所で生活するには、十分な額だっただろ」
 おじさんの顔が恐ろしくなるのを見て、もう何もかもが嫌になった。馬の敷き藁に埋もれて置いてある、マッチの入っていない籠を指さす。
「……お酒」
 さっき買ったばかりの酒が、籠と一緒に転がっている。
 おじさんは酒瓶を手に取ると、ひっくり返してラベルを読んだ。
「こんな高いワインなんかどうするんだ? これは、お前が飲んでも価値がわからないような代物だ」
「川に身投げするから、酔っ払った方が怖くないと思って!」
「な――」
 ちゃんと死ぬからそれで許してくれと泣いたら、おじさんは眉間の皺を深くして「ぐぅ」と黙り込んだ。
 馬小屋を弁償するにも、私には何もなかった。今しがたマッチは擦ってしまったし、死んで詫びるくらいしかない。
「上手に死ぬから見逃して。チビでガリの私じゃ、売春しても商売にならないし」
「馬鹿。お前みたいな孤児は施設行きだ」
 おじさんは、きっと施設がどんなところか知らないんだ。皆が意地悪だから、こんなことになってるってのに。
「施設なんか行っても、また馬屋を焼くよ。娼館でも紹介してくれた方が親切ってもんだ。それでお金が返せるとは思わないけどね」
 私は煤と泥にまみれた手で洟を拭いて、おじさんを睨む。
「死んでどうなる」
「楽になる!」
 そう叫べば、おじさんは不機嫌そうな顔を一瞬真顔に戻して、同意するように頷いた。
「それでは、お前が罪を償うまで、身柄を預かる」
 おじさんはそう言って、私の顔についた汚れを、やけに柔らかい手巾で拭った。
 何の因果か、私は馬屋を燃やして、おじさんの家に転がり込むことになったのだ。

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